続き
思ったことをそのまま口走ったのも、レイが怒ったのに驚いたのも、おかしな事に気づいたからだった。
俺は、なぜ今コイツを救ったんだろう。
零は考え続けていた。
助けてくれ、とは言われていない。
今すぐ死にそうだったわけでもない。
ただ、あのままでは交差点に居たものに飲み込まれてしまうかもしれなかった。
結果として死ぬこともありえた、が、それは可能性の問題であり、零の責任とは言い切れない。
おまけに、あの化け物がいる道を通るな、などと忠告までした。
放っておけば、契約違反で痛い目を見ることもなくこの主と別れられたのではないか?
俺が、俺の意思でコイツを守った・・・?
俺は、どうしたんだ。
コイツといると、自分で自分の行動がわからなくなる。
どうして俺は、かかわってしまったのだろう。
出会った最初の夜、そう、幽霊とまちがわれたあのときに、幽霊そのものの様にコイツの前から消えてしまえば。
零は、求められもしないのに彼女を助けた自分に戸惑いつつ、いまさら出会いまで振り返って後悔していた。
考えても仕方ないそんな事をつい考えてしまうほど、彼は自分らしくない行動に動揺していた。
「零さん?もういいですよ、あたし怒ってないです。」
声をかけながら、勘違いしたレイが四つんばいの姿勢で近寄ってくると、至近距離で零の顔をのぞき込み、笑った。
彼のイラだちをほどいてしまうその笑顔が、なおさら彼に自分自身をわからなくさせた。
これが、これさえいなければこんなことで悩むこともないのに。
一瞬おちついたものの、今度は彼女の笑顔がもたらす不思議な感覚がシャクにさわり、零は無表情でそのままレイに頭突きをかました。
ゴッ。
「っったあ!!」
カン高い声でレイが悲鳴をあげた。
これ以上コイツと話すより、行ってアレを片付けるほうがよっぽどマシだ。
涙目で後ろへしりもちをついている彼女を放って、零は外に面した壁へ向かって走り出す。
「零さん?!」
レイの声とほぼ同時に、零は壁を通りぬけて外へ飛び出していった。
レイを助けるかどうかは別にしても、うまくいけば、かなりの力を食うことができる、そんな考えもあってのことだ。
壁にぶつかる瞬間、体を霧状に拡散させた零は、地上の、あまり人目につかないあたりで元の姿に戻った。
そのまま、例の交差点まで人間のふりで歩いていく。
日がくれて、町はもうすぐ夜になろうとしていた。
交差点の化け物がまきちらす瘴気は、さらに範囲を広げ、夜が近づくにつれ、化け物が化け物らしく勢いを増していることを感じさせる。
リスクは大きくなるが、これからすることを考えると、人目につくことは避けたい。
零は真夜中まで待つことにした。
「で?なんでウチにくるんだよ。」
スズキがあきらかに迷惑そうな顔で言う。
スズキのバイト先、中古のゲームや書籍を扱う店に零はやってきていた。
「ヒマなんだ。」
「なら家で時間つぶせばいいだろ。」
ムッとして上目遣いにスズキをにらむ零。
そんな彼をみているうち、不機嫌そうだったスズキの顔が、困ったような笑いに変わった。
「・・・もう!そんな顔したって怖くないよ、今の零くん可愛いんだから。」
ムッとした、ような表情は計算の上のもの。
小さな零に下からすねたようににらまれても、可愛らしさこそあれ、腹がたつことはなかった。
ましてスズキは、可愛らしいものには弱いほうで、子供も弱点だ。
小さくなった零の”媚び”はレイだけでなくスズキにも絶大な威力を発揮した。
「ジュースいる?あ、マンガはあっちの棚。わかる?」
優しい微笑をうかべながらちやほやと世話を焼こうとするスズキに、零がニンマリと子供らしくもない笑顔を見せる。
その顔を見て、ハッとスズキは我にかえった。
「・・・何言わせるんだキミは!」
からかわれた、とやっと気づいたのだ。
「お前が勝手に言ったんだろうが。ジュースじゃなくてコーヒー、わかってるな?」
小憎らしいセリフとは裏腹に、零はダメ押しのようにことさら可愛らしく笑って見せた。
「もー・・・」
結局、いいなりになって自販機へ向かうスズキだった。
(続)