使い魔 9 慣れない感情
その笑顔は、気に障った。
慣れてしまったはずのレイの笑顔が、今日はなぜか零の神経を逆なでした。
スズキが店にやってきて、いつものように雑談に興じるうち(もう少しまじめに仕事しろよ、と零は悪魔らしくもない感想をもった)二人とも同じドラマを見ていることがわかったらしい。
たかがそんな話で、きゃあきゃあとはしゃいでいるレイが、不愉快だった。
「スズキさんて、優しいから、主役のコにイジワルする女の子にまで同情しちゃうんですよー?優しすぎですよねぇ。アハハ」
なにが面白いんだ、そんな話。
ドラマなんて、誰かが作ったものでしかない。
同情する意味なんかないし、優しいというよりただのバカなんじゃないのか。
そう思う零だが、自分も毎週お気に入りのアニメを、やや感情移入しつつ楽しみに見ている矛盾に気付かないあたりは、知能まで弱体化した、のかもしれない。
零は、返事をせずただテレビを見ているふりをした。
「あのぅ、零さん?」
反応がない零にレイが話しかける。
なんと言われても返事なんてしないぞ、俺はテレビを見てるんだ。
本当は、レイが楽しそうに話している内容が気に入らず、アタマのなかはそのことでいっぱいなのだ。
見た目どおり、子供のような意地を張っているだけ。
「零さん・・・」
「うるさいな、テレビが聞こえない。」
「でも・・・」
「何だ!」
面白くないのを通り越して、もうほっといてくれ、と思い声が少し荒くなる。
「でも零さん、おスモウ好きでしたっけ?」
さっきまで見ていたアニメは終わり、テレビは零の嫌いなスモウの勝敗を伝えていた。
ひっこみがつかない零。
「今日は、そういう気分なんだ・・・。」
言ってみたものの、明らかにトーンダウンした声は、誰が聞いてもいいわけにしか聞こえなかった。
レイがくだらない話をきかせるから、こんなにイラつくんだ。
だいたいスズキは俺の天敵、天使なのに、そんなヤツと仲良くするなんて何考えてるんだレイは。
零はそう思ったが、天使とはいえスズキのほうから零に危害を加えたことなど一度もなく、むしろ零がレイの使い魔になってしまった時には、彼の相談に乗ってくれたくらいなのだ。
が、零のほうではイラつきついでにそんな記憶はどこかへポイしてしまっていた。
そうだ、あいつは人間じゃない。
天使だなんて言わずにそれだけをわからせれば、俺のときのように怖がって、もしかしたら近寄らなくなるんじゃないか?
悪魔らしい腹黒い考え、ではあるが、子供になってしまったせいか、なんだかスケールが小さかった。
翌日、夕方ごろ。
「じゃ、お疲れ様ですっ!」
あちこちから返される、おつかれー、という声に送り出され、レイはバイト先裏口のドアを出た、ところで零に会った。
「あれっ?零さん!」
目が、合わない。
こんなところにいるということは、明らかにレイを待っていたはずで、待ち人が来たのだから、そちらを見るのが自然なはずだ。
だが、零は関係のない方をむいてただ突っ立っていた。
レイを見ないまま、零が答える。
「近くまで来たから、迎えに来た。帰ろう。」
それは、レイには奇跡のようにうれしい言葉だった。
ただ、レイには奇跡のようでも、零にとっては不満な響き。
本来零は、人をだますためにどんな甘い言葉も、ありえないような芝居がかったセリフも眉一つ動かさずに、必要ならば表情豊かに奏でることができるのだ。
それが、目もあわせずに、このぶっきらぼうな物言い。
まるで、照れてでもいるように。
いいや、俺のせいじゃない、いつものようにできないのは、レイがあまりにもバカでお人よしで、暗い部分がまっっったくないように見える、俺の獲物とは程遠い人格をしているせいだ。
零はそう自分に言い聞かせた。
「そういえば、買い物とかもしてもらっちゃってますけど、ほんとに一人で外に出て大丈夫なんですか?」
天使や、悪魔、死んだ人間の成れの果て、零にとって危険なものがそこらじゅうにいることを、カラダが縮んだときにレイには説明していたが、実のところ、彼女にはあまり実感がない。
信じていないわけではないのだが、ただでさえ現実から遠い話である上に、そういったものにまだお目にかかっていないのだ。
が、それらを別にしても、彼女にしてみれば、人目をひく容姿の今の零(以前の零も目立つといえば目立ったが、また意味が違う)は、あまり外を安心して歩かせることができない気がした。
あぶないおねえさんとか、同世代の(見た目だけだが)女の子とか、女の人とか女の人とか女とか女。
小さな今の零は、もし無理矢理何かされたらちゃんと抗えるだろうか。
レイはふだん、世の中に本当に悪い人は少ないはずだ、という考えを持って生活しているが、零がからむとやはり少しは不安になる。
また、縮んでからというもの、子供っぽくなってしまった零が同世代(あくまで見た目)にどう反応するかもわからない。
心配はつきなかった。
「ああ、何も問題はない」
「そうですか。」
心配していたわりには、その一言でカンタンに安心して、微かに笑うレイ。
「・・・」
「・・・」
無言。
家では、テレビの音などであまり意識しないが、からかったり、イジワルをするとき以外、零のほうからレイに話しかけることは多くはなく、今も二人の間には沈黙がおりていた。
ええっと、ええっと。
家まで一緒に歩けるのは嬉しいけど、なに話そうかな?
レイは今日あったことを頭の中でめまぐるしく思い返す。
話せるようなこと、話せるようなこと・・・。
「レイ、ちょっと寄り道しないか?」
「え?!」
突然、零のほうから話しかけられてレイは軽く衝撃を受ける。
これは、全く想定外。
家に帰るのとは違う道へ入っていく。
新しいパターンのイタズラだろうか、とレイは少し不安になる。
「あ、は・・・い。」
零の歩幅は小さく、レイのほうがそれに合わせていたが、予測していなかった寄り道に、慌てて零のあとを追う形になった。
(続)