続き 2
ぴぴぴぴぴ・・・・
目覚ましの音が響く、明るい部屋。
「ん・・・んー・・・」
うなりながら、レイは無意識に目覚ましを止める。
体に触れる、やわらかく、あたたかい、布団よりももっと優しい感触。
ふわふわとした、髪?の手触り。
あれ、零さんがこんなにくっついてくるなんて・・・幸せ。
目は閉じたまま、そっとそれをなでてみる。
ふわふわ、さらさら。
けれど、なにかが、おかしい。
そう、彼女は寝ぼけていた。
昨日は一緒に寝てない・・・じゃ、この感触は。
あ・・・、そうだ、あのコ。
ん?あれ?待って・・・
「おっきいよ?!」
上半身をはね起こし、布団をめくるとそこには中型犬くらいの大きさの生き物がいた。
昨日までそこにいたはずの小さな生き物と、同じ長い茶色の毛並み。
昨日それを、魔物だ、と零は言っていた。
通常の生物にはありえない状態の変化に、零の言葉をかみしめつつ彼女が呆然としていると、ソレは目をあけ、綺麗な緑色の瞳でこちらをみつめる。
前足で、座っている彼女のヒザをひきよせようとするような動きをし、彼女が動けずにいると、そこへアゴをのせた。
甘えるように上目づかいで彼女を見る。
まだ体の特徴もハッキリしていなかった昨日と違い、その生き物は目の色をのぞけば、ちょっとお金のある家で飼っていそうな血統書つきの犬に見えた。
しかも、顔つきは利口そうで、長い柔らかなその毛並み、ほどよい大きさといい、レイの飼いたかった理想の飼い犬像そのものだった。
どう考えても甘えてきているとしか思えない、その可愛いケモノの頭をそっとなでてみると、ソレは気持ちよさそうに目を細めた。
零さんより、かわいい。
にやけながら、レイはいつまでもさわさわとケモノをなでる。
ケモノは、ふさふさの長い尻尾をふって応えた。
「よしよし、ちょっとは元気になったのかな?」
害はなさそうだ、と思うと案外あっさりとレイはこの状況を受け入れてしまった。
そんなレイの言葉に、ケモノが元気にお返事をした。
「キシャアーッ!」
ばっくりと大きく開いた口には、見た目からは想像できないような凶悪な牙が生えそろっており、鳴き声も、犬からは程遠かった。
「ひゃ・・・」
レイは、ソレが見せた魔物らしさに多少怯えたものの、すぐヒザに顔をこすりつけて甘えてこられては、動物大好き人間として、もう警戒などする余地がなかった。
「うーもぅかわいー!」
満面の笑みで勢い良く彼女が抱きつくと、ケモノも彼女にカラダをこすりつけてくるようにして、それに応えた。
いきなり大きくなったのと、あのキバには驚かされたが、こんなに人懐こいならなにも危険はなさそうである。
零さん心配しすぎ、とレイは思った。
ちょうどキッチンから紅茶を運んできた零に目をやると、特に何の表情も、そして朝の挨拶もなかったが、視線だけがわずかに動いて、チラリとケモノを見ていたような。
「あー、零さんおはょう」
出会ったときに、レイは零をだいぶ年上だと思ったので、敬語で話していた。
が、一緒に暮らすようになってから、しばらくして起こった事件により、彼の見た目はどうみても彼女より下にしか見えなくなってしまった。
そうなってみると、彼自身が自分の姿に影響されてしまっているのか、レイの見方がかわったせいなのか、今まで気付かなかったクソガキぶりが目につくようになり、昨日のようにレイが零を叱ったりする場面が増えていった。
そういうときには自然と敬語も抜きになり、普段の生活でもごくゆっくりとだが、彼女の零に対する扱いは対等に近づいてきていた。
そもそも使い魔の零は、その態度に異存もなかったから、あまり調子に乗るようなら思い知らせてやる、程度にしか思っていない。
とはいえ、主に対して礼儀正しく挨拶を返すでもなく、黙ったままテーブルに紅茶を置くと、零は座ってテレビを見はじめる。
「支度しなくていいのか?間に合わなくなるぞ。」
いきなりそう言われ、レイは何の事かわからなかった、が、思い当たるとすれば。
「仕事、ですか?」
零は何も言わないが、どうやらそうらしい。
見当違いな事を言えば、こちらをむくか、何か言うか、とにかくわずかなりとも反応があるはずだ。
「えっと、今日は、このコを獣医さんに」
「…」
少しだけ振り返り、ギリギリ視界の端にレイをとらえる角度で、零が黙ったままこちらを見ていた。
その無言の抗議は、はっきりと言葉になってきこえてきそうなほど明確にこう言っていた。
俺の言ったことがまだ信じられないか、と。
信じられるかどうかは別として、まだ起きたてのレイは、反射的に昨日の時点で考えていた予定をそのまま答えていた。
要するにまだ寝呆けていたわけだが、突き刺さる視線でやや目がさめてみると、その、全体的には犬っぽいケモノが尾をふり、愛想をふりまく様子はとても元気そうで、医者が必要そうには見えなかった。
だいたい、1日で大人になってしまうような非常識な生き物を、普通の獣医さんにどう説明したものかもわからない。
とりあえず、仕事に出かけても良さそうだ、そこまで考えてからレイは素直に、零の意見に従うことにした。
「…そうですね」
答えてケモノにはミルクをあたえてやると、自分はいつもどおり、仕事にでかける支度をはじめた。
「じゃ、仲良くしてくださいね、とはいいませんけど、ぜ・・・ったいこのコに変なコトしないでくださいね。」
零に言って聞かせてから、仕事にむかおうとするレイをケモノは玄関まで見送った。
いちいちうるさいことを言われるのが気に入らず、出かける主人のほうを見ようともしない零とは対照的だ。
彼女が出て行ったあとも、ケモノはドアの前から動かず、やがてその場で丸くなって寝てしまった。
(続)