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使い魔日記  作者: narrow
45/68

続き 3

 迎えに来てください、と頼んだら、それじゃタイムサービスに間に合わないから無理、と却下されてしまった。

 ふだん安売り品のチラシに影響されて、レイがあれこれと買い物に注文をつけてくるのを零は逆手に取り、言い逃れに利用したのだった。

 なぜか、レイはそれで引き下がった。

 自分の身の安全より安売りが大事なのか・・・。

 零は、呆れつつ、驚きつつそう言った。

 実のところレイは逆に、あたしよりタイムサービスが大事なんだ、と悲しくなって身を引いたのだ。

 見事なまでのすれ違いぶり。

 安売りよりも、少々の危険よりもレイは、零の気持ちのほうが気になった。

 アメとムチ。

 ほんの少しのアメでは役に立たないくらい、ムチが多く、そして厳しすぎるのだ。

 そうして彼女は、暗い道をとぼとぼと歩く。

 翔がいたなら送ってもらうのだが、彼は今日休みだ。

 もうすぐ、あのちかんのいた場所。

 回り道、しようかな。

 すごく遠くなるけど、怖いし。

 方向転換をしようとすると、何かにぶつかった。

 「わっ」

 それは上から下まで、全てを白系でまとめた服に身をつつんだ男だった。

 あたりの暗さの中その服装は目立ち、まるで全身がうっすらと光っているように見えた。

 「ふふ・・・どうしたの?」

 やさしげな声は、聞き覚えがある。

 昨日のちかんだ。 

 けれど、もっと前から知ってるような。

 視線を上げていくと、その人がとんでもない長身だということに気づく。

 細長い、としか言いようのない体の上に乗っている顔は、零そっくりだった。

 まるで同じ顔に、レイは驚きすぎて言葉さえでてこない。

 そういえば、その体型も縮む前の零そのもの。

 ただ、絶対に零が身につけない白の服を着ている上に、表情はやわらかく、髪も肩につくかつかないかくらいの長さで感じよくまとまった、特に目立つことのないヘアスタイル。

 「君のうち、あっちのほうなんじゃない?」

 答えられずにいるレイになおも話しかけるその声は、口調こそ似ても似つかないほど爽やかなものの、やはり以前の零そのものの声だった。

 「・・・ぁい。」

 はい、といいそこねたおかしなレイの返事に、白い彼が笑った。

 「送っていくよ。”ちかん”が出るといけないから。」

 背中に彼の手が回されて、レイは自分がちかんだと思っていた相手を、測るように見つめる。

 「もしかして、オレが、”ちかん”に見えるのかな?」

 意外そうに眉を持ち上げつつ、彼は冗談っぽくそう言った。

 それから、少しかがんで彼女と視線の高さを合わせると、ゆっくりと顔を近づけてくる。

 長いまつげをした綺麗な目を細め、企むように笑う。

 そんな表情をすると、零自身にしか見えない。

 「それとも、そうだったらいいな、とか?」

 零が目の前で、彼女を誘惑している。

 鼓動はもはや連続音に聞こえるほど速く、頭の中は真っ白で、熱くて、倒れてしまいそうだった。

 至近距離に見える、紫がかった灰色の不思議な瞳。

 その目に少しかかる黒髪は、光があたると薄く紫に光る。

 きめの細かい白い肌、黒ずんで見えるほど深い紅色をした唇。

 知らない人のフリしてるけど、絶対これは零さんだ。

 そうだ、彼以外にこんな特殊な容姿をした人間が、いるわけない。

 ということは。

 「また、何かのいたずらですか?」

 「・・・されたい?」

 必死で搾り出した追求を、サラリといやらしくかわされる。

 意識が、いやカラダごと、自分がどこかに飛んでいってしまいそうな気がした。

 これ以上何か言おうにも、倒れてしまいそうで、ただ立っているのが精一杯だ。

 数秒、黙ったまま見つめあったあと、楽しそうに、ふふ、と声を出して笑い、彼はかがめていた体を伸ばした。

 「冗談、てことにしておいてあげようかな。・・・じゃ、帰ろうか?いつまでもこんなところでおしゃべりしてたいわけじゃないだろ?」

 全力で動き続けていた心臓が、もうそろそろ本当に過労で力尽きてしまいそうだったレイは、もちろんそれに賛成だった。

 家まで歩く間、本当に零じゃないのか、あなたは誰なのか、と訊いても彼は笑うばかりで、レイの住んでいるアパートのすぐ近くまでくると、またね、と言い残し去っていった。

 あれは、零ではないのだろうか。

 何のたくらみもなく、優しく微笑みかけてくれる零。

 これ自体がイタズラでないとすれば、ありえない。

 明るい口調、やわらかいまなざし、圧迫感を与えない服装と髪型。

 ただ家まで送ってくれて、何の危害も加えずに立ち去った。

 けれど、あの顔、あの声。


 「ぜ・・・ったい、零さんだよ。」

 部屋に戻ると、そこには小さな状態の零が居て、”おかえり”もなければ視線ひとつもよこさない、いつも通りの無愛想さでずっとそこに居たような顔をしていた。

 ただ、後ろ手にドアを閉めたレイがつぶやいた己の名には、反応してきた。

 「なんだ?」

 言いながらこちらを見る彼と、目が合う。

 ついさっきまでの優しい零を思い出して、目が合うだけで照れてしまった。

 赤くなっているかもしれない顔を、隠すように目をそらしそそくさと、無言で零が背もたれがわりにしているベッドの上へ、彼と反対をむいて座る。

 壁とにらめっこだ。

 彼女から視線を動かさない零が、その動きを目で追ってくる。

 恥ずかしくて、彼の顔が見れない。

 でもこうしていれば、のぞきこまれでもしないかぎり、顔を見ることはないだろう。



 「俺がなんなんだ?」

 「ひゃっ!」

 のぞきこまれた。

 真横から彼女の前へ突き出された、子供の零の顔。

 零さん、というよりは”なゆくん”と呼びたくなる小さな顔。

 しかも、なんだかまた幼くなったような。

 やっぱり照れくさいが、それは、誘惑するように微笑んできた白い服の零ほどには、彼女を焦らせなかった。

 「ぁ、う、っと、なんでもないです」

 明らかに何かある態度。

 それはまるで、構って欲しくて思わせぶりにしているようにも見えた。

 ばかばかしくなった零は、それ以上追求するのをやめることにした。

 もしもレイが主でなければ、人の心を読める”悪魔”の零はこんな誤解をせずにすんだ。

 自分のニセモノが出たことに、早い段階で気づくことが出来たのだ。

 だが、主であるレイには心を読むことはおろか、コントロール下に置こうとするような力は一切きかなかったため、それが彼女に近づくことを、零は止めることが出来なかった。

(続)

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