続き 5
「ねえシロ、シロは幽霊って見たことある?」
「ん・・・?何、幽霊、みちゃった?」
時折、体が触れ合うくらいに寄り添って、暗い道をシロとレイが歩く。
「ううん、なんかね、このへんで出るんだって。」
「へえ、どんな?」
「ん、とね、男の幽霊で、背が・・・高くて、白・・・あれ?んと、シロ、みたいな・・・。」
話すうちに、気付いた。
幽霊の特徴が、シロそのものだということに。
まさか、まさかシロが幽霊だなんてことは、ないよね。
恐る恐る見あげて、シロの表情をうかがう。
含みのある笑い顔なんてしていたら、いや、無表情というのも怖い。
不安を感じながら、それを打ち消したくて恐る恐る見上げる。
けれど、シロの顔はレイが想像していたどんな顔とも違い、興味深そうに話を聞いている、といった様子で、レイはホッとした。
「オレみたいな、幽霊?失礼だな、ハハッ。見たら呪われたり、か?」
怖い話が好きなのだろうか、笑いながら返してくる。
「見たら、っていうか、振り返るんだって。その顔を見たら・・・」
振り返る、顔。
振り返りかけて消えた、白い影。
言葉と記憶が結びついて、思い出す。
自分はそれを見たことがあった、と。
「どうしよう、あたし、見てた!やっぱ見てたよ!」
シロと出会う直前、振り向く寸前で消えた白い影。
今さらになって、レイはあわてふためく。
「?・・・でも、レイはなんともなってないだろ?」
冷静な指摘のおかげで、すぐに落ち着きをとりもどしたが。
「あ。うん・・・そう、だね。そう、振り返った顔を見たら、発狂しちゃうんだって。あたしの時は、見る前に消えちゃったんだった。」
「それ、どこで?」
「・・・こ、の、へん。」
いったんは落ち着いたものの、やはり幽霊が出る、まさにその場所にいて、落ち着いてなどいられない。
血の気が引いていく、・・・気がする。
「このへん、に居るのに平気なのか。強いな、レイ?」
本当は怖がりなレイを知っているくせに、わざとシロは驚いた顔をしてみせた。
そんな実際とかけはなれたイメージをもたれても困る、とレイは慌ててかぶせる。
「ちがっ、シロがいるからだよ?」
「オレ?」
とぼけつつ、シロは優雅に微笑んだ。
余裕があって優しげなその笑顔は、レイをとりこにする。
まるで魔法のような笑顔だった。
彼に微笑みかけられた瞬間、視覚以外のすべての感覚がなくなったように、彼の笑顔だけを残してほかの何もかもが消える。
ここがどこなのか、何をしていたのかすらも、わからなくなりそうだ。
けれど、不安を感じないのは、彼が笑っているから。
「どうした?レイ。」
そうなることが分かっていたくせに、シロはボーッと自分の顔に見とれるレイに呼びかける。
「ふぇっ ?」
寝起きのような間抜けな声とともに、レイが現実に帰ってくる。
まだ笑顔の余韻を残したシロが、彼女を見ている。
もし彼がウワサの幽霊で、今、彼に命を奪われたとしても(ウワサでは正気をなくすらしいが)、彼女は何も知覚することなく、苦痛も、恐怖もなく逝くことができそうだった。
けれど、彼は当然何もしない。
正気に戻ったレイは、ふとつぶやく。
「シロって、あたしの知ってる人に、すごく、よく似てる。ぜんぜん似てないところもあるけど、不思議なところはそっくり・・・。」
シロは、そんなレイの突然の、それこそ不思議な発言に、なぜか驚くこともなく反応してきた。
「知ってる人・・・レイの好きな男、とか?」
そのとおり、だった。
いつからそれに、自分の気持ちに自信がもてなくなったのか。
「ん・・・わかんない。」
「わかんないって?」
「わかんないんですぅ!いいの!」
困ったように笑いながら、すねた声を出す。
一見これ以上の追求を拒むような態度だけれど、きっとそうしても怒らない。
好きなヒトは目の前に居る。
よっぽど鈍くない限り、それが分かるような笑い方を彼女はしていた。
シロも、笑った。
けれど、その笑い方が今までとは違った。
どこか、冷たい。
「とうとう、振られちゃったかぁ」
「・・・シロ・・・?」
「く・・・ふふっ、なぁレイ、オレは、誰と似てるんだ?」
あざ笑うような、好意のかけらも感じられない笑顔。
似てる、などというレベルではない。
「似てて当たり前なんだよ、同じヒト、いや、悪魔なんだから。」
静かなのに相手を威圧するような、脅すような声。
唇の両端を吊り上げる、冷たい、いやな笑い方。
目は、さらに冷たい。
この笑顔、この口調、もうこれは。
「零、さん・・・」
「そうだ、それがオレの片割れ・・・けど、オレは零じゃない。」
これは、いままでのシロじゃない、この悪意に満ちた笑顔は、きっと危険。
レイは距離を置こうと、身を引く。
動いた瞬間、シロの長い腕にとらえられた。
「逃がさない。オレが、好きなんだろ?」
こんなシロは好きじゃない。
逃げたい、怖い。
恐怖のせいか、レイは凍りついたように目を見開いていた。
感覚がおかしくなってしまったのか、恐怖の中で、覚えのある香りをかすかにかいだ気がした。
大きな手が、レイの小さな顔を無理に上へむけ、ふたたび彼の目を見させる。
冷たいままの瞳は、けれどなぜか恐怖を消し去った。
不自然に、さっきまでの愛しかった気持ちがよみがえる。
なんだかおかしい。
あの魔法のような笑顔も、今のこの気持ちも、悪魔だという彼の持つ力なのだろうか、とレイは頭の片隅で考える。
「オレは、あいつ。だけど、零じゃない。これが何を意味するか、わかるか?」
どこかうつろな目で、ふるふるとレイは首を振る。
「・・・だよなぁ?お前、全然悪魔を有効利用してなかったもんなあ。でも、それもこれで終わりだ。」
意識はしていないが、自分の中に絶望感でも生まれたのだろうか、さっきよりも周囲の闇が濃くなった気がする。
「零が、あいつが”名前”を引き受けてくれたおかげで、オレは”名無しの悪魔”でいられる。けど、これであいつも自由になれるんだ。」
「じゆ・・・?」
自由って、ことは、今の零さんは自由じゃないのかな。
ぼんやりとレイは考える。
「そうだ、お前さえいなくなれば誰もアイツに、オレに命令できるものはいなくなる。」
命令・・・?
今まで、零さんがあたしのそばにいてくれたのは、お願いをきいてくれてたのは、命令だと思ってたから?
・・・そうだ、居候だから、断れないんだ。
でも、自由になれるんだよね?
「なら、よかった・・・」
ふわん、とレイは笑う。
シロが発するおかしな雰囲気のせいで、思考がにぶっているレイは、彼に誘導された自分の考えがどこかゆがんでいることに気が付かない。
いなくなる、とはどういうことか。
そこに対する疑問が、なぜかうかばなかった。
「そうだよな。零を自由にしたいだろ?」
うつろに、こくん、とレイはうなずく。
「オレが好き?」
怖かったはずだけど、今はよくわからない。
またうなずく。
「オレのものになれ、レイ。そうしたら、零は自由だ。」
嬉しそうに少し笑って、レイはうなずいた。
結婚の誓いにでも答えるように。
「惜しい。」
子供の声が聞こえて、レイの目の前が真っ暗になった。
シロがいた場所には、いつの間に現れたのかすぐそばに来ていた、零の翼が片方だけ異様に伸びて突き刺さっていた。
(続)