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使い魔日記  作者: narrow
53/68

続き

 「今朝から何度も何度も、一体なにが言いたい?」

 言い出しかけてやめる、そんなレイを、言葉通り朝から零は何度も見させられていた。



 バイトから帰って、夕食が終わってもそんな態度が直らないレイに、そろそろイラだってきて、零の方から切り出したのだった。

 泣きそうな顔は、見慣れてしまっていた。

 涙をこぼすかわりに、彼女は目をぎゅっと閉じて、言った。

 「もう、やめましょう。」

 「主語がない!」

 零の切り返しは素早く、的確だった。

 そのツッコミ的な絶妙のタイミングと、いつもと変わらぬ態度が、思いつめていた彼女の心を解き放つ。

 変に構えてしまっていた、レイの肩の力が少し抜けた。

 「あはっ、ですよね。ん、っと、つまり、この生活です。」

 零は沈黙することで先をうながす。

 「零さんは、あたしといると自由じゃないんですよね?だから、ぇ・・・っと、あたしのことは、もう、気に・・・しないでっ」

 そこまで言って、つまってしまう。

 彼女は、懸命に涙をこらえていた。

 「何だ?どういう、ことだ?」

 零の声はいつもとかわらない、が、考えながら話すように言葉が切れ切れになっている。

 「そうっいう・・・ことですっ、ぅうっうっく、・・・ぇっ・・・」

 なんとかそれだけ言うと、レイは、押し殺した泣き声をもらした。

 うっすらと記憶に残っていた、シロとの最後の会話。

 それが、彼女にこんなことを言わせた。

 自分がいると、零は自由になれない。

 零のためを思えば、自分のもとに縛りつけることなどできない。

 そばにいるのに、何もできない自分といるよりは、自由に。

 零を、自由にする、辛くても、そう決めた。

 なのに、泣いたら、引き止めてるみたいだ。

 そう思っても、止まらなかった。

 何もできなくて、ごめんなさい。

 いままで縛り付けて、ごめんなさい。

 大好きでした、さよなら、さよなら、本当は・・・いかないで。

 

 「何だ、何なんだそれ・・・」

 表情は変わっていない零の声が、ほんのわずか戸惑いに揺れていた。

 レイは、答えることができない。

 「さょ、なら、零さんっ!」

 ただそれだけ、悲鳴のようにしぼり出すと、あとは必死に泣き声を押し殺し、耐えた。



 いきなり”さよなら”と言われ、かと思えば言った本人はひたすら泣いている状況に、零は混乱した。

 さよなら、さよならって、俺がさよならされたのか?

 それは、つまり、俺はもういらない?

 いらない?

 俺が・・・

 「いらないって、言う、のか?」

 冗談じゃない、人間なんかにイラナイモノ扱いされるなんて。

 悪魔の、この俺が、人間なんかに。

 ずっと食い物にしてきた人間に!

 憤りで目の前が真っ白になったような気がして、一瞬何も見えなくなる。

 気づくと、レイが必死で首を横に振っていた。

 小さく光る涙の粒が、飛んでいくのが見える。

 「じゃ・・・」

 何なんだ、問い詰めようとした。

 「ちが・・・けどっ!」

 涙が、その先を押し流してしまう。

 泣いているくらいだから、本心は俺を手放したくないのだろう、と零は思う。

 この女は自分を好いているハズなのだから。

 「はっきりしろ!命令とお前の気持ちは違うんだろう?違いすぎるから・・・俺の頭の中までぐちゃぐちゃだ!」

 確かに零の頭の中はぐちゃぐちゃだった。

 彼女は終わりにしましょう、と提案しただけで、命令はしていない。

 命令されていたなら、今現在それを受け入れていない零の思考には、命令通りに動かそうとする強力な別の意思が現れているはずだ。

 レイの矛盾した命令ではなく、彼自身の動揺が彼の頭をぐちゃぐちゃにしている、それに気づくような余裕が、今の零にはない。

 彼のきびしい口調に、その意味すべてを理解することもできぬまま、ただレイは激しく首を振り続けた。

 「・・・てない!命令なんて・・・してないよ!」

 泣きながら、そうレイが叫んでも、零の中のおかしな焦りは消えなかった。

 「できないよ・・・命令なんか・・・」

 泣き声にまじって、さらにつぶやく声が聞こえる。

 それでも、零は落ち着かない。

 落ち着かないということは、やはり自分はこの主にとって不要なのだろうか。

 自分が彼女の前から姿を消すことが、本当の彼女の望みなのだろうか。

 主の希望を叶えるまで、この落ち着かないキモチは続くのか。

 こんな女から、いらない、だなんて言われるのは許せないが、それが命令なら従うしかない。

 「本当は、どうなんだ。」

 イラだちを抑えて、もう一度零は問いただす。

 呼吸が整って、ちゃんとしゃべれるようになるまで、たっぷりと間をあけてレイは答えた。

 「・・・ ・・・ ・・・いらない、とかじゃなくて、自由に、してっあげたいん、です。」 

 呼吸はきちんと整えたハズなのに、また声が震えだしていた。

 「自由にして、あげたい?つまり、俺の自由がおまえに支配されている、俺を生かすも殺すも自分しだいだ、とでもいいたいわけか?」

 あげたい、を強調した零の声は、ふてくされているような響きをふくんでいる。

 どんなにレイが否定しても、いらない、と言われた(気がしている)不快さが彼の中に渦巻いていた。

 さらに、自由にしてあげたい、という言い方が見下されているようで気に入らない。



 自由になってほしい、と言い、けれど泣き続けるレイを見ていながら、見下されているだの、いらないと思われたなどとは被害妄想もはなはだしいが、すでに零は冷静な思考など失っていた。

 レイから”いらない”と思われることは、それほどまでに彼を動揺させた。

 「ちが・・・」

 打ち消そうとするレイの言葉は、すぐに途切れた。

 「つけあがるなよ?」

 ひときわ大きくなった零の声に、かき消されるように。

 もともとつり気味だった眉がさらにつりあがり、上目遣いにレイをにらむ零の顔は、ふだん見ている程度の不機嫌顔とは比べ物にならない恐ろしい形相だった。

 「ひぇっ!」

 完璧に怒りモードの零を前に、レイは一瞬にして悲しいキモチを、恐怖一色に塗り替えられた。

 「おまえがいようといまいと、俺は自由だ。そもそもこの俺をいらないなんて言う権利はお前みたいなバカにはない!」

 おキレになった彼のいっていることは、むちゃくちゃだった。

 レイは、いらないわけじゃない、とキチンと否定したのに、話が元に戻ってしまっている。

 だいたい、彼は使い魔である。

 自由なはずがなかった。

 主人のレイがいらないといえば、彼はいらないものなのだ。

 彼の権利のすべては、レイがにぎっている。

 零は否定したが、まさに彼の自由はレイのもので、さすがに生かすも殺すも、とまではいかないだろうがそれに近いものがある。

 ただ、この主人が零の自由を奪うようなことなどほとんどなく、また、いらないどころか本当はそばにいてほしいと思っているのだから、この発言は、ある意味正しくもあった。

 なので、素直なレイは納得してしまったのだった。

 素直さは、美徳だ。

 特に、こんなときには。


 「はい・・・そ、ですね・・・ごめん、なさ・・・い?」

 なんだか怒られているので、とりあえずあやまる。

 「もう俺に逆らうなよ!」

 使い魔の分際でこの発言。

 どちらがどちらに逆らうとか、そういったハナシではなかったハズなのだが、憤慨のあまり意味不明である。

 「はぁい・・・」

 しゅんとして返事をするが、おかしいような気がする。

 なんでこんな展開になってしまったのか自分でもちょっとよくわからない。

 でも、その返事に零が少し満足そうな顔をしているのに、彼女は気づく。

 あれ?なんだか、ちょっと機嫌直してくれたのかな?

 結局何も変えられなかったけど・・・、あたしがいてもいなくても、零さん、自由だっていってた。

 だったら、きっとこれで、このままでいいんだ、とレイは思う。

 「あの、じゃ、・・・これからも一緒にいてくれるんですか?」

 「いてほしい、だろう?」

 レイを言い負かして(やった気になって)気分がよくなっていた零は、自信満々で逆にきいてくる。

 「はいっ!」

 あわてて、レイが答える。

 すぐに答えなければ、彼がどこかにいってしまう気がして。

 「いてやる。」

 余裕たっぷりに言って、珍しく零は機嫌よさそうに笑った。 

 応えてやる気などさらさらないが、人を魅了することには多少の快感がともなう。

 だから、このとき彼は調子に乗っていた。

 

 足元にまとわりつく子犬を、蹴るのではなく抱き上げてみる。

 喜んで頬をなめてくるソイツを、撫でてやる。

 その感触も、触れたあたたかさも、とても気持ちがよかった。

 

 次の日になって零は、よく考えてみた。

 昨日の自分の行動を。

 すると・・・なんたることか。

 売り言葉に買い言葉的なノリで、契約を解くチャンスを棒に振った上、さらに自分から一緒にいる約束をしてしまっていた。

 「・・・俺の・・・大馬鹿野郎・・・。」

 両手両ヒザがっくりついて、零は深く深く落ち込んだ。

 

 だけどもう、子犬の夢は見ない。

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