続き
「零さん、何か買うんですか?」
そこは、中古のゲームや書籍を扱う店だった。
「知らなかったのか?スズキのバイト先。」
そう言う零の表情は、やや意外そうだった。
「はい、なんか、あたしの話ばっかりで、スズキさんの話ってそういえば、あんまり。」
へえー、と店の中をのぞきこむレイの後ろで、なんだか零は何かに勝ったような気になっていた。
「なあ、レイ、俺はまだこうなってから、スズキに会ってないんだ。」
少しいい気分になったところで、零は本来の目的をはたすことにした。
「え?そうなんですか。じゃ、会ってもわかんないかもですね。」
想像したのか、レイは少し楽しそうな顔をする。
「ああ、子供のフリしてちょっとからかってやろうと思ってな。呼んでこいよ、俺は、店の裏にいるから。」
「イタズラですかぁ?ふふっ了解しましたあ!でも、あんまりヒドいことしちゃダメですよ?」
零と一緒にスズキを驚かせる、という任務に、レイは楽しげな敬礼で答えると、小走りで店内へ消えた。
なぜ、店の裏まで呼び出さなければならないか。
なぜ零が直接行かないのか、ということに疑問をもつことさえせず。
一方のスズキは、突然のレイの襲撃に驚きを隠せなかった。
「え?!レイちゃ・・・どしたの?何で?なになに?」
「えへへー。・・・ちょっと署まできてもらおうか?」
ふざけて見せたレイにつれられ、元々サボってデモ機で売り物のゲームを楽しんでいたスズキだが、他の店員に外出の許可をとると、店を出た。
店の裏は、店員が時々出入りするほかは、ほとんど人がこない場所だった。
そこに、ぽつんと立っている小さな子供。
「あれ?レイちゃん。そのコは?」
レイは答えず、楽しそうに笑っている。
「さて、だれでしょー?」
なんとなーく、わかる。
黒い髪に黒い服、白い肌と赤い唇。
うっすらとまとう、淀んだような空気のこの感触は、よく知っているもの。
姿を変えることも彼らにはたやすいから、子供になっていてもそれが彼であることとは矛盾しない。
けれど、なぜすぐバレるのに子供なんかに変身しているのか、がスズキにはわからない。
「たぶん・・・わかるけど、なんで?」
「えーーー!わかっちゃうんですかあ?」
なんだかつまらない、という顔でレイは不満そうにむくれた。
と、おかしなことに気付く。
「っていうか、ちっちゃいんですよ?びっくりしないんですか?」
と、むしろレイのほうが驚かされた。
スズキは、レイと目が合うと笑った。
「前に、彼とは長いつきあいだって、言ったでしょ?」
その言葉を待っていたように、零が口を開いた。
「そうだよな、長い長いつきあいだ。もう何年生きた?おまえは。」
そういえば、スズキの歳をレイは知らない。
零が何歳なのかもわからないが、二人とも(零が小さくなる前は)だいたい二十代後半から三十代前半くらいに見えた。
年齢の見当をつけようとしているのか、じろじろとレイに顔を凝視されてスズキは慌てる。
「零くん、そういう言い方やめてよっ。なんかお年寄りみたいじゃない。」
「お年よりなんてレベルじゃないだろ、とっくに。」
スズキを見るレイの表情が、なにか珍しいものでも見ているかのように変化した。
「零くん零くーん!もうそのへんにしといてっ!レイちゃんが変な目で見てるーーー!」
さらに動揺するスズキを、零は冷静に見ている。
「それでいいんだ」
小さく零がつぶやき、スズキはそれを聞き取れなかった。
「え?」
彼が聞き返したと同時に、零が跳んだ。
「レイ、見てろ!」
言われなくともあまりに突然すぎる展開についていけず、ただ見ていることしかできないレイの前で、ひねりを加えながらスズキにむかっていく零の小さな体から、コウモリのような翼がのびた。
カラダの回転にあわせ加速しながら伸びるそれは、スズキを貫こうとしている。
あと少しで届く、その瞬間にスズキの体が光に包まれた。
それもまた、翼。
まばゆい光そのものの翼は、鳥たちの持つような白い羽根でできていた。
背からのびた大きな翼は、スズキの前へ体全体を守るように突き出されている。
零のカラダが光る翼に弾き飛ばされた。
「なんの、つもり?」
まぶしい光の向こうから、スズキが着地する零をにらんだ。
言葉遣いはおとなしいままだが、警戒しているせいかいくぶん声が低くなっている。
あまりに非常識な光景に、レイの口が、ぱかんと開いてバカ丸出しといった表情になっているのに、戦う二人は気づいていない。
なんだろう、これも零さんのイタズラかなあ。
零の考えも、目の前の光景も、レイの理解を超えていた。
とはいえ、理解を超えるような光景は実はもう二度目なのだが、かといってそれは慣れるほどではなく、ショックのあまり、レイは止めることすら思いつくことができない。
翼での攻撃が防御されてしまうと、零はカラダのまわりにいくつもの黒いもやの塊を出現させた。
それらは濃密な悪意そのもので、天使たちに反発し、彼らを傷つけることのできる力。
「・・・べっつにー。”仲良し”のお前のことをもっとレイにわかってもらおうと思って、な?」
仲良し、のところに妙にアクセントをつけてそう言った零の表情が、なんだか少し不機嫌そうなことにスズキは気付く。
ああ、そうか。
彼は、なぜ自分がこんな目にあっているのか、それですっかりわかってしまった。
さて、おそらく自分の気持ちに気付いていない零に、どうやって話そうか。
考えていると、零の瞳が淡く紫の光をともし、それを合図に黒いもやがスズキにむかって襲い掛かってきた。
だが、それらから感じる力は、彼を傷つけるほどではない。
「ばかにしてんの?よける必要もないじゃない、こんなの。」
翼の輝きに触れる前に、もやは蒸散してしまう。
「くそっ!」
焦ったように、零がまた新しい黒いもやの塊を無数に出す。
だが、今度は先ほどのものよりも見るからに弱々しく薄れていた。
なんだかおかしいな、とスズキは思う。
零と本気でやりあったことなどないスズキだったが、彼の力がこんなものでないことくらいはわかっていた。
この程度の力では、いままで零が人間とかわしてきた契約の履行はおろか、百年生きることすらあやしい。
零は、自分が知る限り数百年、もしかすると千年以上は生きているはずなのだ。
からかっているにしても、この弱々しい攻撃はなんなのだろう。
防御するまでもない、そう判断してスズキは翼をしまい、構えていた姿勢を解いた。
そういえば、なんだか今日の零はその小さな姿のせいか、存在感がいつもより薄い気もする。
「いいのかよ、行くぞ?」
そう言って、零の瞳が光る。
「ねえ零くん、ちょっとおちついて話を・・・」
言い終わらないうちに、スズキとレイの目の前で、零の体がくずれおちた。
(続)