続き 4
いつも、白い服を着ていた。
バイト先、ランコントルに来てレイを驚かせたときも、朝日の中で通行人にまぎれてあらわれたときも、帰り道で寄った本屋に居たときにも。
人ごみの中で白い色を見かけると、彼が頭にチラつくようになった。
いつも微笑んでいる、優しい彼。
あまり笑わない彼とそっくりな、けれど似ても似つかない笑い方をするその人。
「オレは、シロ、レイの忠実な犬。」
名前を聞くと、当たり前のように、そう言った。
薄暗い帰り道を零そっくりな彼、シロに送ってもらうのはすっかり習慣のようになっている。
頼んでもいないのに毎日、シロはランコントルの近くまで迎えに来ていた。
「白い服だから、シロ?ずるいよ、ちゃんと名前教えて?」
「キスさせて。・・・くれたら教えてあげるかも。」
したい!
正直、レイはそう思った。
即答してもいいくらいそう思うけど、シロは今のところ彼氏でもなんでもなく、これはたぶん冗談を言われているだけ。
自分のことをなんとも思っていない零の顔も、脳裏にちらついて。
かわすしか、ないよなぁ。
「 うわぁ、・・・ベタベタ。じゃ、じゃあいいですぅ!シロって呼ぶから。」
ややぎこちなく笑うレイの横で、あはは、と屈託なくシロが笑った。
変な間があいたのも、ちょっと棒読みふうになってしまったのも、気づかれなかったようだ。
くもりのない、彼の笑顔。
それは、レイがずっと見たかった顔。
シロなら、いつでも見せてくれる顔。
あたしは、この笑顔のそばにいたい。
でも、シロは、零さんじゃない。
レイの中の零の場所を、シロがおびやかし始めていた。
零さんがいるのに、・・・認めたくないけど、シロが好き。
でもそれは、振り向いてくれることのない零の代わりなのかもしれない。
そんな思いがレイの表情に影を落とし、会話も途切れた。
「レイ・・・?」
零と同じ声が、優しく自分の名前を呼ぶ。
胸の中、その傷口からなにか暖かいものがあふれてくる気がした。
あたたかいのに、けれど、とても痛い。
痛い、痛い、あふれ出して、痛い。
「なんでも、ないよ。」
シロは大きすぎる体を折り曲げるようにして、うつむくレイの顔をのぞきこんだ。
「なんでもない顔、してないぞ。」
叱るような言葉も、どこまでも優しい。
甘えてしまっていいのだろうか、この優しさに。
でも、代わりにしてしまっていいわけがない。
好きだから、なおさらそんなことしたくない。
零さんへのキモチも、どうしたらいいかわからない。
けど、でも。
だめだ、おさえようとしても。
「レイ?・・・。」
何も言わず静かに泣き出したレイを、時折通り過ぎていく他人の目も気にしないで、シロは地面に膝をつきふわりとやわらかく抱き寄せた。
おさえようとしても、おさえられない、痛みと、涙と、この気持ち。
大好き。
自分を抱きしめてくれているシロに、すがるようにしてレイも抱き返した。
零さんじゃなくてもいい、優しい、あたしのそばで笑ってくれるあなたが好き。
笑わない零でも、そばにいられるだけでいい、いつかは一緒に笑いあえる、そう思っていたはずのレイが、こんなふうに思ってしまったのは、シロがあまりにも零に似ていたから。
まるで、零が笑ってくれているような感覚を、彼女にくれたから。
そして、彼女が、優しさに飢えていたから。
それは、心変わりというにはあまりにも相手が似すぎていた。
罪悪感。
そう呼んだらいいのだろうか、この後ろ暗い気持ちは。
大好きなはずの零、小さな”なゆた”の状態でも、彼を見ていると、そばにいると、なんとなく落ち着かない。
目を見ることができない。
そもそも目が合うこと自体少ないのは、この際救いだった。
嫌いになったわけでも、どうでもいいわけでもない。
好きなのだ、変わらず好きだから、後ろめたい。
零も好きで、だけどシロも好きで。
なんでも思うとおりに言うことを聞いてくれるシロ、ひとつも思い通りにならない零。
きっと同じくらい好きで、だけど振り向いてくれそうなのはシロで。
自分に都合よく、流されていくようで。
都合のままに、相手を変えたように思えて。
そんな自分を意識すると、レイは辛かった。
そんな葛藤を知るはずもない零は、思い悩むレイのことをなんとも思っていない。
それも辛かった。
意識して目を合わせないようにしているレイに、零はすぐに気づいていた。
ただ、それを気にしなくてはいけない理由が自分にはないはずだ、と、気づいていてもそれを追求することはなかった。
まるで意地を張っているように。
主の変化が使い魔にどんな影響を及ぼすか、それは気にかかってあたりまえの事だった。
それでも、気づいていたのに零は無関心をよそおった。
忙しく、楽しく、今日一日の仕事を終えて、レイは帰ろうとしていた。
今日は翔も出てきていて、その彼が声をかけてくる。
「あ、レイさん。」
「ん?」
「待ってて、今日一緒に帰ろ?」
あわてて、洗っている皿をガチャガチャいわせながら。
「えぇ?」
驚いた声を出したのは、急な申し出への戸惑いだけでなく、今日も帰り道のどこかで待っているであろうシロのこともあってだ。
翔がいたら、シロは声をかけてこないかもしれないかもしれないから。
レイはあまり歓迎していなかったが、それは声には出ていなかったようで、翔は言葉を続ける。
「こないだ話した幽霊、あれ、ホントらしくて。オレの知り合いも、見たって。」
「へ・・・」
忘れていた、嫌な話題だった。
忘れていた、というのもシロのおかげなのだが。
「異様に背がでかい、白く光る男の幽霊で、人が来ると振り返るんだけど、その振り返った顔を見ると正気を失うって話でさ。オレにこの話をした奴も、会社の同僚がオカシくなったって。入院してるらしいけど、・・・社会復帰は難しいだろうって。」
真剣に話したあと、翔はレイの目を見た。
「でも、レイさんはオレが守る!・・・から。」
カッコよく、守ると言った後、急に照れたのか翔はうつむいた。
「だから、待ってて?」
言われたものの、レイにはシロが居た。
「あ・・・でも・・・送って、くれる人、いるから。」
翔は、レイを女として意識していたつもりはないものの、そんな風に言われると少しがっかりした。
慕っている、姉のような女に、自分より頼れる相手がいる。
あるいは、彼氏が戻ってきたのかもしれない。
でも、翔にもプライドがある。
レイに頼りにされなくなって、落ちこんでいるなんて思われたくない。
「そっか、なら大丈夫、かな?でも、気をつけてね!見ても無視ムシ!振り返る前に逃げちゃえばいいんだからさ。」
無理に勢いをつけて、元気よく、見えるように言い放つ。
「うんっ!ありがと翔くん!」
シロもいるし、とレイの笑顔は明るい。
そんな彼女の気持ちに、おいていかれた翔はそれでも懸命に彼女に合わせようと、元気な演技を続ける。
「あはは!レイさんみたいな明るい人なら幽霊なんて逃げちゃうか?」
「そぉだよっ!」
レイは胸を張った。
白くて、背の高い男、という幽霊の特徴が誰かに似ていることに気付かずに。
(続)