続き 2
「翔まで休まれちゃ回らねぇーよー!」
店長が間の抜けた声を出してなげいている。
ここはランコントル。
翔の無断欠勤が続いていた。
もう四日目。
ただでさえバイトが一人抜けて忙しいところへもってきて、翔まで出てこないのでは営業に支障がでてしまう。
今のところは、ケイタイにすら出ない翔の代わりに違うシフトのバイトや、休みのバイトに片っ端から手伝ってもらってしのいでいるが、いつまでも持つものではない。
募集は出しているが、そんなに都合よく欠員が埋まることもなく、店長は本気で困り始めていた。
「あのー、あたし様子見てきますよ。」
と、申し出たのは、翔の幼なじみでもあるレイだった。
レイからの電話にも出てくれず、仕方なく翔の兄である大にかけてみたところ、家から一歩も出ず、部屋にこもりがちで、時折なにか怒鳴っているのが聞こえるのだという。
「なんか、女の名前だと思うんだよな。ミハル、?とか。あと、ゴメン、とかここにいちゃダメだ、とか何とか。」
彼女がいるという話は聞いていなかった。
ここにいちゃだめ、ってことは同棲?なら家の人が気づくだろうし。
想像の彼女とか?・・・ってそれなんかヤバいヤバい。
とにかくなんかオカシイようなので、店長がわめかなくとも直接様子を見に行こうとは思っていた。
家につくと、大が出迎えてくれた。
「おー、鳴神、マジきたの?ひさしぶり、とにかく見てやってくれよ。」
「おじゃましまーす。」
まさに、とりつかれたような顔をした人がそこにいた。
「翔くん、大丈夫?」
「オレ、大丈夫に見える?レイさん」
真っ黒なクマを目の下に浮き出させ、髪はボサボサで部屋の中は嵐が通ったように荒れている。
「見えない。つか、どーしちゃったの?」
誰もが思うことを、あっさりとレイはきいてみる。
「・・・言えない。誰にも、巻き込みたくない。」
「でもさ、なんか、・・・オバケみたいだよ?翔くん。」
その言葉に、弱々しく翔が笑う。
「大丈夫だから、自分でなんとかするから。」
「えぇー?でもぉ、あのさ、病院、行ってみようよ。翔くん疲れてるんだよ!」
疲れてる、と言われた瞬間、翔の態度が激変した。
「つかれてなんか、つかれてなんかないから!いいから出てってよ!」
無理やりドアの外へレイを突き飛ばすと、素早く閉めてしまった。
翔らしからぬその態度に、レイはただ呆然とするしかなかった。
◆
「・・・ベタ。」
ぽそりと一言、一部始終を聞き終えた零がつぶやいた。
「え?」
「なんでもない、助けたいんだろ?会わせろ。」
「あ、ハイ!」
翔をなんとかできるかもしれない、とレイが言うと、大が車で迎えに来てくれた。
「えぇと、このコはなゆくんてゆーの。霊感とか・・・とか、んと、そういうの詳しいんだぁ。」
適当かつタドタドしい説明であるにもかかわらず、大は大いに納得し、
「そっかぁ、小さいのにすごいな!でも無理しなくていいからな?ダメだったら、精神病院とオハライと、両方行ってみるから・・・」
と、後半少し残念そうに言った。
そんな大を気づかうこともなく、”なゆくん”ことなゆたは無言で、表情一つ変えずに大の運転する車に乗り込んだ。
◆
翔に対面すると、なゆたはすぐにどうなっているのか理解したようだった。
「本体は、ここにいない。なぁ、おまえこれどこで拾った?」
翔の目をのぞきこむ彼の目が、光った気がした。
「そうか、近いな。ふふ・・・」
言うなり、部屋の窓をあけ、飛び降りた。
「なゆくん、ここ二階だぞ!」
大が駆け寄り、下をのぞく。
「・・・いねぇ。」
大は、ケガをしているかもしれないなゆたを探し回り、レイは、なゆたに見つめられてからヌケガラのようになってしまった翔の肩を抱いて、励ますようにさすってみたりしていた。
「翔くん、大丈夫だよ、きっと零さんが助けてくれるから。」
翔は気づいているのかいないのか、あらぬほうに視線を泳がせているだけだ。
なゆたが出て行き、15分ほどたった頃、突然、翔が涙を流し始めた。
と同時に瞳に生気が戻り、意識もはっきりとしたようだった。
「レイさん、レイさん・・・」
激しく泣きじゃくり始めた翔を、レイはとりあえず優しく撫でてやる。
「うん・・・だいじょぶだよ、翔くん。」
「オレ、助けられなかった・・・なんも、出来なかったよ!ぅわ、うああああああ!」
意味は、わからない。
わからないけど、きっと翔は翔なりに頑張ったに違いないことだけは、レイにはわかる。
「うん、よくがんばりました、翔くん。もう大丈夫だよ。」
よしよし、と、もう立派な大人の翔の頭を撫でてやっていると、
カララ・・・
音とともに窓が開き、翔とレイは同時にそこを見る。
「ああ、そうだな、大丈夫だ。けどな、小僧、一つ教えておいてやる。」
なゆたが入ってくるところだった。
「助けるなんて、出来やしねぇよ。死者に救いなどない。ただ、お前は助かった。」
子供らしさのカケラもない彼の言葉を、涙目で翔は聞き、押し殺した声で言った。
「そうかも、しれないね。・・・ありがと、レイさん。帰って、ホントにもう、大丈夫だから。」
翔のしっかりした口調に、なゆたがうなずき、二人は部屋を出た。
閉まったドアの向こうからは、物音一つしない。
声を立てずに、翔は泣いているハズだと、なんとなくレイは思った。
「おぉ、なゆくん大丈夫だったか?」
なゆたの捜索から戻った大が、うっすらと汗をかきつつ、ノンキな声でそう言った。
◆
後に残された恋人を連れて行くのは、初めからの約束だったのだそうだ。
死霊とは言っても、ただ思い出の場所から動けずにいるだけの無害な存在だった。
最初のうちは。
例によって、零の力のカケラの影響をうけたせいで、あの死霊の存在は濃く、大きくなって、見える人間にはまるで生きているようにも見えたらしい。
けれど、人の命を喰った死霊は、ただの死霊ではなくなってしまった。
なんの約束かは知らないが、約束を破った翔の命も奪おうとしていたらしい。
「ねえ零さん、死者に救いはないって、言ってたじゃないですか?」
「ああ。」
「本当、ですか?」
「たぶんな・・・俺も死んだことはないから、わからん。」
納得できるはずもない答えだったがレイは追及しなかった。
零の目が、あまりに悲しそうな色をしていたので。
「最後は、笑ってた。小僧にそう伝えてやれよ。」
言って、目を閉じた彼のその言葉が、本当かウソかも。
◆
桜は、散ってしまった。
だけど、来年も咲く。
その次も、次の次の年も。
そうしてオレは、それを見るたびに思い出すんだ。
その木の下で出会った人を。
その花によく似た、綺麗で、とても儚いあの笑顔を。