続き
こんなときばかり鋭い・・・。
零は、やりにくさを感じた。
確かに零はレイをだましている。
零がこの魔物を早く殺したい本当の理由は、この魔物もまた、大部分が失われた彼の力でできていたからだった。
食いたいから殺す、と言ってレイを説得できるはずもないのはわかっていたから、言わなかったのだ。
誰かと長く過ごした経験のない零は、行動を予測されたり普段とちがう自分を指摘されたこともない。
したがってウソを見破られることも、こんな小さなことでつまづくこともなかった。
唯一例外があるとすればスズキを相手にしている時だが、レイを相手に追い込まれるなどとは予想外だった。
「零さん、今”ちっ”って言ったでしょ。」
「・・・だったら?」
全部バレているようで、彼は開き直る。
「んー、どうもしないですけど、とにかくこの子は助けます、いいですね?」
「・・・じゃ勝手に死ね。」
無表情なままで軽く飛び出した、その厳しすぎる言葉は、ケンカのようになってしまったこの場で、レイを傷つけることはなく、ただ再び彼女をヒートアップさせた。
「ヤですっ、っていうか零さん守ってくれるっていったもん!」
勢いよく反論がぶつかってくる。
う、と言葉には出さなかったが零は思った。
確かに以前、そう約束してしまっている。
今の自分なら、大抵のものからは彼女を守ることもでき、その約束めいた言葉を実行する条件を満たしてしまっていた。
「・・・世話は、しないぞ。」
彼の負けだったが、気に入らなくて言い返す。
「大丈夫です!あたしが面倒みますから。」
素直に、とはとてもいえない態度で、零が負けを認めたところで、彼女はまたごそごそと電話番号帳を探し始めた。
「お前、俺の言ったこと聞いてなかったのか?獣医に見せても何にもならないぞ。」
あきれたように零が言うと、レイはすねた顔で答える。
「聞いてましたよー!信じてないだけですーう。」
半信半疑の彼女は、やはりぐったりとしているあのケモノを獣医に見せるつもりらしかった。
だけですーう、の”う”がムカつく、と思いながら零は、口論の間に特集が終わってしまったテレビのチャンネルを替えた。
「ちょっとー、零さん『タウンぶっく』〜!」
「服がしまってある場所探して有るわけがないだろう!こっちの棚の、2段目だ!」
自分を言い負かしておいて、頭の悪そうなスネ方をしているかと思えば、さらに頭の悪い質問をしてくるレイに、少なからずイラつきながら零が答えた。
犬だか猫だかわからない、零いわく”魔物”を優しくなでてやりながらレイが電話をかけ始めた。
しばらく受話器を耳にあてていたが、話もせずに切ってしまう。
零は興味もないから、ずっと前にレイが買って、読めずに放り出した小説なんかを読んでいる。
特に読書が好きなわけでもないが、悪魔としての本業をこなすことにはまだ少々不安もあるし、家に居ることが多い彼は退屈なのだ。
「獣医さん閉まってるー!」
静かな時間をすごそうとする零を、レイのわめきがジャマする。
確認せずに電話をかけるくらいには、彼女はあせっていたし、ふだんからあまり注意力というものがない。
よって、彼女が嘆いたり悔いたりする様子を零は見慣れており、すぐそばでさわいでいようが視線一つくれることはなかった。
ただ、迷惑だとは感じていたが、それは彼女には伝わらない。
「あ、目ぇあけた。」
少しうれしそうなレイの声がする。
彼女のうるささに、ケモノが目をさましたらしかった。
キッチンと部屋をちょろちょろしていたと思うと、レイは目を覚ましたソレにミルクをあたためてやったようで、指先ですくって口元に近づけてやっている。
「明日になったら獣医さんいこーねー。」
優しくそう語りかけるレイに、本を読んでいる零が独り言をよそおい、ボソリと憎まれ口を言う。
「明日になる前に襲われるかもなー・・・。」
聴いた瞬間、キッとレイが零をにらんだ。
「そうなったら零さんがなんとかするんです!」
厳しいその言葉を受けても、最初から何もいわなかったように、聞こえなかったように零の様子に変化はない。
やっと聞こえる程度の小さな舌打ち以外には。
「チじゃない!」
チロチロと小さなピンク色の舌で、ミルクをなめるケモノをなでながら、お母さんのようにレイが零を叱った。
「零さん、そこで寝るんですか?」
レイが小さな茶色いケモノをベッドに持ち込むと、零はクッションに頭をあずけて床に寝転がった。
「俺に、殺し損ねた獲物をはさんで川の字で寝ろとでも?」
寝転がったままレイのほうを見ようともせず、まるで独り言のように零が言う。
「そういう、言い方はぁ・・・」
ない、と思うけど、零にってはそういうことなのかもしれない。
レイはそう考えると、黙って電気を消した。
「明日はお休みして、病院つれてってあげるからね。・・・あつぅっ!」
真っ暗な部屋の中、注意力のないレイは何か蹴飛ばして悲鳴をあげる。
きっとその悲鳴の意味すらわからないであろう、腕の中の小さな生き物は、彼女にぴったりとくっついて、なついているように思えた。
暗くなった部屋の中、使い魔のタメイキが聞こえる。
「零さん、タメイキつくと幸せ逃げちゃうんですよー。」
「黙れ。寝ろ。」
自分を全く信じず油断しているレイの態度も、ワケのわからない迷信も零はウンザリだった。
(続)