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使い魔日記  作者: narrow
19/68

続き2

 腐ったものを食べたら、当然腹を壊す。

 契約を破れば、それなりのペナルティがあるのも、それと同じこと。

 零は命令に逆らったわけでもないし、主を手にかけてもいない。

 が、あれだけ脅かしてしまえば、主に危害を加えたも同じことだ。

 それは、主へのはっきりとした裏切りを意味する。

 「ん・・・?」

 一人部屋に残った零は、身体から急激に力が抜けていくのを感じて、その可能性に思い当たった。

 「やり・・・すぎ、か。」

 主側の、彼への想いも同時に裏切られたことが加味されている、ということまでは、予想の範囲外であったから、思った以上に力が失われていくのを感じながら、主従契約違反のペナルティって、異様に重いんだな・・・と彼は思った。

 そして、最後に見たのは、彼自身の身体を構成していた、黒いもやのように見える力、抜け出して行くそれらで、だんだんと暗くなる部屋。

 こんなに沢山なくしたら、死ぬかもな、本気で。

 そう思った。

 ここが、死に場所じゃ、かっこ悪いな、とも。

 すっかり住み慣れてしまった、この狭い部屋。


 幸い、雨は止んでいた。

 マンションから出て、いくらか走ったところで、限界を感じてレイはへたりこんだ。



 日は沈み、ゆっくりと夜の顔に変化しようとする街。

 人通りは、まばらにある。

 あぁ、普通の風景だ、人がいる、あたし、生きてる。

 涙が乾いたばかりで、また泣きそうになった。

 そういえば、顔は血まみれになったのではなかったか。

 このまま人前に出て大丈夫だろうか?

 考えるうちに、無意識に手が顔を触っていた。

 べたついていない。

 ぺたぺたと、顔中をさわってみる。

 いつも通りの感触で、血をあびた感じはしない。

 あれだけの勢いの血なら、体にもかなり浴びたはず。

 胸にも、腕にも、血はついていなかった。

 ありえない、と思った。

 最初からあんなことはありませんでした、とでも言うように、レイの身体はどこも汚れていないのだ。

 幻でも見たのだろうか。

 でも、たった今経験したことはあまりに生々しく、とてもそうは思えない。

 たとえ幻だとしても、あんな怖いことがあった部屋に、一人で帰れなかった。

 少なくとも、今夜は。

 だが、ケイタイもサイフも持たずに出てきてしまった。

 無論そんなものを持ち出す余裕などあったはずもない。

 どこかで電話を借りよう。

 レイはとりあえず明るい大通りへ向かって歩き出した。

 

 なんとか友達に迎えに来てもらい、その日は泊めてもらえた。

 が、とにかく何も持たずにでてきてしまったのだから、一度部屋へは帰らなければならない。

 友達には呆れられてしまったが、頼み込んで翌朝、部屋へついてきてもらうことにした。

 「オバケェ?レイ子本気でいってんの?」

 「ほんとだよー!オネガイ愛香!一緒にきてくれないと一人でなんて入れないってー!」

 零のことは、何と言ってよいか説明しづらかったので、とりあえずオバケが出るのだと話した。

 「しょーがないなあ・・・てか、あんた男と一緒に住んでるんじゃないっけ?今。」



 友達、愛香が何気なく言った一言は、今のレイにはなにより痛かった。

 眉尻を下げ、見る見る情けない顔になったレイを見て、愛香は気を使ってくれた。

 まさかその相手が自称悪魔で、つい昨日ホラー映画ばりの体験をした、などとは露知らず、きっとフラれちゃったんだね、と思った愛香は励ますように、つとめて明るく声をかけた。

 「じゃ、さっさと行こうよ、ね!あたしがついてるからさ!」

 「・・・・・・うん」

 あからさまに元気のない声とともに、レイはうなずいた。

 てくてく歩いて、電車にのって、またてくてく。

 そして、

 ・・・がちゃ。

 「鍵、あいてるね。ドロボー、だいじょぶかな?」

 愛香は、後ろに隠れるようにひっついているレイを振り返った。

 彼女は、目を閉じてぶるぶる震えていた。

 血だらけの死体があったらどうしよう。

 怖い方の零さんがいたらどうしよう。

 怖くない方の零さんがいてもやっぱり怖いかも。

 頭の悪い考えも含めて、悪い想像で頭がいっぱいになっていた。

 「あんた、怖がりだもんね・・・」

 愛香は、呆れながら笑った。

 「おじゃましまーす・・・」

 薄暗い部屋へ、二人ではいる。

 入ってすぐに、変化に気付いた。

 「ねぇレイ子さ、子供・・・いたっけ?」

 「え?」

 目をつぶったまま愛香の服にしがみついて進んできたレイは、そこで初めて目を開けた。

 そっと、愛香の後ろからのぞく。

 黒い服を着た子供が、倒れていた。

 「し、しらない!どこの子だろ?」

 愛香は、とりあえずカーテンをあけて部屋を明るくし、レイは駆け寄ると、膝をついて子供の様子を確認した。

 「部屋は、荒らされてないね」

 と、愛香。

 「ボク、大丈夫?」

 レイは小学校低学年くらいに見える、その子供の肩をゆする。

 やけに身体が冷たい。

 し、死んでる?

 レイは固まった。

 「大丈夫そう?」

 愛香ものぞきこむ。

 もぞり、と子供が動いた。

 「きゃぁあーーーーー!」

 死体が動いた、そう思ったレイは悲鳴をあげる。

 「ちょ、驚きすぎ」

 愛香には、子供が動いたことに反応したようにしか見えていない。

 その子供が、素早く動いてレイの口に手を当てた。

 「うるさい。」

 愛香は、ちょっと可笑しくなって笑った。

 「あはは、ボク正解」

 ボク、が振り向く。

 白い肌に、男の子にしては少し長めの黒い髪。

 瞳の色が、日本人ではないことをうかがわせた。

 「ボク・・・?」

 子供は、不思議そうに繰り返して、自分の身体を改めて見るような仕草をした。

 「あれ・・・ワタシだった?」

 髪と服は男の子のようだけど、キレイな顔をしていて、女の子といわれればそうも見える。

 彼だか彼女だか判然としないその子供は、少しの間をおくと、まだ怯えた顔のまま固まっているレイにしがみつき、こうのたまった。

 「あのおねえちゃん、コワイ」

 「え・・・あたしぃ?」

 突然のことに驚く愛香。

 彼女は決してコワモテではない。

 子供から特に好かれはしないが、嫌われもしない、普通の女の子である。

 レイの服へ顔をこすり付けるようにして、愛香を視界から追い出して、もう一度。

 「コワイ。」

 可愛いって思ったけど、撤回。

 まるであたしが、悪者みたいじゃない。

 ややムッとしつつ、愛香はレイのほうを見る。

 レイの目は、いかないで、と言っていた。

 が、愛香は正直これ以上つきあってやる気はなかった。

 オバケもいないし、部屋はなんともない。

 気のせいにここまでつきあえば、友達の義理は果たしただろう。

 おまけに、子供にこんな無礼な扱いまで受けたのだから。

 泣き出されたのではたまらないし、あとはレイに任せて帰ろう。

 「じゃ、あたし行くから。家も無事だったし、もういいでしょ?またね」

 「あ、ぃかあ・・・」

 泣きそうな声もむなしく、バタン、とドアのしまる音がひびいた。

(続)

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