続き 4
なんだか甘いニオイがして、つられたわけではないが、零は目を覚ました。
テーブルの上に所狭しとビニール袋が並んでいる。
すっかり主夫生活がカラダにしみついていた零は、あぁ、また散らかしてくれて、と思う。
見ればそれは全てスイーツの類。
ケーキにドーナツ、チョコにアイス、零の好みにだいたい近いものがそろっているようだった。
彼が起きたのに気付くと、レイが話しかけてきた。
「あ、起きました?とりあえず甘いもの買ってきてみたんですけど、好きですよね?」
本来零のエネルギーとなるのは人間の命や感情だが、命はもちろん、その感情もレイには期待できない種類のものばかりで、効率が悪くても、とりあえず今は食べ物で補うというのは、悪い考えではない。
ただ、あまり人間のように振舞っていると、だんだん人間に近づいてしまうのが難であり、零は、甘いものは好きだが毎日とることはしていなかった。
鼓動や体温が備わってみたり、人間のかかる病気に感染したりなどしてはたまらない。弱点がふえるだけだ。
が、とりあえずはしばらくの間だけなのだから、と零はケーキの箱に手をかけた。
外見で判断したのか、レイがミルクを出したのは少し心外だったが、うまくないといえば、嘘になる。
彼は少し、幸せだった。
時折ミルクを含みながら次々甘いものを平らげる小さな零は、ただでさえ可愛らしい外見に子供らしさが加わって、見ているだけのレイをも幸せな気持ちにした。
最後に、”たっぷり生クリームと摘みたてイチゴのチョコプリン”を平らげてしまうと、あれだけあったスイーツはあっという間に全滅した。
先ほどからの視線にこめられた、”可愛い”に零が気づいていないはずはなく、それは不本意ではあったが、自分の意見を通すには十分都合がよかった。
「レイ、俺オネガイがあるんだけど。」
少しだけ、話し方をかえて、遠慮がちに、彼女の目を見て、媚び媚びに。
主であるレイには、他の人間のようにコントロールは通じなかったが、この可愛いオネガイを、レイが断れるはずが無かった。
「はいっ、なんでしょう?」
嬉しそうに食いついてきた。
「DVDとか、借りにいかない?一緒に見たいのがあるんだけど、な。」
喜んで会員証を持っているレンタルショップへ案内したものの、レイは困っていた。
零が、ホラーコーナーから離れてくれないのだ。
零の糧になる感情で、唯一カンタンにレイからでも摂取できる、純粋な恐怖。
もっとも、ホラー映画程度ではそんなに期待はできないが。
「零さーん、無理です、あたしそういうのホント無理なんですぅ!」
零は聞こえているのかいないのか、ヒョイヒョイと適当に選ぶ。
「零さーん!」
「お前最初会ったとき俺をユウレイって言いながら平気で隣に座らなかったか?」
「それはあんまりキレイだったからぁ」
「ええと、一日1本見るとして・・・一週間すぎたら延滞になるのか?」
「キャーゆっちゃったぁ!・・・ぇ?あ、はい、新作は2泊までで・・・本当にそれ見たいんですか?」
困り果てた顔で、レイは確認する。
ありえない、ありえないけど、どうしてもというなら、折れるしかない。
オネガイされて、はいと言ってしまったのだ。
「いいって、言ったよな?」
零から見上げられる、というのはとても新鮮。
当然の権利を主張しているのだ、といった顔だが、小憎らしいというよりは、やっぱり可愛くて。
この可愛い顔に、NOをつきつけることなどとてもできなくて。
「はぁい・・・」
しゅん、とうなだれるレイを見ながら、零は計算する。
あまり冷たくして、早々に愛想をつかされたのではたまらない、と。
「大丈夫、くっついてれば怖くないから。」
そう言ってホラーDVDが入ったカゴを床に置くと、レイに抱きついて見せた。
ストレートなご機嫌取りだ。
今の零の背丈は、レイの胸あたりまでしかない。
それでも、あの零が、並んで歩いてさえくれなかった零が自分に抱きついてくるという状況は、幸せすぎた。
驚いて見下ろすと、少しカラダを離した零が目を細め、にやっと笑う。
子供らしくない、少しイジワルそうなその笑顔は、まぎれもなくあの零で、レイはカラダの中心を何かが走り抜けていくような感覚に襲われた。
それは、幸せな呼吸困難、快びのための刹那の心停止。
子供らしいセリフも、時にらしくない行動も、全て彼の計算通りに彼女を動かし、そして。
「いやー!電気消さないでください!ダメッ!零さんダメー!」
「・・・っ!」
強い命令に、零の動きが止まる、というより動けなくなる。
しゃべることすらできないほど、まるで金縛りのようにカラダが動かず、たまらなくなった零は、とりあえずまずはオネガイから入ることにした。
電気を消すのではなく、彼女の方を向く動きをしようとすると、スムーズにカラダが動き、話すことも普通にできた。
「ゴメン、暗い方が面白いと思って。」
言いながらレイの目をみて、
「どうしても、ダメ?」
小首をかしげる仕草。
狙いすぎているが、小さな子供の姿には似合ってしまう。
「だ、ダメですよーう・・・」
あからさまに抵抗が弱まる。
「オネガイ」
零は目をつむって、顔の前で手を合わせ、それからうかがうように片目だけ開けてレイを見る。
零が、今までどうしてこうしなかったんだろう、と思うくらい、レイは媚びられると弱かった。
視線だけでの話し合いが行われ、沈黙がおりる。
「ふぅ・・・わかりました」
暗い部屋で、レイの悲鳴ばかりが響く。
「ほら、静かにしないと”近所迷惑”だろ?」
本当は零本人がうるさくて耐えられないのだ。
「でも・・・。」
言われたレイは、画面からの青白い光に照らされた零の幼い顔を、改めて見る。
彼女の苦手なホラーを、真っ暗な部屋で見させるという、罰ゲームのような行為を強いておきながら、楽しそうな表情をした、その顔を。
「それから、目を閉じないこと。」
そう言って、すでに零にしがみついてばかりいるレイの手を握ると、彼はいたずらっぽく笑って見せた。
レイの戸惑っている表情は、思いがけず零の態度が優しかったためだろう。
何もしなくても、手に取るように心が読める。
こちらの少しの行動で、照れたり慌てたり、喜んだりとレイは忙しい。
レイの反応が予想外に大きく、媚びるのが少し楽しくなってきた零だった。
1本見終わる頃には、零は少し力を取り戻すことができ、一応満足できた。
一方レイはぐったりとしていて、目には涙が浮かんでいる。
かなり頑張ってくれた証拠に他ならないが、零がそれに感謝したり、心を動かすことはなかった。
「零さん、これ、面白かった、ですか?」
青ざめた顔がこちらをのぞきこむ。
「うん」
おまえの反応が、とは言わずにおいたほうが良好な関係を保てるというものである。
「じゃ、よかった」
無理に笑って見せたレイに、また胸の奥でなにかが引っかかった気がしたが、どうせいつもの不快感だろう、と気には留めなかった。
彼は人の心から生まれた魔物だった。
その人の心は、さまざまな感情を内包している。
悪いものも、善いものも、ないまぜにして。
「零さん、ベッドで寝るんですか?」
今まで、ベッドの大きさが身長に合わない零は床で適当に転がるなどして寝る、ということになっていた。
彼は人ではないし、本格的に寝たければ他に方法はいくらでもあったから、今までそれで問題はなかったのだ。
なので、レイ一人がベッドを占領していたわけだが、小さな零は、寝ようという時間になると、さっさとベッドに入り込んだ。
「一緒に寝るか?」
文字通り悪魔の誘惑。
自分のベッドであると主張すればいいのだが、そう言われると向こうが優位な気がしてしまい、言えない。
「じゃあ、いいですか?」
「ふふ、どうぞ。」
子供と一緒に寝るなら問題ないよね、と、隣に並んだものの、小さくても相手が零と思うと、ヘンに緊張して、なかなか寝付けない。
くすくす笑う零の声。
「何ですか?」
「なんでもない」
くすくす・・・くすくす。
うとうとすると、不意に零が動いて目が覚める。
くすくす笑う声。
明け方近くなるまでそうやって遊ばれて、よく眠れないまま朝を迎えたレイだった。
それでも、前よりも零とコミニュケーションが取れるようになった、とレイは感じ、単純に喜んでいた。
それからも、からかわれたり、小さなイジワルをされたりと、日々あまりいい思いはしていないが、零は時に笑顔を見せるようになった。
幼いカラダにあわせて、心まで子供に帰ったように、レイをからかうのが楽しくてしょうがないらしい。
零には気にならない、気付いてさえいないそんなことでも、彼女は幸せだった。
もしかしたら、先日の事件も、やりすぎただけで彼にとってはイタズラだったのかもしれない。
そんなふうにすら、感じる。
そうやって少しずつ彼が近くなり、そして彼女は思う。
この笑顔を失いたくないと。
零がゆっくりと力を取り戻す間に、彼女のその思いは強く、強くなっていった。
ただの片思いとは言えないほどに強い、深い想いに。