1 続き2
すっかり夜になった街は灯りも減り、少し寂しい。
その暗くなった街の闇をさらに濃くするように、黒づくめの服に身を包んだ零。
隣には、夜には目立つ明るい服装のスズキ。
とうに閉店した喫茶店のシャッターの前で、どれだけ待っていたのか、少しうつむき加減のレイが、歩いてくる二人に気付いた。
「あ、零さぁん!」
その場で待っていても何も問題はないのに、レイは走り寄ってくる。
小柄なレイが目を輝かせて走り寄ってくる様子は、まるで子犬のようで、ちぎれんばかりに振っている小さなしっぽが見えるようだった。
「来てくれると思ってましたぁ!」
小さな唇からつむがれたコトバは、とても健気で。
軽い感動を覚えたスズキは、彼女をよく観察してみる。
いかにも愛らしい大きな目、無邪気としかいいようのない笑顔、肩の下くらいまである髪は、優しいミルクティー色。
なんて、なんて可愛いんだろう!
ああ、この娘は人を疑うことを知らない。
さっきまでのうつむいた姿と、少しうるんだ瞳をみれば、もう来ないんじゃないか、ってくらい待っていたのは想像に難くない。
それでも、あんなことが言える。
少しも疑った様子などなく。
ただただ、彼女は喜んでいた。
スズキは、その彼女をみつめながら、自分が恋に落ちたと悟る。
同時にこの恋は、かなわないとスズキはわかっていた。
なぜならスズキは”天使”だから。
与えられたその性質ゆえに、彼女の気持ちを自分にむかせるこ とよりも、彼女を応援することを優先してしまうからだ。
零がスズキの思うように、無差別に破滅という運命をふりまく存在ではない としたら、レイの想いに応える可能性もあるかもしれない。
零は、人に災いをもたらすために生まれたのではない。
難しくても、時間がかかるとしてもスズキはそう信じたかった。
レイの幸せのために、かなわぬ自分の想いのために。
彼女が近くへくると、フルーツのような甘酸っぱい香りがした。
零よりは背の低いスズキだが、それでもレイから見ればかなり背が高い。
小さな彼女に、下から覗き込まれるように瞳を捉えられると、スズキは微かに頬を染めた。
不思議そうな顔で、気付かない彼女が問う。
「零さんのお友達の方ですか?」
「あ、うん、スズキっていいます。よろしくね」
やっとそれだけ言うと、引きつり気味に微笑んでみる。
表情さえうまく出せないスズキに、零が気付いて笑いをかみ殺している。
笑わなくたっていいじゃないか、と思いながらも恥ずかしくなり、スズキは全身が熱くなるのを感じた。
それにしても、今は、零って名乗ってるのか。
スズキも仮の名を使っているから、聞き慣れない名であっても、それが自分の連れだろうとは予測できた。
それから、思い出した。
「ねぇ、彼きみに借金してるんだって?」
「え?零さんがですか?ああ、私が立て替えたの返してもらうんです。」
「そう、それね、僕が代わりに払うことになっちゃって。」
聞いて、驚いたレイは零を見る。
零はうんざりし表情を取り繕おうともせず言った。
「何だ?払えばいいんだろ?」
「ダメダメー!ぜんっぜんダメです!スズキさんに迷惑です!」
「ぷっ!」
あいつ、怒られてる・・・スズキが吹き出した。
珍しい光景を見て、スズキはちょっと可笑しくなった。
零は気に障ったようで、少し怒った声を出した。
「スズキがいいって言ってんだから問題ないだろ?」
思わずレイが怯むと、レイと零の間にスズキが割って入る。
「こ〜ら!開き直るんじゃない、元はといえば悪いのはきみ!」
2対1で、零は黙った。
「あの、零さん?どうして、お金ないんですか?
家賃とか公共料金とかもためてるんじゃ・・・」
「ぷふっ!」
またも吹き出してしまうスズキ。
お金がない・・・なんか同情されてるよあのヒト。
まあ、ないといえばないわけだが、彼らには本来必要ないのだ。
が、人の身であるレイにそんなことがわかるわけもなく。
笑うスズキを、零の氷の矢の如きまなざしが射抜く。
が、この状況では怖くもなんともない。
逆にスズキは、にやにやと彼らしくもない意地悪な笑いを見せた。
「あのなあ!家なんかねえから家賃は発生しない!
公共料金も関係ない!全く問題ない!」
レイのペースに引き込まれ、つい大きな声を出す零。
スズキは耐え切れず爆笑した。
「あははははは!」
そのスズキの肩を、力いっぱい爪を立てて零がつかむ。
「てめぇ、笑ってんじゃねえ・・・」
必死じゃんコイツ。
死神のような普段の彼とのギャップに、尚更スズキは笑った。
「やめて あははは やめ痛 ははははは!
イタタぎゃはははは!」
「零さん、おうちないんですか?!大変じゃないですか!」
スパンッ!
「あいたっ!」
笑うのをやめないスズキの頭を、芸人が相方にツッコむが如くひっぱたく零。
衝撃で、スズキの金髪が夜の闇を裂いて踊った。
零は、深呼吸してレイのほうへ振り返る。
「問題ないといってるだろう。」
「大問題です!だから、うちに来ませんか?」
「はぁ!?」
スズキと零が異口同音に間抜けな声を出す。
そういうのって、どうなんだろう、やっぱり・・・。
「ちょっとマズいんじゃない?きみ、オンナノコでしょ?」
焦ったスズキが思わず止めた。
何が、かはわからないが、とにかくマズい気がした。
「大丈夫です、たぶん!いいですよね?零さん。」
レイは自分が意識されていないことくらい、痛いほど承知していた。
だからこそ、なんとか近づきたい。
零の返事はおかしなものだった。
「わかった。・・・・ん?」
承諾してから、自分のいったことがおかしいと気付いたような。
「零くん?!ちょっと、きみまでどうしたんだよ!」
受け入れるわけがないはずだった。
零は、わけがわからないといった顔でぼんやりしていた。
一方、レイははしゃいでいた。
「そうですよ!そうしましょう!」
あは、と可愛らしい笑顔まで見せて。
そんなレイと零を交互に見くらべながら、混乱したスズキの頭には、一時撤退、という言葉が浮かんでいた。
「い、一緒に住むにしても、準備とかいるよ、いるよね?!
だから、今日のところはこれで!ね!」
スズキは、すばやく零の腕を取り、さっき来たほうへ戻ろうと引っ張る。
腕を取られて我に返った零は、スズキのナイスフォローにホッとしつつ、
「そうだな、そうしよう、いいこと言うじゃないかスズキ君!レイ、また今度な?」
キャラが崩れるほど動揺してはいたが、なんとかその場を去ろうと賛同する。
「はい、零さん、またお店で!」
あぁ、あの娘もレイっていうのか、次々起きた色んな事を頭の中でごちゃごちゃさせながら、スズキは思う。
嬉しさで、お金をもらうのも忘れたレイと、そんな話は頭から吹っ飛んでしまった零とスズキ。
彼らはそれぞれに、はしゃいだり、動揺したり、頭の中でめまぐるしく状況を整理しながらその場を後にした。
体から力の抜けてしまった零を、引きずるようにして歩きながらスズキはレイに別れを告げる。
「それじゃあね、レイちゃん、また今度」