続き 3
ただし、零が機嫌よく笑っている一方で、レイは一人、非常にウザく熱く闘志を燃やしていた。
ふざけてでもチューしてくれたってことは、あたし、もっと頑張っちゃってもいいよねっ?いいんだよね!
よぉーしっ、よぉおーし!
「がんばるぞっ、ぉー!」
レンタルショップへ向かう道すがら、そんなことを考えていたレイは、目立たないように、小さく、けれど力強くつぶやいた。
嬉しそうに、微笑みながら。
ただし、路上で一人ニヤつきながらつぶやくその姿は、愛だとか恋だとか、そんなキレイなものからは程遠かった。
「はー・・・」
楽しい気分から、一転タメイキをついて、レイはレンタルショップの新作コーナーにいた。
問題のDVDは、話題の新作にもかかわらず、運悪くまだ残っていた。
「・・・ぅー・・・」
借りたく・・・ないなあ、という心の声が、小さなうなり声になってレイの唇からこぼれる。
でも、零との約束だ。
その零の顔が、自然に胸によみがえる。
ただし、その表情はホンモノよりだいぶ優しげで、言ってしまえば美化されていた。
嬉しいイタズラのせいで、零との距離感がぐっと縮まったような気がしているレイにとって、今の彼の印象は理想の恋人像に近いものになっているのだ。
零さんのため、これを借りれば零さん喜ぶんだし、隣で一緒に見るんだし。
久々のホラー映画におじけづきながらも、レイは懸命にプラス要素だけを頭において、それを手に取ろうとする、瞬間。
「・・・ぁあ・・・」
かすかな、低いうめき。
もしくは、荒い息遣いに似た音が耳元をかすめた。
ざわざわとうぶ毛を揺らす感覚とともに。
「ぴゃっ!」
小動物のような声をあげ、レイは体を跳ね上げた。
聞こえたほう、右耳を両手でおさえつつその音の発生源を探す。
が、そんな近くであんな音を出せるような人間も、それ以外の何かも見当たらない。
あたりにいた他の客の数人が、一人で妙な声をだしたレイの方を見ていたり、見ていなかったり。
気のせいらしい、とわかると注目をあびながらいつまでもその場にいるのが恥ずかしい。
ためらうことなく目的のDVDを手に取ると、小走りに近い動きでレジへむかう。
店を出ようとして外をみると、まだ夕方の早い時間帯のハズなのに、思ったよりもあたりは暗い。
なんだか、怖いなあ。
と、レイは思う。
右手にぶらさがっている、レンタルショップのロゴが描かれたビニールバッグ。
この中にはあのDVDが入っている。
周囲の暗さに少しひるんだレイには、ただ持っているだけのDVDの存在までが恐怖をあおった。
持っているだけで、うずくような寒気が手から腕、肩へと這い登ってくる気がする。
はやく、帰ろう。
自動ドアを出て、家に続く道へ踏み出す。
自分が動けば、視界の中の景色も動いていく。
その動く景色の中、なんとなく気になる人影をみつけた気がした。
どこがどう、というわけではない。
黒っぽいカタマリのように見える影が気になって、レイは足を止め、振り返る。
そのあたりに、今見たと思われる人影はない。
というよりも、ちょうど人通りが途絶えた薄暗い一角。
また、気のせいか、と思うが、気のせいだ、と思いたいが。
「・・・こ ゎいよ〜!」
思わず出た声は、小さく高く情けなく。
レイは走ってその場をあとにした。
こわいよこわいよこわいよー!
パァーン!キキキィーー!!
「どこ見てんだぁこラァ!」
恐怖のあまりよく周りを見もせず走って、レイは車にひかれそうになる。
「ごめんなさいっすいませぇーんっ」
ギリギリで車が止まってくれ、レイは半泣きで謝った。
オバケも怖い、でも車も怖い。
ブゥン、と車が走り去った、その音にまぎれて奇妙な声が聞こえた。
死 ね ば よ か っ た の に
聞こえた、気がした。
「ぃいやぁあああああああ!」
ひかれそうになったのも忘れて、またレイは走り出す。
こともあろうに目をつぶったまま。
運良く、無事に部屋にたどりつくことができた。
「はーっ、はーっ、はぁはぁはぁっ・・・っだいまっ」
涙は、走っているうちに頬の上で乾いてしまった。
それでも瞳はじゅうぶん濡れていて、くっしゃくしゃの表情からは泣いていたことがすぐに読み取れる。
真っ赤な顔で走りこんできたレイを、零は珍しく、面白そうな顔で迎えた。
「おぅ。・・・お前、何か見ただろ。」
まるでレイを見張っていたように、零は決め付けるがごとくきいてくる。
「見てない見てない絶対見てない何にも見てません!」
オバケに会ってしまった、などと認めたくない。
あの黒い影は見間違い、荒い息も声も気のせい、なら怖くないハズなのだから。
笑いをこらえるような微妙な表情のまま、零が近づいてくる。
「いいや、会ってるな、死人に。」
「ちがーうもーん!」
大きな声の勢いで、その事実を頭から消し去ろうとするように悲鳴まじりに叫ぶレイ。
「うるさい、黙れ。とってやるから。」
音量に少し顔をしかめて、だるそうに零が言う。
「と、る・・・?」
とる、って?
その答えに至る前に、淡く光る瞳に考えを中断させられる。
なにか不可解な現象をひきおこそうとするとき、どうやら彼の目は光をともすようなのだった。
何してるんだろう、と思ってみても、人ならぬ彼のすることは想像すらつかない。
考えるほどの間もなく、その光は一瞬で消え、我に帰ると、なんだか体が軽い気がする。
「あれ、肩こり、とかですか?」
「・・・何の話だ。」
呆れているような、いつもの無表情と変わらないようなニュートラル状態の零。
「え、とってやるって、なんかカラダ軽くなったし。」
「・・・あぁ、鈍感なお前でもわかるのか、くくっ、肩こりか、そうだな、くくくっ。」
「え?え?え?」
「あ〜あ、肩こりだ。そうそう。そういうことにしておけ。ふふっ。」
楽しそうに含み笑いを漏らす零は、レイに背をむけて部屋へ帰っていく。
「ねぇ、零さん何ー?ほんとは何なのー?」
少しだけ、こちらを振り返る。
その顔はニヤニヤと、意地悪な笑みをうかべている。
「教えない。」
レイが不安そうに表情をくずすと、零はさらに嬉しそうにニヤついた。
何を教えてくれないのか、わかっちゃった気がしたレイだったが、意地悪なハズのその零の笑顔が、なんだか愛らしく、怖さも、不満も薄れてしまう。
この人が笑ってくれるなら、怖い思いだってきっと平気。
そんな風にさえ思えた彼女だったが、ひかれて死にかけた記憶までも薄れてしまうのは、零が悪魔であるゆえか、幸せの副作用か。
その彼女に、とても怖くて、少し幸せな夜が、ゆっくりと忍び寄ってくる。
悪魔の微笑とともに。