続き
たまに微グロな場面が入ります。
苦手な方ご注意下さい。
「え・・・」
蛍光灯が切れたかと、見上げたレイの目に入ったのはいつもの部屋の天井ではなく、コウモリの翼の形をした、影のようなもの。
零の背の辺りから伸びているそれは、翼の形をしているが、翼ではなく、ただ、影が影だけで存在しているかのように見えた。
零は、どこか冷たく見える微笑をうかべていた。
彼の細い、長い腕がレイに伸びる。
「あ・・・っ」
引き寄せられ、その腕に抱かれると、淡い花のような香りがした。
レイがこんなに零に接近するのは、初めて零が来た日に隣で寝てしまって以来だ。
薄いシャツをへだてただけで頬に押し付けられた彼の胸は、暖かくはなく、むしろ体温というものが存在しないかのようだった。
胸の奥で、得体のしれない不安が生まれる感じがした。
「なぁ、気付かないか?」
何に、だろう。
レイはただただ混乱していた。
部屋全体を覆うような大きな翼状の影、今までさんざん見てきた無表情な顔よりも、さらに冷たく見える微笑、好きな人に抱き寄せられたのに、なぜか幸せでないこの状況。
「レイ、お前は今、俺にも聞こえるくらいの音で、胸をドキドキ言わせてるよな?」
「あぁっ・・・!」
鼓動が、ないのだ。
レイは、彼からバッと顔を離した。
ウソだ・・・
『アンタの彼、人間?』
『姿消えるの一瞬だった気がすんだけど』
バイト仲間の声がよみがえる。
「零、さん?」
さっきまでこの人は自分の大好きな人だったのに、いつのまにか、なんだかわからないものに変わってしまったのだろうか。
彼じゃない、これはきっと彼じゃない。
私の好きな彼は、変わってはいるけど人間のはず。
でも、もし、これが彼なら、彼は。
「俺は、零だ。けど、人間じゃない。何度言わせる?・・・しっかり目を開いて見てろ。」
彼の手には、どこから出たのかナイフが握られている。
もちろんそれは、彼が人ならぬ力で、何も無いところから作り出したもの。
「いやっ!やだ助けて!」
強く目を閉じ、叫びながらレイは逃げ出そうとする。
その彼女に、零が冷淡な言葉をあびせる。
「いや?なにがいやなんだ?俺が、好きなんだろ?助けて、って何から助けてほしいんだ?」
「いやー!いやぁあああっ!」
レイは両手で身体を離そうともがくが、腰に回された零の片腕が、その細さからは想像できない強さで彼女を捕まえている。
身体を密着させたまま、零はもう片方の手に握られたナイフを振るう。
「・・・目を開けろ。見るんだ。」
痛みは無い。
そっと目を開けると、視界に赤いものは見えない。
「お前じゃない、俺だ。」
首に。
垂直に近い角度で、零の首からナイフの柄が突き出ていた。
根元まで突き刺さっているのに、血は出ていない。
てことは・・・もしかして、手品?
きっとそうだ全部ウソだ、驚かそうとしてただけ、仕掛けがあるんだ。
根拠もないのに何故かそう考えたのは、無意識の現実逃避にすぎなかった。
「れ、零さ〜ん・・・」
安心して力がぬけたレイは、残酷すぎる次の展開に、全く無防備なままで遭遇することになる。
零は、彼女の思考を読んでいるかのように、言った。
「血が、でないのは不自然だよな?そうだったそうだった・・・くくく」
ぶ び ゅ っ
首とナイフの境目から、赤い液体が噴き出す。
「これで少しは人間らしいか?安心したか?」
「・・・ぁ、あ」
完全に腰が抜けたレイは、零が彼女から手を放し、戒めがなくなったにもかかわらず、立つことも、逃げることもできなかった。
こんなときに、どうして気絶できないんだろう。
もう死んでもいいからこの怖さから逃れたい、気絶してしまいたいとレイは思う。
零はナイフに両手をかけると、首をほぼ半周する形で一直線に逆方向へ引いた。
噴き出した血がレイを濡らした。
冷たい身体から出た、冷たい血。
「ぃぎゃあぁーーーーーーーーーーーー!」
恐怖のあまり、知らぬ間に涙を流しながらレイは絶叫した。
生臭い鉄さびのようなにおい。
「あっあっあぁっ・・・!」
涙と血でべとべとの呆けた顔で、零の前にくたりと座ったまま、レイは意味を成さない声を発している。
こわい、こわいこわい逃げたい!
でも立てない、どうしよう
体中、血だらけだ、零さんの血が、こんなに
これじゃ零さん死んじゃう、あたしのせい?
ううん、もう死んでるんだっけ?
人間じゃないから、死なない?
レイの考えは迷走するばかりで、まとまらない。
まともな思考や判断など、できる状況ではない。
「あっははははははは!」
首にばっくりと開いた傷口をふるわせながら、愉快そうに零は高笑いをした。
レイの身体がびくっと反応する。
「なぁ、逃げなくていいのか?くくっ」
そうだ、逃げなきゃ。
こんなの、絶対人間じゃない。
恐怖で硬直した身体を、がくがく言わせながら、ぎこちない動きでレイは壁につかまる。
なんとか、立てた。
けれど、水の中を走るようにゆっくりとしか進めない。
走れ、もっと急げあたしの足!
玄関まで、距離と言うほどの長さもないのに、それが長く感じる。
このドアを開ければ、外だ!
「ふふっ・・・俺と、まだ一緒に居たい?」
物音一つたてずに近づいたのか、耳の真後ろで零の声が聞こえた。
とても愉快そうに。
「きゃああぁぁぁーーーーーっ!」
今度は、走れた。
(続)