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使い魔日記  作者: narrow
22/68

使い魔 8 育つもの。

 レイの涙ぐましい努力は続いていた。

 もう一ヶ月くらいになるだろうか。

 クラシックなホラーからスプラッタまで、怖さをあおるものならなんでもよかった。



 そして、その全般がレイは苦手だった。

 大好きな零が元に戻るため、力を奪われ無力になったカワイソウな零のためにと、彼女は頑張った。

 元はといえば自業自得で、零がレイから逃れようとしたためにこんなことになってしまったのだが、そんなことは彼女にとってどうでもよいらしかった。

 零がそのへんをちゃんと説明せずに(故意に)流したせいもあるし、結果的に零はレイの元に居ることと、今の二人の関係が前よりはずっと良好になったせいでもある。

 とにかく、レイの恐怖する感情をほぼ毎晩浴びて(レイが参ってくると休みが入り、また彼女に予定が入っている日も怖い映画は免除される。)、零は少しずつ回復していた、が、気が遠くなるような年月をかけて大きく育った魔物である。

 そうカンタンに元には戻らない。

 瀕死だったときから比べて、今は多少ならば人間にできないような芸当もやってのけられるほどには回復していたものの、見た目は、倒れていたあのときからほとんど変わっておらず、6〜7歳くらいにしかみえない。

 だが以前の零が、いかに悪魔として強力であったかを考えれば、子供の姿は今の力に見合っているかもしれない。

 それにしても、一日にひと一人分の恐怖という微量なエネルギーしか浴びていない割に、この回復は早かった。

 最近食事も前よりとるようになったとはいえ、食べ物から生成するエネルギーなど、たかが知れている。

 少し疑問はあったが、都合は良かった。

 姿が変わってしまってから、外出は危険と判断し(他の天使や悪魔に見つかれば命はない)、買い物はレイに任せていたが、買い忘れや勘違いもあり不便が多かった。

 だが、そろそろ外に出るくらいは問題なさそうだ。

 今の力なら、何かあったときにも逃げ切れる自信がある。

 今日レイが帰ってきたらさっそく話してみよう。

 そんなことを考えながら、ベッドにねそべりTVアニメ(子供の姿になってからなぜか興味がわくようになってしまったが、なかなかオモシロイ)をみているうちに、いつしか零は眠くなり。

 この体になってからの零は、本能的に力を取り戻そうとしているのか、本当の子供のように、いや子供以上によく寝るようになっていて、一日の半分くらいは寝てすごしていた。

 零本人が洗濯して、今日かえたばかりのシーツからは、ほのかに洗濯洗剤のいい香りがただよっていて、やわらかな肌触りが気持ちいい。

 小さな頭をやさしく受け止めてくれる枕には、うっすらとレイの髪の香りがうつっている。

 眠るときにいつもそばにあるその香りは、かいでいるとなんだか落ち着く気がした。



 すっかり眠り込んでしまった零の顔は、とても安らいだ表情。

 寝顔だけは、天使のようだった。


 「ただいまかえりましたぁー!」

 元気な声とともに騒々しくレイが帰ってくる。

 スーパーのビニール袋をさげて、バサガサバサバサ、と、部屋に入る。

 ベッドの上の零は、騒音に眉をひそめ、けれど目は閉じたまま。

 「・・・んん、う・・・ん・・・」

 あゃ、寝てる。

 レイはなるべく音が出ないように荷物を部屋の外に出し、そっと、部屋とキッチンを仕切る戸を閉めた。

 今日のゴハンは、あたしがつくっちゃおう。

 

 「れぃさーん れーいーさん!」

 「・・・ん゛ー・・・ぁ、ん?」

 「ゴハンですっ」

 ニコニコした、レイのアップ。

 ごはん・・・?

 しまった!

 人間の目で追える限界の速さでガバッと起きた零は、慌ててテーブルの上を確認した。



 シオカラだとかツケモノ、ニモノだのナットウだの、その他零の苦手なものがならんでいないかどうか。

 が、そこにあったのは、オムライスとサラダとスープ。

 零にも食べれそうなものだった。

 

 ちょっと前まで、レイは零が作る夕食(朝は料理というほどのものは出ないし、昼は家に居ないことが多い)が、子供の好みそうなものばかりということに少々の不満を持っていた。

 が、ある時彼女は気付いてしまった。

 零の味覚が子供なのだ。

 甘いものが大好きで、煮物だの漬物だのといった地味な食べ物には渋い顔をする。

 コーヒーや紅茶なんかはストレートで飲んだりするが、作る食事といえば、ハンバーグだのスパゲティだのカレー(甘口)だの、まるっきり子供むけ。

 食事をほとんどしてくれなかった時期には、家にある料理の本に載っているメニューをかたっぱしから作っている、という感じだった。

 ちなみに、レイ自身はそんな本を買ってきては挫折して途中で投げ出してしまうので、あまり手の込んだ料理は作れない。

 しかし、だいたいそれ(レシピ本)を全てクリアしたであろうあたりから、なんだかお子様メニューにかたよるようになり、(スズキの説教のせいで)時々一緒に食事するようになってからは、別々のときはそれなりなバリエーションをもたせたメニュー、自分も一緒に食べるときは必ずお子様仕様なのだ。

 気付いたときにレイが感じた可愛さといったら、それはもう身悶えるほどだった。

 言ったらどんな険悪なことになるか想像もつかなかったので、胸にしまっておいたわけだが。

 そんなことを知らない零としては、レイが自分にあわせた食事を出したことはちょっとした驚きだった。

 隣ではレイがまだニコニコしている。

 「食べましょ、零さん。」

 驚いた顔をなかなか元に戻せないまま、零はうなずいた。

 「・・・あ、ああ。」

 席について改めて見ると、黄色いオムライスには、真っ赤なケチャップでハートマークが描かれていた。

 うへ。

 とりかえさせようかとも思ったが、あちらにもハートは描かれており、仕方なく零はそれを口に運ぶ。

 「・・・ウマ。」

 思わず、小さく感想がこぼれた。

 卵は、とろふわ・・・ではないが、それでも充分なボリュームと柔らかさをもち、ケチャップで味付けされたチキンライスには、タマネギのほどよい甘味がなじんでいる。

 互いが引き立てあい、調和したオムライスは、なんだかやさしい味がした。

 聞かれただろうか、とレイの顔を見ると、満足そうに笑みをうかべながらこちらを見ている。

 なんとなく気まずくなって目をそらしてしまう。

 明らかに照れてしまっている自分が、少し腹立たしい。

 別に、ほめてちょっといい気にさせたところでなんだ?

 堂々としていればいいじゃないか。 

 ヘンに意識したものだから、なんだか向こうの方が立場が強いような雰囲気になってしまった。

 あぁ、さらに腹立たしいことにほんとにウマいじゃないかこれ。

 なんとなく、レイにしてやられたような気分になって、一人イライラしながらぱくぱくと食べ進む零を、自分も同じものを口にしながらレイが見つめる。

 どうして照れているのかレイにはわからないが、そんな零は、珍しい。

 そして、可愛らしかった。

 その視線は、愛情そのものと言っていいほどで、零には不快なもののはずだった。

 ああ、そんな目で俺を見るんじゃない。

 そんな目で・・・。

 彼は、心の中で文句をいいながら、気付いた。

 不快でもなんでもなく、むしろくすぐったいような、イライラがほぐれて散っていくような感触に。

 それは、癒される感覚。

 信じがたいことだった。

 悪魔が、愛情に癒されるなど。

 愛情は、彼らを傷つけることはあっても、その力になることはない。

 本来、悪魔に反発する種類の力なのだ。

 けれど、彼のイライラがおさまったことも、不快感がまったくないのも事実だ。

 こうしている今も、彼女から発せられる愛情は、彼の意識しないうちに少量づつ彼の中にとりこまれているようだった。

 回復が早かったわけだ。

 彼は納得した。

 だが、愛が自分を傷つけず、力として摂取できる理由がまったくわからない。

 これは、彼女が自分の主人であるゆえの効果であろうか、はたまた、あまりにも力を失いすぎて見境がなくなってしまったのだろうか、と彼は彼なりにこの不可解な現象を分析してみる。

 考えてみたところで、明確な答えなど出はしないが、理由はわからなくとも意識してその力を吸い込んでみると、それは抵抗無く零のカラダにおさまっていく。

 ただ、体が軽くなるような、力がわくような感覚はあるものの、いつもの、彼女から恐怖を吸収するときのような、何とも言えない快感まではそなえていない。

 つまり、栄養にはなるが味もそっけもない食事のようなもの。

 それでも、回復はしていくのだからないよりはずっといい。

 彼はそれを積極的に取り込むことにした。

 彼女の愛情を感じながら、彼女の作った食事を味わう。

 まるで恋人同士のように、自然にそうしていた。

 その感覚は、零の意識にはないものであったが。

 彼は自分の変化に、自分がすこしづつ彼女を許容し始めていることに気付いていなかった。


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