続き
血を、・・・飲む。
ちょっと吐きそうかも。
でも、やらなきゃ解放してくれないんだろうなあ。
あおざめた顔でレイがタメイキをつくと、零がやらしく・・・いや、やさし〜く言葉をかけてきた。
「俺にキス、したいだろ?それとも悪魔の血が怖いか?」
こんなのキスじゃなーい!
悪魔の、じゃなくて血が怖いのー!
・・・けど、どーせそんなのカンケーないんだ、この人には。
ややイジけながら、それでもとにかく事態を打開するため、レイは決心する。
いっぱいいっぱいのレイの耳には、そのあと小さな声で言った零の、
「大丈夫、少しヘンなものは見えるかもしれないがな」
という言葉は届いていなかった。
「わかりましたぁ!しますぅ!・・・ぇーん・・・」
泣きまねは、半分以上本心。
細く白い指先の血を、痛くないようにそっと吸い取る。
ちゅ・・・
きゅっと目を閉じて、なるべく味のことは考えないようにして。
「なぁ、どんな味?」
なんだかヘラヘラした響きのその問いは、隠そうともせずに心からレイの反応を楽しんでいる。
こっちは考えないようにしてるのに、本当に、正真正銘、悪魔だ。
「どんなって・・・」
口中に広がる味は、べったりと・・・
「あま・・・ぃ」
鼻にぬけるニオイも甘かった。
「これ・・・チョコ?!チョコだ!え?え?えぇ?」
確かに零さんチョコ系好きだけど、だからって。
んー、でも、口にいれるものがチョコばっかりなら、カラダもチョコで出来て、ても、おかしく、ない?
おかしくないかなぁ?
その味は納得できるような、できないような。
「チョコ・・・?悪魔の血はチョコ味だったか。ははは」
わざとらしく、自分でも驚いた顔をして見せたあと、おかしそうに零は笑った。
それは、レイが望む笑顔に、きわめて近い、楽しそうな顔。
けれど、彼が楽しそうに笑うときには。
「チョコなら平気だなぁ?もう一度、確かめてみるか?」
「・・・ん。」
味がどうであろうと、血は血、とためらいはしたが、でもあまりにもチョコだし、彼が望んでいることだし。
もう一度口をつけてみる。
「〜〜〜〜〜!!!!」
なまぐさい。
ヌルリとした舌触り、かすかな塩気・・・本物の血の味。
「うまいか?俺の血は。・・・くはっ・・・ははは!」
高らかに笑う悪魔、の主人は口を押さえて涙目。
その場で足踏みして悶えるレイが、零の目にはかなり面白くうつるようで、彼にしてはよく笑っている。
「ぷぅぇっ・・・もー許せなーい!ヒドいよ零さん!」
ようやく血の味が薄れて、レイは文句を言える状態に回復した。
しかし鼻に抜ける生臭さが、追加ダメージを与えてくる!
「くふぅっ・・・!」
目をぎゅっと閉じ、レイはなんとかこらえた。
「くくくっ・・・いや、悪かった。やりすぎた。」
ペナルティが発生して、また力を抜かれてはたまらない、と、零はさっさとあやまる。
レイの反応がよすぎて、謝る余裕ができるくらいには、気分がよくなっていたせいもある。
「許・・・さぁん!」
だが、珍しくレイは受け入れず、吠えた。
ナニが許せないって、零が笑いながらレイにひらひらと振って見せた手に、あったはずの傷が消えていたからである。
「治ってるじゃん!カンッペキだましましたね?最低!」
まだ力が抜けていく感じはしないが、これでは、もう少しサービスしなければならないだろうな、と零は思う。
「・・・じゃーほら、口直し。今度はまた甘いから。」
再び同じ場所から血があふれた。
「ヤだっ!またダマすんでしょ!」
「口直しって言ってるだろ?悪いと思ってるから。」
と、零がほんの少し、困ったような表情を作る。
声もふだんより、わずかに優しげ。
シュチュエーションからして、本当に少しは反省してるのかな、とレイは思う。
別に、チョコが食べたいわけじゃないけど、反省してるなら、のってあげてもいいか。
やはり再びあっさりダマされたレイは、差し出された指に顔を近づける。
すると、パッと彼の手が目の前から消えて、レイの唇がたどりついたのは指先でなく、唇。
かすかに愉快そうな表情を浮かべている、曇り空のような色の目は、くっつきそうなほどすぐそばにある。
「んぇっ?・・・えぇえ?」
「口直しには、不足か?」
ほとんど顔の位置を変えないままで吐き出された、そのセリフの一音一音が、空気の振動として唇につたわってくる。
その口調、瞳の表情が作り出す雰囲気といったら、まるで夜。
さっきといい、今といい、姿はコドモのハズなのに、破壊力抜群すぎる。
何に対する破壊力か、とは言うまでもない。
理性だ。
さっきとは別の意味でくらくらきてしまったレイの頭からは、もはや血がどうだとか、そんなことなど吹っ飛んでしまっていた。
「ゴキゲン、直ったよなぁ?ご主人サマ?」
言いながら零の顔が離れていく。
この状況を喜んでいいのか、困ったほうが正常なのかという判断に、一瞬にして脳の容量のほとんどを占拠されてしまったレイは、高速でただコクコクうなずくしかできなかった。
「甘かった?」
意地悪く、そして機嫌よさげにニヤつく小悪魔。
言われて、一瞬前のドアップやら唇をかすめた感触やらが一気によみがえり、レイの顔がみるみる赤くなる。
「人間じゃないのは、もう理解できたよな?子供じゃない証明は・・・あれじゃ足りないか?」
答えることもできず固まる彼女は、湯気が見えてきそうなくらい、見るからに体温上昇中。
「くくっ・・・充分てとこか。・・・そういや、お前、出かけるんじゃなかったのか?」
こくこくこくこく。
うなずくレイには、もはや言葉を操る知能が残っていないようだ。
こきざみに震えつつ、ちょっと人間からは遠い動きで、ぎくしゃくとレイがドアの外へ消える。
カギをかけることも忘れた主人のかわりに施錠すると、零はいままで抑えていた笑いを、一気に放出した。
「く・・・ブはっ!はははっあはははははは!ぁの顔!ははははは!!・・・」
零は、眠っている彼女にはキスしたことがあった。
起きている彼女にしてみたらどうなるだろう、という考えは、知らず知らず、いつのまにか生まれていた。
きっとびっくりするに違いない、彼女の驚いた顔を見て笑ってやろう、と思うようになった彼は、ずっと実行の機会をうかがっていたのだった。
そして、今日。
彼が想像していたよりも、ずっと面白い反応だった。
驚きはするだろうが、彼女も大人だ、初めてなワケはない。
だから、ここまで大げさなことになるとは思っていなかった。
大人が、キスぐらいでああまで。
ケタケタと笑い続ける彼は、なかなか正気に戻る様子がなかった。
レイは見ることができなかったが、それこそ、彼女が望んだような・・・。
楽しそうな・・・。
「ははは・・・ダメだ、ははっ!ひゃはは!ぎゃーぁははははははははははは・・・!!」
ここまで狂ったように笑うことは、さすがに彼女も望んではいなかったかもしれない。
けれども、確かに彼は楽しそうに笑っていて、それは彼女のもたらしたもの。
誰も死んでいない。
レイは困らされたし、怒りもしたけれど、それは不幸でもなんでもなく、最終的には彼女にとって幸せな展開となった。
彼女の望む日常は、彼女が思うよりも近づいてきている
・・・のだろうか。
(続)