使い魔 6 想いのゆくえ
肩の下まである金髪をした彼は、主婦の多いスーパーマーケットの店内では少し目立った。
まっすぐに野菜売り場に向かい、これといって特徴のない若い主婦に近づいていく。
長身に金髪、整った顔立ちの彼と、どこにでもいそうな主婦が並んで立つ様子は少しアンバランスだったが、彼はその主婦に用があるのだ。
女の子のようなさくら色の唇が開く。
「ねえ、今日は何て呼べばいいの?」
その主婦は、見た目どおりの存在ではなかった。
話しかけたほうの男もまた、ただの男ではない。
彼の名はスズキ。
二人共、人の心が生んだ魔物が、人の姿を借りた存在だった。
「好きに呼べばいい。」
主婦はぶっきらぼうに答える。
この主婦、本来の姿はいつも黒ずくめの大男。
「あっそ、何してるの?零くん。」
にこにこと、スズキは小学生が遊び友達にそうするように話しかけた。
「買い物。普段の俺だと悪目立ちする。」
「・・・そうだねえ」
あはは、とスズキは愛想程度に笑った。
「おまえは何しに来たんだ。」
主婦が、主婦らしくない目つきでスズキを見た。
「んー、注意したいことがあって。」
主婦の姿をした零の顔が、やや不機嫌そうにゆがんだ。
見逃さず、スズキはそれに反応する。
「レイのやつぅ、って顔だね。違うよ。僕がおせっかいなだけ。だから彼女に口止めするのはよしなよ?」
確かにスズキの度重なる干渉にウンザリして、昨日口止めしたばかりなのだが、これでは意味がない。
零は舌打ちし、スズキはそんな零に、仕方ないなあといった顔をしている。
レイ、というのは零を使役する(本人に自覚はないらしい)女主人で、まだ若く、零に恋心を抱いていた。
そして、そのレイに恋をしているのがこのスズキであり、自らの思いは叶わずともせめて彼女を幸せに、と奮闘中なのだ。
が、当の零はレイに興味などなく、レイの想いも、スズキの口出しも、ただただ、わずらわしい。
以前、零はスズキの前に時々姿を現して、彼のすることに口出しをし、考え全てを否定し、困らせては楽しんでいたので、今はそのしっぺ返しを喰らっているようなものなのだが、零には、おあいこ、だの因果応報、などという感覚はなかった。
何度もこの「注意」は受けていたが、零がそれを守ったことなどない。
なかったからこそ、今回またこうしてやってきたのだ。
「あのさあ、キミ僕が言ったことすこっしも解ってくれてないでしょ。」
呆れたようなその言葉に、零は答えず、ただ眉根を寄せて不機嫌に目を細くした。
「何とかいいなよ」
と、スズキ。
「お前にとやかく言われる筋合いはない」
と、零。
「まあたそんな憎まれ口をぉ!」
少々興奮してスズキの声が大きくなりかけるが、周りの視線に気付き、音量を絞る。
「使い魔なんだから、主が快適に過ごせるよう気を使えよ!キミがちゃんとしないから僕が口を出すんだよ!」
「・・・ふふ、お前、今俺達が周りからどう見えてるか、わかるか?夫婦喧嘩、と思ってるヤツもいるようだ。」
零は、文字通り周りの空気を読むと、スズキにそう告げた。
彼らは、そうしようと思えば人の心が読める。
聞いたスズキのほうは、話をすりかえられていることに気付かず、あからさまに不快を顔に出す。
「だれがキミなんかと!」
「レイなら良かったのにな?」
すかさず零がスズキの弱いところを攻めた。
にたにたと、いやらしい笑いを浮かべながら。
「・・・・・そんなの、ありえ、ないし。」
一気にトーンダウンすると、スズキは目をそらす。
「ふふふ、わからんぞ?くくくく。」
押し殺して、けれど遠慮なく笑う零。
「笑いすぎだし今それカンケーなくない?!」
愉快だったのでつい調子に乗って攻めた零は、話をそらすことに失敗してしまったようだった。
青と緑の混じった眼が、恨むような暗い目つきで零をにらんでいた。
「とにかく、ちゃんと彼女の見てる前で睡眠をとる、彼女とゴハンを食べる、仕事はまっとうなのに変える、お子様ランチみたいな夕食メニューを改善すること!わかったぁ?!」
どれもこれも他愛のないことだが、レイが零に要求することは、だいたい彼自身を案じてのことだった。
夕食のメニューについては例外で、子ども扱いされていると感じたために改善を要求したもの。
「はいはいはいはいはいはいはいはい。ぅるせえな。」
「うるさくても何でもいいから、キチンとしてよね!それじゃ。」
言いたいことを言うと、スズキはきびすを返した。
(続)