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使い魔日記  作者: narrow
41/68

続き 5

 「いや、僕のとこには来てない。・・・家出ねえ?」

 バイト先”Rencontreランコントル”にやって来たスズキに、零のことを話すと、少し笑ってそう言った。

 「でも、君が飼ってるそれは、どう考えても普通じゃない。いまは何ともなくても先はわからない。零くんの言い分だって正しいんだよ。・・・それにしても、家出って・・・あはは、本物の子供じゃないんだから、あはははは・・・」

 本当に楽しそうな、やわらかい笑い声。

 「スズキさんには笑い事でも、あたしは悩んでるんですよ?帰ってきてくれなくちゃ話もできないんですから。」

 元気なく話すレイを見て、スズキは笑うのをやめる。

 「ふふ、ごめんごめん、そうだよね。わかった、探してみるよ。」

 青のような緑のような、不思議な色の瞳が、誠実にまっすぐレイの目を見ていた。

 「はい、迷惑かけちゃいますけど、スズキさんしか頼れないし・・・。」

 すまなそうにするレイに、迷惑じゃないよ、とスズキは微笑んだ。

 

 が、迷惑をかける前に零は帰ってきた。

 

 レイが帰宅して間もなく、一息つきながらぼんやり夕方のニュースを見ていたときだった。

 ”・・・このように、人間のエゴで繁殖させられ、捨てられる動物たちはたった今も死に続けているのです。”

 いつの間にかニュースの話題は悪徳ペット業者のことを伝えていた。

 捨てられて劣悪な環境にさらされている動物や、画像処理された、多分死体と思われる映像が流れる。

 「うわぁ、やだなあこーゆーの。チャンネルかえようね、チャーリー・・・あれぇ?チャーリー、テレビ見てるの?意味、わかるのかな?」

 チャーリーは、いつもだいたいレイのすることを見守っていて、スキあらばすり寄ってくるのだが、いまはじっとテレビ画面を見て、微動だにしない。

 意味がわかってるなら、きっとイヤな気分だよね。

 レイがリモコンに手を伸ばそうとしたその時、チャーリーの緑の瞳が、光をともした気がした。

 「チャーリー?」

 呼ぶと、レイのほうを向き、そして。

 目の前が真っ暗になった。

 「え・・・!」

 いつかのように、チャーリーが目の前で零にキバをつきたてていた。

 襲い掛かってきた魔物に、受け止めるように前に差し出した腕を噛ませながらも、彼の翼はレイの前に壁を作り出し、完璧に彼女を守っていた。

 いなくなっていたはずの、彼。

 「零さん!」

 いつ帰ってきたのか、だとか、いままでどこにいたのか、だとか。

 目の前の事態はそんな質問をさせてはくれなかった。

 「お前は、本当にどうしようもないバカ女だ。」

 つぶやいて、零は押し返す動作で、噛み付いてくる魔物を振り払った。

 彼はずっと、この部屋にいたのだ。

 人のかたちをほどき、空気のような形態をとって。

 「もうこれは、チャーリーじゃない。」

 零に払われた勢いで一瞬のけぞるように首をそらせた魔物は、再びその大きさに似合わない素早さで噛み付いてこようとする。

 「何言ってんの?!零さん!やめて!チャーリー!!」

 零の腕にすがって懇願するレイ。

 零は振り向こうともせず、もはや魔物も彼女の声に耳を貸さなかった。

 「シャァアーッ!」

 零は、動かなかった。

 壁を作っていた翼の一方が、しなるように動いて魔物の頭部を張り倒す。

 「ギャオンッ!」

 少し後ろへ首をのけぞらせるが、壁にぶつかるまでには至らない。

 「チャーリー、チャーリー!」

 レイの叫びは悲痛だった。

 どんなに叫んでも、事態は変わらない。

 先ほどの攻撃の反動を利用し、繰り出される爪。

 「シャァッ!」

 返す翼の一撃で、それを払う零。

 「可愛がっていたならわかるだろう、あの表情を見ろ。」

 わかっていた。

 襲われたのだから。

 瞳が光ったあの瞬間から、理由はわからない、けれどチャーリーはチャーリーでなくなった。

 ただ、認めたくないだけだった。

 認めてしまえば、零はチャーリーを殺してしまう。

 あの可愛かったチャーリーを。

 「でも・・・!」

 零の背にしがみつき、レイはきつく目をつぶる。

 その間にも、魔物は零を襲い続け、零はそれを事もなげにはねつける。

 「レイ、こいつは、こいつらはとっくに死んでいる。」

 意味のわからない言葉に驚き、零の顔を見ると、肩越しに少しだけこちらを向いた彼の目が見えた。

 それは、ほとんど見せなくなっていたはずの、あの悲しげな目つきだった。

 可愛がっていたチャーリーを殺す決断を迫られている、レイ自身よりも、よほど深い悲しみにさいなまれているような、その瞳は、けれどきっと、彼を知らない者には、気づかないくらいの微妙な、あるかなしかの影をにじませているようにしか見えないのだろう。

 ほとんど無表情なままに見える、なのになぜか深い悲しみを思い起こさせる瞳。

 「人間に殺された動物、捨てられて死んだもの、死んだことさえ気づいていない魂、力を得て一塊になったそいつらが、元の形をとりもどそうとしたものがこれだ。もう一度生きたくて、な。」

 悲しい瞳のその理由は、その言葉の中にあるように思えた。

 少なくとも、いまは。

 チャーリーの存在の哀れさ、零のあの瞳。

 どちらも救えない、自分。

 こんなに愛しいのに、なんとかしたいと思うのに。

 けれど、今は・・・選択肢などない。

 レイの目から、ばらばらと大きな涙の珠がいくつも、いくつも落ちた。

 「天国に、いける?」

 「そんなものはない、が、見ればわかるだろう?幸せそうか?」

 こちらを攻撃するスキをうかがっている魔物の目には、もはや憎しみしか見つけられない。

 その瞳に、レイはさっきのニュースを思い出す。

 ああ、そうか、もう一度生きて・・・復讐したかったんだ。

 こんなふうに。

 あたしのことも、殺したいんだよね?

 なら・・・。

 殺されてもいいような気がした。

 静かに、目を閉じる。

 利益のために動物たちを増やし、金にならなければ捨てる。

 愉しむために虐待する、命を奪う。

 駆除という名のもとの大量虐殺。

 動物たちが人を憎む理由などはいて捨てるほどあった。

 つぐなえるのなら、それで彼らの気が済むのなら、命を命であがなうのは正しいのではないか?

 零にしがみつく手から、ゆっくりと力が抜けた。

 「じゃ、・・・それなら、あたしは・・・」

 「レイ、お前が死んでも、どっちみち俺はこれを殺すぞ。」

 彼女自身が望む死なら、止めなくともペナルティの心配はなく、チャーリーを殺すのに十分な力が、零にはある。

 零の瞳には、いつのまにかもう何の感情も灯っていない。

 「でも零さん、悪いのはあたしたちなんだよ?人間なんだよ?」

 「そんな事情なぞ俺の知ったことか。お前がいなくなれば俺を縛るものはない、好きにするさ。」

 フフン、とバカにしたように鼻で笑う。

 「・・・レイ、誰かを憎み続けるのは、どんな気分だ?」

 急に、うつろな響きに変わる彼の声。

 なんとなく彼らしくないその言葉は、レイにむけられているハズなのに、そうは聞こえない。

 まるで、他のだれか、本当に問いたい相手が別にいるかのように。

 彼女は少し考えて、答える。 

 「ヤです、決まってます!」

 「俺ならそれを終わらせられる。」

 言った零の顔は、魔物のほうだけを見ていて、表情はうかがうことが出来なかった。



 

 終わったあとに残ったものは、ぼろぼろの小さな子犬の死体と、ベッドに顔を押し付けて泣き伏しているレイ、そしてなんの表情もうかべていない零。

 おそらく”チャーリー”の核となっていたであろう、その子犬の体についている傷は、零がつけたものではなく、魔物になる以前、人間に虐待されたもの。

 子犬の死因も、それだった。

 が、レイにとってはあのチャーリーがいなくなったことだけが、今の現実。

 けれど、殺した零は、自分を守ってくれただけ。

 誰も責められず、彼女は”人間”である自分を責めていた。

 「人に、飼われていたことがある動物も混じってた。」

 ベッドに腰掛けながら、どこか遠くを見る目つきの零がポツリと言った。

 遠く、たとえば、壁の向こうの、高い高い空のその果て。

 「愛された記憶ってやつだ。」

 それは静かな、普通の話し声よりも少し小さいくらいの声。

 それでも零の声は、泣き止むことができずにいるレイの耳に届いていた。

 「お前が、あんまり可愛がるから、飼われて、幸せな時間を思い出して。・・・たぶん・・・あのニュースを見るまで忘れていたんだ、・・・人間が、憎いってコトを。」

 幸せな時間、

 それをもらったのは、あたしだ。

 チャーリーは、少しだけでも幸せだったんだろうか。

 もっと、もっともっと可愛がってあげたかったのに、あのコに、もっと幸せな時間をあげたかった、もっと一緒に居たかった。

 そう思うと余計に涙があふれた。


 顔をあげようともしないレイは、いつのまにか零が自分にそそいでいる、いつもと違う視線に気づかない。

 死後も幸せに暮らせる場所が天国なら、ここがチャーリーの天国だったんじゃないか?

 零はそんなふうに考え、けれど、口にしたのは。

 「うるさい、・・・泣くな。」

 そっけない言葉とは裏腹に、顔をふせて泣くレイの頭に乗せられた零の手と、その声の響きは、いつもより少しだけ優しかった。

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