続き
どこに行きましょうか、と言われて、君にまかせるよ、と答えたスズキはファミレスに連れてこられていた。
どれだけ自分が意識されていないのか、そこでスズキは改めて思い知らされた。
「んー・・・決まりました?」
「ええと、こっちのハンバーグとこのスパゲティ、どっちがいいかなあと思って。」
「え、どれどれ?」
レイが身を乗り出して、スズキが彼女に向かって傾けたメニューをのぞく。
顔が少し近くなって、さらさらと揺れる彼女の髪の香りがこちらにただよってくる。
そちらにも少し気をとられつつ、スズキはメニューを指差した。
「あ一緒ぉ!じゃー半分コしません?」
はしゃぐように楽しげにレイが提案し、スズキは困惑する。
それって・・・あんまり・・・男には言わなくない?フツー・・・
「君がいやじゃなければいいけど。」
「じゃ決まりでー、あ、スイマセーン!」
スズキを信用しきっているレイは、彼を警戒していない。
警戒しないのを通り越して、男として意識することさえしていないのだった。
自分を好きでいる相手に対し、ちょっと無神経といえば無神経。
でもまあ、そのほうがあきらめもつくし、気楽でいいか。
確かに”人間の男”ではない彼はそう思って、傷つくこともなく少し笑った。
そして、彼女の話をうながす。
「あ、そうですね。まず、ちょっと前、零さんそっくりの人に会ったんです・・・」
それが、いつかスズキも見たあの影と同じようなものだったこと、零を自由にするにはレイが邪魔だと言っていたこと、そして最終的には零に食われたことを話した。
「あたし、それで、本当にその人の言うとおりなら、零さんを自由にしてあげないと、って思って、話したんです。もうあたしといなくてもいいから、自由になってほしいって。」
スズキの眉間に、うっすらとシワが寄り、厳しい顔つきになった。
「でも一緒にいるんだろ?」
「あー・・・なんか、すごい怒られて、結局一緒にいてくれることになったんですけど。」
「怒ったって、なんで?」
怒る理由がわからず、スズキは不思議そうに聞き返す。
「・・・んー」
思い出そうとするように、あらぬほうに視線をむけながらレイが小さくうなる。
「・・・んー・・・んんんんん。なんか、イラナイって言ったって。」
「言ったの?」
「絶対言ってないんですけど、んー・・・」
「なんだそれ・・・ううーん・・・」
ますますわからなくなり、二人そろってうなった。
「んー・・・て、それが悩み?」
「あ、ちがいます。」
肩すかしだ。
「あはっ・・・くぅっ」
苦笑しながら、スズキが何かに耐えるような声を漏らした。
もしこれがスズキでなく零だったら、まちがいなくレイは頬から吊り上げられる感じでつねられていた。
「えとえと、そうだった、聞いてほしいのはそっちじゃなくて、それでその、そっくりの、シロっていうんだけど、あたし、シロが・・・好きになっちゃって。」
話が本題に入ると、急速に表情が暗くなっていくレイを見て、スズキは、悩みがどこにあるのか見当をつけ、優しく語りかける。
「そのシロは、元はあいつの一部なんでしょ?そっくりなら、仕方なくない?」
スズキは泣きそうな彼女の顔に、免疫がなかった。
これ以上悲しい顔をされたら、どうしたらいいかわからない。
もう”天使”ではいられなくなってしまうかもしれない。
そんな想いもあり、彼女の笑顔を取り戻すべく、その心に差す影を、彼は懸命にとりのぞこうとする。
「でも、シロは零さんじゃないって、あたしわかってて好きになっちゃって、それで」
うつむいて、ほぼ真下をむいた彼女の表情はよくわからない。
けれど、さっきより明るい顔をしているハズはない。
あんなに可愛らしく笑っていた彼女を、こんなふうにさせてしまうなんて。
こんなことを考えたら、僕の翼は輝きが濁ってしまうかもしれない。
でも、それでも
零にはちょっと痛い目を見せてやりたい。
つーか、
ぶ っ と ば し た い。
とはいえ、そんなことより今はレイちゃんをなぐさめないとね。
「なんていうか、罪悪感があるってことだよね?」
一瞬スズキが見せたドス黒い目つきに気づかず、黙ってレイはうなずく。
これじゃ泣くのも時間の問題かもしれない、とスズキは多少焦った。
もし泣かれたら、泣かれたら、ああ僕正気でいられるかな。
今の零くんじゃ、きっと勝負にならない。
消 し ち ゃ う か も。
ああもう、だからそんなこと考えるんじゃなくて、安心させてあげなきゃ。
消しちゃう、とか考えた瞬間のスズキの凶悪な表情は、これまた幸いレイには見られていない。
「きみは悪くない!ちっとも悪くないよ?」
「でも、なんかこーゆーの、浮気みたいで。」
「いや、つか、そもそも付き合えてないから・・・」
浮気という、罪の意識をあおるような言葉を打ち消すために、つい突きつけてしまった現状。
しまった、と思っても遅い。
「あうっ」
いかにもショックをうけたようなレイの声。
ああ、よかった思ったよりはまだ元気。
スズキは胸をなでおろす。
「だいたいさ、僕とゴハン食べにきてるこの状況のほうがよっぽど浮気っぽいって気づいてる?」
苦笑する、見た目だけは人並み以上に優れた彼。
シロは零の影で、もとは零の一部。
それに対して、スズキはまったくの別人で、見た目もぜんぜん違う。
どちらが浮気かといえば、スズキのほうがそれらしい。
なのに、レイの答えといえば。
「ぇえ?・・・きゃはは!ありえないですー。」
笑っていた。
うわあ、うわあ・・・泣いちゃうかもなんて心配した僕の立場は?
こっちのほうが泣きたくなってきた。
「っ・・・それはぁ!まあいいとしてぇ!おいといてえ!」
ヘコんだのを隠そうと、少しスズキの声は大きくなった。
「でももし、スズキさんだったらそんなコ好きになれますか?」
レイのほうから話を戻してくる。
その表情は、さっきのリラックスした笑顔が幻かと思えるほど真剣。
不安そうな瞳の奥には、本気の想いが宿っていて、スズキは思う。
やっぱり零くんにはオシオキしたほうがいいかな、と。
「だから、そのシロは彼の一部なんだろ?何もいけないことないってば。・・・きみは、零くんを裏切ったような気がしてるんだよね?」
「・・・はい。」
まじめな顔つきでうなずいたレイは、まるでこれから裁かれる罪人のように、スズキの次の言葉を待つ。
「でも、そうじゃない。きみが裏切ったとすれば、それは君自身の気持ち。零だけを好きでいたはずの自分を裏切ったんだよ。」
「あたしを?」
「そうだよ、だけど・・・ねえ、自分を許してあげて?君の感じている罪は、最初からなかったんだ。だって、結局はどっちも零くんだった、でしょ?だから、もう悩まなくていいんだよ。」
あたたかく、優しい、春風のような声。
レイは彼の背後に、うっすらとだが大きな光が見えた気がした。
「裏切ったのは、あたし自身・・・。」
それは、確かな答えだった。
重苦しかった気持ちは、そうなのだと気づいた瞬間に消えていた。
「申し訳ありません、大変お待たせいたしましたー、とろとろチーズハンバーグセット、ライス大盛りとぷりぷり大エビのトマトスバゲティ、サラダセットになりますー。」
話がまとまったナイスタイミングで、料理が運ばれてくる。
ハンバーグのお客様、スパゲティの客様、と、料理が置かれ。
「・・・もう大丈夫だよね?ゴハンは楽しくたべないと!」
「そうですね、聞いてもらってよかった!ありがとうございます!」
レイは、本当にスッキリしてしまったらしく、すっかりその声も表情も楽しそうなものに変わっていた。
その変化は素早かったが、とても自然。
素直な彼女の表情は、心のままによくうつりかわる。
「・・・でもさ・・・大盛りって、本当に悩んでたの?キミ。」
「悩んでましたぁ!だからずっと食欲なくて、今日は話聞いてもらえるって思ったから、たぶん、安心してー・・・」
ものすごくイイワケくさいレイの言葉に、いいけどね、とスズキが笑って、二人は食事を始めた。
(続)




