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使い魔日記  作者: narrow
50/68

続き

 本当に、やられた。

 気づくと翔は、いつもの通りを走っていた。

 知らないうちに、あの死霊の影響をうけたに違いなかった。

 そうでなければ、本当に彼女を好きになってしまった、とか。

 死んでいるのだと気づいた今、好きだとかそんな気持ちがあるわけない、とは思うが。



 それに、何度かあっただけで、どんな人かもわからないのに本気で好きだなんて、考えられない。

 外見だけでなく、内面を知ってはじめて、大切だと思える。

 それが愛だと、翔は思う。

 とにかく、あの桜の前だけ早く通り過ぎてしまおう。

     ◆

 ところが、その視線はまるで実体を持っているように翔を突き刺してくる。

 彼女が、悲しげな目で翔の姿を追う。

 今の彼女にとって、唯一の話し相手は自分なのだろう、と翔は推測し、心の中で彼女に謝った。

 ごめん、オレはそっちにはいけない。

     ◆

 どんなに抵抗しても、いつのまにかあの道を通っていて、翔は自分が呼ばれているのだとわかった。

 それが、生きている彼女だったらどんなにうれしいだろう。

 頼むよ、やめてくれ。

 願うように何度もそう思った。

 思いながら、とにかく無視をつづけていたが、とうとうある日、自転車を止められた。



 「ねえ!」

 彼女の声とともに、一瞬、金縛りにあったように体が動かなくなり、オレは転倒した。



 ザッ・・・ガシャァアンッ!

 短く悲鳴が聞こえた気がした。

 自分でやっておいて・・・?

 体の痛みより先に、そんな疑問が頭をよぎる。

 「ごめんねっ、ごめんなさい!あの、だい・・・じょうぶ?」

 桜の木の下から動けないらしい彼女は、少し離れたそこからオレにそんなセリフをなげかけてくる。

 痛いし、やったのアンタだろ?

 オレは黙って彼女をにらむ。

 どうせもう逃げられないし、正直ハラも立った。

 転ばされたのもそうだし、生きてるみたいなフリしてだましたのもムカつく。

 「ごめんなさい・・・また、お話、したかっただけなの。」

 すまなそうにする顔も、やっぱり美人だった。

 死んでいるとわかっても、やはり綺麗なものは綺麗なんだ。

 どう見ても心から反省してくれている彼女を、結果的にオレはそれ以上責めることが出来なかった。

 「あのね、ほら、見て?」

 黙って立ちあがった俺に、彼女は自分自身も見上げながら、桜の木の枝を指した。

 つぼみはすっかり大きくなり、いくつかの花がほころんでいた。

 「咲き始めたの。きっと、すぐに満開になる・・・。」

 うっとりと花を見上げる彼女の、花よりもはかなげな横顔に、オレはみとれていた。



 「満開になったらね、きっと、おわかれ。」

 「!」

 何で、といいそうになった。

 やはり彼女は桜の花の妖精なのだろうか、かぐや姫が満月の夜に行ってしまうように、満開の桜とともにあなたも行ってしまうのか。

 いいや、そうではない。

 彼女は死人で、ここにこうしているほうが不自然なんだ。

 お別れ、つまり天国でも何でも、行くべきところにゆくというなら、それが正しいことなんだ。

 「わたしとお話してくれたのは、あなただけ。心配してくれて、嬉しかった。だからあなたに、あなたにだけは知って欲しかったの。もうすぐ、わたしがいなくなること。だけど・・・ねぇ、満開のその夜には、絶対にここへ来ちゃダメ。約束してね?」

 それでも、別れは唐突すぎて、オレは首をタテにもヨコにも振れなかった。

 「もう行って。イヤじゃなかったら、また明日会いましょう?」

 揺れる花のような笑顔。

 きっと彼女にしかできない笑い方。

     ◆

 咲き始めた桜は、あたたかな日和に勢いづいて、それこそすぐに満開になってしまいそうに見えた。

 イヤじゃなかったら、また明日・・・

 彼女の声が耳によみがえる。

 今までに出会った女の人の中で、一番綺麗な、だけどもうこの世の人ではない彼女の声。

 花のようなあの笑顔が、自分に害をなすとはとても思えない。

 信じたい、と思う。

 そのキモチの一方で、不安も、そしてわずかな恐怖もあった。

 彼女は死人なのだから、オレを連れて行きたがっているかもしれない、と。

 オレは、あれこれ理由をつけ、せめてその日は家から一歩も出ないことにした。

 本当は、桜が散るまで家にとじこもっていたかったが、バイトはそう何日も休むわけにいかない。

 人手が足りないのだ。

 自分が何日も休んでは、店長や、幼なじみの鳴神鈴が困ることになる。

     ◆

 元から予定となっていた休みをはさんで二日後、やはり仕事は長引き、また夜になってしまった。

 なのに今夜は、いつもの道を通りたいとは思えない。

 ということは、呼ばれていないということだ。

 もしかしたら、あの桜が満開になったのだろうか。

 ハッキリした理由はわからないけど、彼女はオレに来てほしくないらしかった。 

 

 満開になったらね、きっと、おわかれ。

 

 ちゃんとさよならを言ってない。

 あなたの名前もきいてない。

 何かされるかもしれないと勝手に不安がって、会わないようにしたクセに、彼女が気になった。

 呼ばれてないけど、オレ、行くよ。

     ◆

 満開の桜が、かすかな風に揺れている。

 彼女がいた。

 誰か、知らない男と。

 や そく、守って  んだ?

 彼女の声がきれぎれに聞こえる。

 とてもじゃないけど近づいていけない雰囲気に、オレは離れたところで自転車を止める。

 チハル、会いたかった、チハル!

 男が彼女を呼ぶ。

 彼女は、チハルというのか。

 二人が抱き合い、彼女が問いかける。

 「ねぇ、来てくれる?連れて行っても、いいの?」

 男は、彼女を抱きしめたまま、力強く何度もうなずいた。

 翔は、二人から目を離すことができない。

 数秒間 抱き合った後、男の体から力が抜けて、くずおれる彼の重さに負けるかのように、彼女がすわりこんだ。

 ちょうど、ひざ枕でもしているように見えた。

 ゆっくりと、ひざの上の、ピクリとも動かなくなった男の髪を、彼女の白い手がなでる。

 あれはきっと、彼女の大切な人なのだろう。

 望んで連れて行かれたのだ、仕方ない。

 満開になったら・・・つれていく。

 そんな約束をしたのだろう。

 そしてそれは彼女の望みでもあり、それが叶ったから今夜でいなくなってしまう、ということなのだろう。

 すべてを見届け、翔は自分の入り込む余地などカケラもないと悟ると、自転車を出そうとした。

 そのとき、男の髪をなでる動きからは想像もつかない機敏さで、彼女の首がこちらを向いた。

 「来たの?!」

 カッと見開かれた目は、翔の知っている彼女とは別人のようだった。

 答えも、振り返りもせずに彼は全速力で家に向かった。

(続)

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