使い魔16 白い影
ほんとだよ、見たんだって
ええー?絶対見間違いでしょ。だって夜でしょ?
バッカだな、夜だからじゃんかよ!
ほんとにー?
ほんとだって、ありゃ絶対
幽霊。
「・・・らしーよ、レイさん。」
レイが下げてきた使用済みの食器を洗いながら、少し内向的な感じのするその青年は、近所で目撃された幽霊のウワサ話をした。
ここは、レイのバイト先、ケーキ店”Rencontre”(ランコントル)の厨房。
「翔くーん、あたしそういうのダメだしー!そこ通るしーぃ!」
ウェイトレス姿のレイは、眉尻を下げて哀れそうな顔を作ると、青年に非難がましく訴える。
御手洗 翔という、その青年は小さな頃からレイとよく遊んでいた、1つ下の幼馴染で、今も同じバイト先に追いかけるようにして入ってくるほど、彼女を慕っていた。
ただそれは、異性として意識するような性質のものではなく、仲のよい姉と弟のような関係だった。
だから、レイが怖いのが苦手なことも当然知っているはずで、今のレイが問題の場所を通って帰ることも知っている。
なのにどうしてそんな話をするのか、と、レイは責めているのだ。
「はは、ごめんレイさん、でもウワサなんていい加減なもんでしょ?特に、こういう話は、さ。」
怒って下唇をつきだし、こちらをにらんでいるレイを、翔は一応なだめる。
手元を見るためにうつむいていた、普通よりわりと整った顔がレイを見て笑った。
「翔くん霊感あるんでしょ?成仏させてきてよ!」
「レイさんそれ秘密・・・!」
「あっ・・・と、ゴメン」
翔には霊感がある、とは大学に入るまで常につきまとってきたウワサで、それは事実だった。
きもだめしといえば引っ張り出され、心霊写真の鑑定をさせられたり、除霊の真似事をさせられたりとロクなことがないため、高校卒業と同時に、彼はそれを回りに隠すようになった。
霊感を持っているといってもそんな大層な力があるわけではなく、ちょっと見える、という程度でしかないのだ。
遊びで引っ張りまわされているうちに、本物と出会って危ない目に会ったこともあり、彼はもうそんなのはこりごりだ、と素人霊能者(周りが勝手にそう仕立てていただけだ)を廃業したのである。
「それに、除霊とか無理って言ったでしょ?」
周りに聞かれないよう、声をひそめる。
「じゃなおさらそんな話やめてよー・・・」
怒った顔から、また情けない顔に戻るとレイは文句をたれた。
「だって、聞いちゃったからさ。でも見ちゃっても無視!これ基本って教えたでしょ?」
まだほんの小さい頃から、ちょっと怖い話を聞くたびにおおげさな反応をするレイに、その道に比較的詳しい、というか、実際霊体験をすることの多かった翔が教えたのが、無視することだった。
怖がったり声をあげたり、こちらが反応すれば相手も気づいて寄ってきてしまう。
無差別に片っ端からとり殺すような悪質かつ強力な、怨霊とでもいうようなものでない限り、気づかないふりをして平静を装うことでスルーできてしまうことが多いのだ。
それは、いつか零の影に出会った彼女に、零が言ったことと同じだったが、レイの怖がりはそんな対処法など意味をなさないくらい重症で、(零のために)何本ホラービデオを見させられても治らなかった(というより進行してしまった)。
ついでに、忘れっぽい彼女は、いくら教えてもすぐにそれを忘れてしまい、やはり怖い話を聞くたびに翔に助けを求めた。
ただ最近は、(零のおかげで)翔の出番もなくなってしまい、少し寂しく思っていた。
そんな時、幽霊の話が耳に入ったものだから、つい昔のようにレイが自分を頼ってくれるかと、懐かしさ半分で口をすべらせてしまったのだった。
「翔くんだけは優しいコだって信じてたのに・・・意地悪」
「だけ、って誰と比べてるの?」
あくまで悪気のなかった翔は、無邪気に笑ってレイの顔をのぞきこんだ。
今日の翔といい、零といい、それから兄の御雷。
自分の周りにはなぜ意地悪な男が集まるのか、とレイは少しだけ自分がツイていないように思えた。
翔と御雷の場合は、愛情の裏返しなのだが、基本的に物事を深く追求することが得意でないレイに、それは伝わっていない。
洗い物をする水音がやんだ。
「じゃ、今日オレもう上がりだから、・・・あんまり気にしないほうがいいよ?じゃあねレイさん。」
「誰のせいぃーっ?!こらー翔っ!」
なんかあったらケイタイかけてよ、と自分自身その話を信じていない翔は、笑いながらロッカーのほうへ去っていった。
(続)