続き 3
「・・・ふぇ・・・・」
子供にしがみつかれたまま、レイは泣きだしそうになる。
もういやだ、怖い零さんの次は子供のオバケなんて。
愛香も行ってしまったし、あたしこのオバケにとりつかれちゃうのかな。
レイが悲観していると、
「レイ、おいレイ。泣くんじゃない。」
子供が、偉そうに話しかけてくる。
「わからないか?俺だ、零だ。」
不意打ちで、今一番聞きたくない名前が出てきた。
「ひ、嫌ぁーーーーーっ!」
どかっ!
レイは、相手が子供であることを忘れて思い切りつきとばした。
「だぁっ!・・・ってぇー。」
普通に痛がっている様子である。
「だ、大丈夫?!」
その反応があまりにあたりまえで、子供をつきとばしてしまった罪悪感が先に立った。
「痛ぇよ・・・」
反射的に子供を助け起こそうとし、その瞬間はすべての怖さと、今までの展開がアタマから消えていた。
子供がレイをまじまじと見つめる。
「お前、怖いんじゃなかったのか?」
「あ・・・怖いっやっぱ怖いぃ!」
言われた瞬間恐怖が蘇り、ちょっと離れる。
「ふざけてるようにしか見えない。」
「あ・・・ほんとに、零さん?」
「ああ。こんなナリになっちまったがな。」
「・・・!」
声にならない悲鳴をあげて逃げようとするレイの腕を、小さな零がギリギリで捕まえる。
無理に振りほどいたら、また子供に痛い思いをさせる、とレイは反射的に加減をした。
零は怖い、でも子供に怪我はさせたくない。
まだアタマの整理ができていないがゆえの矛盾した行動。
「待て!もうおどかさないから聞け!」
涙をためた怯えた瞳が、零を測るように見る。
そこにいるのは、小学校低学年くらいに見える子供。
体温が妙に低い以外に、怖いところは特になかった。
「ぜったい、ですか?」
しめた、こっちの話に耳を貸した、と零は心の中でニヤリとする。
倒れる前の最後の記憶と、姿が弱々しい子供に変わった、というこの状況からして、自分は相当弱体化したはず。
放っておけば天使に殺されるか、同種に食われるか、もしかしたらこのまま形を保てなくなっていき、消滅なんてこともありうる。
今レイにまで見放されては、彼は生きていけなくなるかもしれないのだ。
とにかく彼女を押さえておき、できるようなら利用して、回復をはからなくては。
「絶対に。」
レイが身体の力をぬいた。
話を聞く態勢にはなったものの、まだ逃げようと思えば逃げられる状態。
それにしても、あんな目にあってよく話しを聞く気になるものだ、と呆れながらも、零はもう一押ししておく。
「なんなら、謝る。悪かった、もうしない。」
たったこれだけ、言葉だけの謝罪。
やったことには全く見合わない短い言葉だった。
謝ってくれた、とレイは思った。
思ってしまった。
零が反省などしていないことを知らない彼女は、軽く感動すらしていた。
あの零が、自分に謝るなんて。
正直、子供の姿にかなり恐怖感が薄れていたせいもあり、この時点で、都合の悪い昨日の記憶はすみっこに追いやられてしまった。
謝ってくれたんだし、信じてあげたい、それに目の前のこの小さな子供を責める気にはなれない。
見れば、元の面影も残るその顔立ちはとても綺麗で、疑うこちらが悪者であるような気さえした。
すみっこに追いやられた記憶は、もはや怖い夢くらいの存在感しかない。
大丈夫、な気がする。
そう思うと、レイは逃げようとするのをやめ、零はカンタンに事情を説明した。
「短く言うと、俺は今、ガス欠状態なんだ。
生命力といえばわかりやすいか?そういう、まあ力を大幅に失って、このザマだ。
今の俺が昨日みたいなマネをすれば、今度は本当に死んでしまうだろう。だから、安心していい。」
彼が言うまでもなく、レイにもう怯えはなかった。
好奇心を含んだ視線を受けて、零は言葉を発する代わりに、ただ見つめ返した。
「あ、ごめんなさい、あんまり変わっちゃったから。カラダ、大丈夫なんですか?」
「何とか死んでないだけで、正直あまりいいとは言えない。」
「大変じゃないですか!私に、何かできますか?」
零の目元がピクリと動いたのは、驚きのためだけではなかった。
「お前、確かに俺は安心しろと言ったが、本当に怖くないのか?昨日何をされたか忘れたのか?」
「いえ、あの、昨日は本当に怖かった、です。死ぬかと思ったし」
情けない表情をうかべるが、
「でもぉ!」
一瞬でその表情は消える。さっきからころころとよく変わる態度は、やはりふざけているようにしか見えなかったが、彼女は真剣だった。
「今は朝だし、怖かっただけで・・・そう!怖かっただけでケガとかしてないし、謝ってくれましたよね?!」
「まあ、な。」
「信じてます。」
レイは零に微笑みかけた。
少しだけ、嬉しそうに微笑んで見せた彼女が、まったく理解できなかった。
初めて出会ったときから、何も考えてないお人よしだろうと予測してはいたが、ここまでとは。
体温も鼓動も無い、得体の知れない相手に、人間ならば死んでいるような自己破壊シーンを至近距離で見せられて、頭から血を浴びせられて。
なぜその相手を、信じるなんて言えるのか。
けなげに、笑みすら浮かべて。
笑顔は、零には不快でしかないもののハズだった。
けれど今、彼女の笑顔は不快ではなく、むしろ零の胸のずっと奥で微かに、何か懐かしい感覚が蘇りかけた。
ただ、彼自身はそれを、違和感としか感じなかったが。
「お前、今は朝だって、暗くなったらまた怖がるつもりか?」
「え・・・うーん」
怖いところを探すように、レイが改めて零を見つめてくる。
今の零は小さな子供であり、今までの好みが分かれるような外見と違って、誰もが可愛いと感じるような、美しいといっていいほどの容姿をしていた。
凛とした印象の太すぎない眉の下には、切れ長の目。
その長いまつげに囲まれた目は、ゆるりと目尻が下がっていて微かな色気さえただよっている。
鼻はほどよく高く、すっきりと。
それらをおさめた白い花のような顔に、薄い唇の赤さがなんともいえないコントラストを描く、まさに”小悪魔”。
「かわいー・・・」
答えになっていないつぶやきに、零はめまいを覚えた。
肩を押されたような気がして、気付くと座ったまま、ベッドの方へ上半身が倒れこんでいた。
消耗しきったカラダでは、少し動いたり話したりしただけでもダメージになったようだった。
「ばか・・・」
主に向かって憎まれ口をつぶやきながら、気絶するように彼は眠りに落ちた。
(続)