使い魔10 くすぐったい背伸び
レイは、小さくなった零をカワイイと思っていた。
カワイイ、という感覚は、なんとなく弱いものに対する感情というイメージがあり、不愉快だ、と、零は思う。
事実今の零の姿は子供であり、人外の力もそのほとんどを失い、見た目も中身も弱かった。
だがそれも一時的なもの、気にすることはないのだ、と言い聞かせてきたが、やはり長くなるとだんだんそのガマンにも限界というものが近づいてきた。
可愛らしさは、利用できた。
けれどその扱いは今の彼の弱さを思い出させ、早く力を取り戻したい、という焦りを生み出す。
元の自分に戻れば、力だってスズキなどに負けはしない。
この前のように、ぶざまな姿をさらすこともない。
けれど、目下のところ力を取り戻すことも遅々としてなかなか進まず、元に戻れるのがいつなのか見当もつかない。
彼を毎日のようにさいなむ焦りは、苛立ちと絡まりあい、かわるがわるに姿を見せた。
焦燥、苛立ち、そして不安。
彼は、それに少し疲れ始めていた。
「ちっちゃい零くんとの生活はどう?ってゆーか彼もう機嫌なおった?」
零が倒れてしまってから一週間と少し。
少しだけいつもより時間をあけて、スズキがレイの店にやってきた。
あまりにレイがスズキと親しくするので、零はそれに嫉妬しているようなのである。
子供に変わってしまうほど弱っているくせに、一方的にケンカをしかけてきて、挙句、力の使いすぎで倒れてしまった。
どうも、レイの話から推理するに、彼が力を失ったのは主従契約を投げ出そうとしてのことらしい。
レイの想いには応えてやりもしないくせに、嫉妬だけはするなんてワガママもいいところだが、それでもレイの想い人。
応援してやるのが天使の道というものだ。
「あ、うーん、どうでしょう?あの、実はあたしそのことで・・・」
悩んでいる。
はっきり口にはしないが、レイの曇った表情は、ありありとそれを物語っていた。
「何なに?」
人気店であるこの店で、客といつまでも話していられるほど暇な時間帯などなかったが、スズキがレイのトモダチであると知っていて皆気を使ってくれていた。
ためらいながら、彼女が口をひらく。
「零さんが、力を失くしてああなっちゃった、って話したじゃないですか?」
「うん。」
「あたし、毎日零さんが元に戻るように怖い映画見てて・・・あ、なんか、あたしが怖がると零さんの力が戻るんだそうです。よくわかんないんですけど。」
そのしくみについては、似たような生き物であるスズキのほうがよく知っていた。
「協力してるんだ?えらいね。」
「いえ、だって・・・最近おかしいんですあたし。」
心なしか、暗い表情。
うしろめたいものでも、抱えているかのような。
だまってスズキは次の言葉を待つ。
「・・・戻らないでほしいかな、って。」
意外な言葉に、ひくん、とスズキが眉をわずかに持ち上げる。
「え、だってきみ、零くんのことが・・・」
「はい、好き・・・ですよ?でも」
一瞬、言いよどんで。
「今の、小さな零さん、笑ってくれるんです。前より話とかもしてくれて・・・なんていうか、楽しいんです。一緒にいて。あたし、もしかしたら今の零さんのほうが好きなのかもしれないって思ったら、自分の気持ちがわかんなくなっちゃって。けど零さんは戻りたいって思ってて。あたし・・・」
零の望みを知りながら、その逆を望んでしまうことに、彼女は悩んでいるようだった。
少し苦しげなその瞳に、スズキは改めて零の罪を思う。
彼がレイを受け入れていれば、受け入れなくとも、レイの元を逃げ出そうとさえしなかったなら、彼女をこんな風に悩ませることもないのに、と。
心は、他者の意思で動くものではない。
理屈に従うものでもない。
たとえスズキがレイに幸せになってほしくとも、零のほうにその気がなければ話にならないし、レイに従い、そのそばにいるのが零の役割であっても、嫌だと思うのは零にとっては自然なこと。
心をおさえきれなければ、それは行動になって現れる。
ましてや、彼は人の心から生まれた心の怪物なのだ。
ともかく今は、レイの悩みを取り除いてやるのが先決だろう。
「レイちゃん、じゃあさ、前の零くんは、キライになっちゃった?」
「え・・・」
戸惑った表情で、ふるふると小さく首を振る。
「キライとか、絶対、ないです。」
絶対、か。
スズキはちょっと悔しいながらも、そんな彼女をほほえましく思う。
「じゃあ、大丈夫。どっちも零くんだよ。大きな零くんだって、きっといつか笑ってくれる。キミしだいなんじゃない?悩まなくたっていいはずだよ。」
そう言ってやさしくスズキが微笑むと、レイは少し考えるそぶりをした。
「あ・・・そか、・・・はい!そおですよねっ!!」
安心したのか、いつもの明るい笑顔が彼女に戻る。
「それに、小さい零くんが恋人じゃ・・・ちょっと犯罪だよ、レイちゃん。」
スズキは苦笑した。
「うぅ・・・、ですね。あはは!」
(続)