使い魔12 小さな恋人
「ねえ、ねーーーえーーーー!そーこのーひとー!」
零が買い物に行こうと歩いていると、横の方から声をかけられた。
最初、彼はそのやかましい声が自分に向けられたものとは思っていなかったが、しつこく繰り返される呼びかけに、それがどこから来るものかと視線をめぐらせたところ、声の主と目があった。
見た目だけなら、なゆた 、つまり今の零と同じくらいの小さな女の子が公園の中から呼んでいるのだった。
「いっしょにあそぼー!」
自分を呼んでいるのはわかる、が子供と遊ぶつもりはない。
どうせあの子供は、なゆた の見た目に引き寄せられているだけだ。
目があったにもかかわらず、聞こえなかったように零は再び歩き出す。
無視されてしまったことに気付くと、女の子は公園から出て零を追ってくる。
「ねーなんで無視すんのー?なにしてんの?お菓子あげるから一緒にあそぼ?」
女の子は、零の手にチョコレートのお菓子を渡そうとする。
「あそばない。いらない。」
冷たい態度に、女の子は悲しそうな顔をする。
「なんでー?・・・じゃあいーよ、ばーか!」
女の子は走って行ってしまった。
零の手には、けれど押し付けられたお菓子が残っていた。
テーブルの上に放り出しておいたところ、例のお菓子はレイが食べてしまっていた。
「あ、ごめんなさい、つい・・・かわり、買っておきますね」
「別にいい。もらったんだ。」
どうせ食べるなら、子供が持っていたそんな駄菓子より、零はケーキや、もっと高いお菓子などのほうが良かった。
「え、誰ですか?てゆうかもしかして知らない人にお菓子もらったんですか?ダメですよ!」
「人のものを勝手に食うのはどうなんだ」
呆れたような零の視線。
「・・・」
レイは下を向き、黙る。
「・・・」
なおも零はレイをみつめる。
「・・・ごめんなさい」
フン、とばかにしたように零が鼻で笑った。
それからも女の子はちょくちょく零につきまとった。
出会うたび手に握らされる安い駄菓子は部屋にたまっていったかというと、そうでもなく、数日ほったらかしておくといつのまにかレイが食べてしまっていた。
きゃあなつかしい、ちょっと貰ってもいいですかあ、などといいながら喜んでそれらを平らげるレイ。
頬杖をついて、つまらなそうにそれを目の端で追う零。
「そういうの、好きなのか」
「えへへ・・・」
笑うレイを見て、ふうん、と零は思う。
好きなら、もっと取ってもいいかな。
あっちが勝手にくれるんだ。
タイクツしのぎにはなるだろう、と彼は小さく笑った。
「もっとなんかないの?」
その日、十何日目かにしてやっと女の子は零と会話することができた。
「あるよ!ユゥちゃんがおごったげる!そしたら遊んでくれる?」
ユゥちゃんというらしい、その女の子はパッとかわいらしい笑顔になる、が、その笑顔が零にはとても不快で目をそらす。
どんなに可愛くとも、美しくとも、レイ以外の人間の笑顔など、彼にとって醜悪でしかない。
彼が好きなのは、人の悲しむ顔や、苦しむ顔だ。
「いいよ、でも俺忙しいからちょっとだけね。」
そう言って笑った零が、どこか意地悪そうなカオをしていることに、女の子は気付かない。
「えー、まだ暗くないよぉ?」
”ユゥちゃん”は、帰るという零をひきとめようとする。
零は、紅い唇でにんまりと笑うと、言った。
「ユゥ、また明日、だ。」
「ぜったい?」
「あぁ、ぜったいだ」
零は背を向けると、別れの言葉もなしに走り去る。
すぐに追いかけても、零の足は速く公園を出ると見失ってしまった。
「零さん、最近お菓子ふえません?」
ポリポリと零、零が持って帰ってきたお菓子を食べながらレイがたずねる。
「好きなんだろ?」
「あたしに買ってきてくれてるんですか?」
レイが目を輝かせる。
安い駄菓子を買ってくれる、というのはなんだかプレゼントとしては奇妙ではあるが、零がしてくれることならレイにはそれでも嬉しい。
「いや。貰った。」
「えー?だからあ!知らない人からモノもらっちゃダメですう!」
よろこんでそれらを食べておきながら、不服そうに文句を言うレイ。
「知らない人じゃない、トモダチだ。」
無表情に零が口にした、トモダチという言葉は、レイを驚かせた。
「え、お友達できたんですか?」
ちょっと信じられない、とでもいいたげに聞き返すレイに零は、ふふ、と含みのある笑いを見せた。
トモダチ、とは聞いていた。
けど、それが女の子だなんて、しかも予定のない休みで、せっかく一日じゅう零と一緒にいられる日に部屋に呼ぶなんて。
「こんなのきいてなあーいっ!」
レイはわめく。
玄関に立つ零の隣には、小さな女の子。
「はじめまして、たなかゆうなです、6さいです。」
ぺこんとアタマを下げたのは、自分をユゥちゃんと呼んでいた少女。
けれど、見た目には零とつりあっていて、二人は小さな恋人同士のようだ。
「俺の部屋が見たい、ってユゥがさわぐから連れてきた。おまえまで騒いで俺を困らせる気かよ。」
困る、といいながら、小さな女の子相手に嫉妬するレイをみて、零は明らかに楽しんでいた。
彼の思惑通り、この程度のことは普段の小さなイタズラと同じく主従契約には違反しないようで、なんの障害もなく、零はレイの嫉妬を味わうことができた。
悪魔である零にとって、嫉妬は愛情の百倍も美味だ。
「いつもお菓子くれるのユゥなんだ、ジュースくらい出してくれるよな?」
「ユゥちゃんぶどうジュースのみたいー!」
「買って・き・て、レイ。」
ゆっくり区切った零の言葉は、お願いというよりは命令。
小気味よさそうに目を細め、メラメラきているレイに確信犯の微笑をくれると、零はユゥちゃんに視線を移す。
「ユゥ、ビデオ見るか?」
「みるー!」
自分にはあまり聞かせてくれない、やさしい猫なで声がくやしくて、サイフをにぎりしめたまま家から出れずにいるレイに、零が目を留める。
にこり、と可愛らしく微笑むと哀れな獲物にトドメを刺した。
「いってらっしゃい、レイ。」
零の言葉に答えもせず、下唇にきゅぅっと力を入れ、アゴにウメボシを作ると、すねたような表情でレイは駆け出していった。
「くっくっくっ・・・」
その光景が愉快で、つい出てしまった押し殺したような笑いは、子供の姿とはいえ悪魔である零によく似合っていた。
(続)