続き
「あ、レイちゃん」
前をゆく、大きな荷物を持った小さな影に気付くと、スズキはためらわず声をかけた。
振り返ると、ミルクティー色の髪の向こうからくりくりとした可愛らしい目がスズキをとらえた。
「あぁー、スズキさー…ひゃっ」
体ごとこちらを向こうとして、荷物の重さでバランスをくずす。
もう近くまで来ていたスズキが、それをすばやくフォローする。
期せずして、後ろから彼女を抱きしめる形になり、いけないと思いながらもスズキは彼女の小さなカラダの感触に胸が高鳴る。
同時に、少しの力で壊れてしまいそうな、この小さい、柔らかな存在は、甘酸っぱい香りは絶対に自分のものにはならない事実が切ない。
「だい、じょうぶ?」
大好きな彼女を腕の中に抱いて、スズキの心の中は嵐のように混乱し、言葉もスッとでてこない。
「あ、うん、だいじょぶです。ちょっとドキドキしちゃいましたっあはは」
などと、レイのほうは軽く冗談めかした言い方をしているが、スズキは本心を悟られまいと、それに触れることさえできない。
「そう、…よ、よかった。」
おおげさに、ぱっと離れる。
レイは、こちらを神妙な顔つきでみている。
自分の顔は赤くなっているだろうか、考えながらさらに照れてしまって、スズキは彼女と目をあわすことさえできない。
「あの、スズキさん?どーしました?」
ちょっと、態度に出すぎたかもしれない。
バレても不思議じゃないほどに。
「荷物、持ってあげるよ!」
焦って話題を変える、けれど、その先何を話していいか、もうわからない。
頬が熱い。
彼女からの遠慮がちな視線を感じる。
「・・・」
気まずい沈黙のあと、彼女が口をひらく。
「スズキさん、って、もしかして・・・あたしのこと。」
好き、とは自分では言いにくいらしく、最後まで言わない。
自分は隠し事がうまくないから、今までだって態度にでてたかも知れない。
その上、さっきのアレじゃ、バレて当然。
別に、悪いことじゃないし正直に言ってしまおう、とスズキは思った。
もちろん、彼女には何も期待しない、自分に彼女と零の邪魔なんてできるわけもない。
ただ、隠し事はしたくないだけ。
「・・・うん。」
小さく、認め、
「でもねでもね!勘違いしないで?ちゃんとわかってるから!」
少し大きな声で慌ててまくしたてる。
それから、またトーンダウン。
「キミが好きなのは、零くんだもんね。だから応援するよ・・・せいいっぱい。邪魔しないから、友達だって、思ってくれないかな?僕のこと。」
少し寂しい気持ちで、彼女が引いていないことを祈りつつ微笑みかけてみる。
「そんな目、しないでください。あたしまで切なくなる・・・」
気遣うように微笑んだレイに、すこしホッとする。
「零さんもね、時々、そんな目をするんです。悲しそうな目。」
笑ったつもりが、どうやらうまくいっていなかったらしい。
自分が情けない。
「知ってる。・・・こんなに親しくするようになったのはキミと会ってからだけど、僕とあいつは長いんだ。何度か、そんなあいつを見たよ。」
けれどスズキも、零がなぜそんな目をするのかまでは知らず、また、しばし無言。
「・・・あたしじゃ、どうにもできないのかなって、思うんです。あの、・・・ごめんなさい、さっきみたいなことのあとで、スズキさんに、こんなこと相談しちゃって。」
ふるふると、スズキは黙って首を振る。
確かに振られてすぐに、こんな話題はキツいと言えばキツい。
でも、振られるのは最初からわかっていること。
覚悟はあったし、逆に頼ってくれることが少し嬉しい。
「いいんだ、でも、そのかわり」
スズキは今度こそ微笑むと、顔を傾けて、背の低いレイの顔を覗き込む。
レイは、少し緊張して次の言葉を待つ。
交換条件など、スズキのキャラではないが、振られてしまった代償に何を要求してくるのか、少し怖い。
「きみは、ちゃんとあいつの彼女になってあげること。・・・すごく苦労するとは、思うけど。」
苦笑するスズキに、レイは感動した。
この人、ほんとに。
「スズキさん・・・ちょーーーーいい人っ!」
レイはスズキの服の袖を、両手できゅっとつかむとアタマをくりくりと押し付けた。
「くすぐったい・・・それからね、レイちゃん」
押し付けていたアタマを離し、レイがスズキの瞳をまっすぐ捉える。
や・・・っぱりかわいー・・・、とスズキは思う。
どうしてこんな可愛くて素直なコが、零を、悪魔を好きになんてなっちゃうんだろう。
僕なら、悩ませたりしないのに、何だってきみの望むことをしてあげるのに。
「・・・・・・」
そんな思いにとらわれたスズキは、自分の話が中途半端なところで途切れているのを、たっぷり数秒間忘れ続けた。
「それから?」
沈黙に何か意味がありそうには思えなかったので、レイが促すと、彼は正気に戻る。
「あ!ごめん、そう、それから、僕を、さっき・・・振っちゃったことは、全然気にしないでね?」
途端に、わずかではあるがギクシャクした空気が漂う。
「きまずい、ね。ごめん。でも本当に、なんていうか、僕も・・・意外とそっち側の気持ち、わかるんだよ?」
「あ」
言われてレイは、改めて並んで歩く彼を意識する。
スズキは、恵まれた容姿の持ち主だ。
本人はそうは思っていないが、客観的に見た場合、レイにはちょっともったいないくらいに整った外見をしていた。
わかりやすく言えば、かっこいいガイジンのお兄さん。
逆に、レイの大好きな零はというと、亡霊もどきの不気味な大男、死神という呼び名がしっくりくる。
ただ、そんな零がレイにはキレイなお兄さんに見えるのだから、仕方ない。
タデ食う虫も好きずき、人の好みはわからないものだ。
「やっぱ、モテるんだ?スズキさん。」
そう言われると、スズキは困ったように笑い、言った。
「肝心のきみに振られちゃうんだから、なんの意味もないけどね。」
今度は、レイが苦笑する番だった。
「うぅ・・・あはは。」
「アハ。振った方も、心が痛いよね?だからって僕も平気ってわけじゃない。せめて君は、がんばってよ。可哀想な僕のために。」
可哀想な、といいながらその笑顔はもういつもの明るさをとりもどしている。
「僕と、零くんはね、本当は今のところトモダチと言うには少し遠いんだ。・・・でも、あいつがもしきみの気持ちを受け入れたら、変わることができたなら、その時には、本当のトモダチに、なれそうな気がするんだ。」
そんな日が来ることを思うと、優しい気持ちが胸にあふれた。
「なんだか、嬉しそうですね。」
見たままを、レイは口にした。
「そうだね、だってそしたらみんな幸せだもん。そうなったらいいなって、んん、そうなるように、頑張るんだ。」
スズキは自分に言い聞かせる。
「あたしも、エンリョなくがんばりますね!頼りにしていいんですよね?」
レイが笑い、答えるかわりにスズキも笑った。
見ているだけで元気になれるような、光が踊るような彼女の笑顔。
そうやって彼女が笑ってくれることが、幸せだと思えた。
叶わない想いだとしても、笑顔を贈ることはできる。
なら、それでいいと思えた。
行き先の無いこの想いが、きみの笑顔を守れるのなら。