続き 4
「で、どうするんだこんなにデカくして。狭くて仕方ないだろう。」
髪をいじったり化粧をしたり、身支度を整えているレイを、零がなかばお説教のように問い詰める。
「だってこんなに大きくなるなんて思わなかったんですもん」
不服そうな答え。
「シャアアッ!」
チャーリーが、主人をいじめていると思ったのか、零を威嚇する。
「あっダメだよチャーリー!その人怖いんだからね!」
レイに嫌味のつもりはないが、零は自分一人が悪者にされている居心地の悪さを感じた。
「チッ、誰が人だ!だいたい、そうやって必要以上に甘やかすからどんどんデカくなるんだ!魔物だっていっただろう?コイツは感情を食う!かまうな!可愛がるな!とにかく、これ以上デカくなったら生活できん。殺すか追い出すか考えろ。」
「どっちもダメ!」
「シャァッ!」
レイとチャーリーが同時に零に反論し、その勢いに負けたわけでもないだろうが、零は口をつぐむ。
居心地の悪さが増した。
スネてしまったのか、そのまま彼は、レイの”いってきます”にも一瞬視線をよこしただけで、反応らしい反応もしないままだった。
「ただいまぁ、・・・れ?」
レイが玄関のドアを開けると、なかは真っ暗だった。
零は居ないようだったが、今朝のやりとりを考えると、今日は帰ってこないつもりかもしれない。
チャーリーのこと、追い出したり殺したりはしないにしても、何とかして、もう少し零さんに意見を合わせるべきだったかな。
と、今更悔やんでも、がらんとした部屋は変わらない。
あかりをつけるが、彼がいない寂しさのせいか、室内はどこか暗い。
帰ってこない間、どこでどうしているかも心配ならば、いつまで帰ってこないのかも気になる。
けれど、ケイタイなど持っているはずもない彼に、連絡する手段はなく、薄暗く感じる部屋で、ただ次の日を待つしかなかった。
もしかしたら、明日になれば何食わぬ顔で部屋にもどっているかもしれない、とわずかな期待もしながら。
二日たち、三日たっても彼は帰らなかった。
が、部屋は毎日掃除され、せんたく物も気づくと片付いており、夕飯も毎日用意されていたので、家事だけをしに帰ってきているのは明白だった。
なら、置手紙をしてはどうだろう、とレイは思った。
でも、零さんて日本語読めるんだろうか、書こうとして、ふと疑問に思う。
不思議な目の色といい、人間ですらないことといい、日本語の読み書きとは縁がなさそうだ。
とはいえ、英文が書けるわけでもないレイとしては、日本語で書く以外の選択肢を持たない。
それに、英語が通じる保証もない。
とりあえず、簡単なひらがなで書くことにした。
「『れいさん ごめんね かえってきてください』、・・・と。よし、これ読んでくれるかな?読んでくれるよね。ね、チャーリー?」
後ろから、のぞき込むようにしてそれを見ていたチャーリーをなでてやると、レイはペンを置いた。
期待しつつ帰宅してみると、やはり零はいなかった。
そんな気はしていた。
そんなに簡単な人じゃないよね、と、うなだれる。
「フシュウゥ・・・」
奥で、おなかをすかせたらしいチャーリーが遠慮がちに鳴いた。
「あ・・・、ごめんねっ今日はカンヅメ買って来たよ!」
あわててチャーリーにそう話しかけながら、靴を脱ぎ部屋へ。
犬用”グルメえさ缶ゴールド”を2缶あけてやり、効果のなかった手紙を何気なく手に取る。
と、何か書き足してあるのに気づいた。
大きくも小さくもなく、しいて言えば少し縦長のその字はこう書いてあった。
『読みにくい 漢字のひとつも使え バカ』
日本語どころか、カタカナも漢字も書けるようだった。
あたしより字ぃキレイだ・・・。
軽く感動しつつ、思い出す。
そういえば、よく本読んでたっけ。
レイは、零の歳を知らないが、年齢などという概念がばかばかしくなるくらい彼は生きていて、この街に彼が住み着いたのも、レイが生まれるずっと前だ。
読み書きなどは、その長い年月の中で自然に身についた。
漢字なども、たぶんレイより彼のほうが知っていた。
とにかくコミニュケーションはとれた、が、うまくいったとは言えない。
少しホッとしつつ、切なくなる。
チャーリーがいてくれるこの部屋は、一人でいるほど淋しくはないが、それでも零に会いたい気持ちはかわらない。
結局、好きなのだ。
たぶん何とも思われていなくとも、性格が悪くとも(悪魔なのだから当たり前なのだろうが)、動物が嫌いであろうとも、少しづつ、ほんのすこしづつだが彼のことがわかるようになってきて、前よりもその関係は近づいてきている気がしていた。
だから、わかるようになって、彼を近くに思うほど、想いは強くなった。
もしもチャーリーが普通の犬かなにかならば、どこか飼ってくれる家をさがしてやり、零と和解もできたかもしれない。
だが、正体がよくわからない上にこの図体だ。
それでも、零が帰ってこないからといって、レイはチャーリーをあきらめる気にはなれなかった。
どこかで、タメイキが聞こえた気がした。
(続)