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猫に買われる人間がいるらしい

 中学校の帰り道、僕は一匹の白い猫を見つけた。


「にゃ~ん」


 猫は人懐っこく足元に擦り寄ると、僕を見上げた。

 たまらずしゃがみこんで猫を撫でると、猫はうにゃうにゃと甘えるようにお腹をだして寝転がるので、僕はそのフワフワなお腹をわしゃわしゃとした。


「マジで可愛いなお前。いや、ほんと可愛い。なんで猫ってこんなに可愛いんだ」


 無言で猫撫でマシーンと化していると、しばらくして猫は満足したのか立ち上がって歩き出した。

 しかし、猫はすぐに立ち止まると僕の方を振り返り、「にゃっにゃっ」と急かすように鳴いた。


「ついて来いって?」

「にゃん」


 僕が歩き出すと、猫も僕を先導するようにテクテクと歩いていく。

 そして、猫のぷりぷりおちりを見つめながら歩くこと数分、僕はいつの間にか深い森の中にいた。


「……は?」


 見渡す限りの木、木、木。

 膝まで伸びた雑草に人の手の入った痕跡はなく、振り返っても普段使っている通学路は見えない。

 たかだか数分歩いただけで市街地を抜けていた。

 そんなことありえるのだろうか。


「ニンゲンだ! 捕まえろ!」


 僕の混乱をよそに、突然木々の間から飛び出してきたのはなんと猫だった。

 いや、猫というには不自然だ。

 二足歩行で背筋がしゃんとして僕より大きくて、服やら鎧やらを着ている。

 そして、なにより人語を喋る。


「え、え、え?」


 そうこうしている間にもたくさんの猫や犬、ウサギなんかがぞろぞろと出てきて取り囲まれる。

 よく見ると立った動物そのままというより、手足が発達していて獣人という言葉のほうが適切なような気がする。


「か、かわいい……じゃなくて、なにこれ!?」

「かかれー!!」

「あべし!」


 そうして、僕は捕まった。

 どうやらそいつらの正体はヒト狩りだったようで、あれよあれよという間に僕は商館に売り飛ばされ、奴隷として檻の中で三角座りをしているのでした。








「はぁ、このまま死ぬのかな僕」


 なんて深刻ぶるのは趣味じゃないが、どうにも出来ることがなくて檻の中で仰向けに横たわる。


「おい、お前! 商品なんだから愛想良く立ってろ!」


 見張りの灰色の犬獣人さんは尻尾を不機嫌そうにフリフリしながら僕を怒鳴るが、そんな姿すら愛くるしいのだから状況に張り合いがない。


「うーん、キミを撫でさせてくれたらいいよ」

「フザケルナ! どうして奴隷にそんなことをされなきゃいかん!」

「ふーん、後悔しても知らないよ。僕のテクニックは地元のわんにゃんをいつも骨抜きにしてたんだから」

「テクニック……骨抜きだと……?」

「見てごらん、僕のこの細かな指がキミの頭やあごやお腹をサワサワするんだ」

「サワサワされる……うう」


 見張りの犬獣人がくねくねしながら、悩ましそうに僕の手の方に頭を寄せてくるので、立ち上がって檻の隙間から手を伸ばして頭を撫でてあげる。


「よしよし、いい子だねぇ」

「くぅん……」

「いい子いい子、お仕事頑張って偉いねぇ」

「お、おかあちゃん……故郷に帰りてぇよ……」


 撫でていると、犬獣人さんが赤ちゃん返りしだしたので手を放す。


「はい、おしまい」

「そ、そんなぁ」

「これ以上してほしいんだったら、お手しなよ」

「お手だとっ、キサマ!」


 僕が手のひらを上にして手を伸ばすと、犬獣人さんはその場でくるくると回ってから悔しそうに手を伸ばしてくるので、にやにやしながらその姿を眺めていると、テシテシと奥の方から二人、いや二匹分の足音が近づいてくる。


「む? 何をしているんだ?」

「は!? いえ、なんでもありません!」


 見れば高価そうなタキシードとシルクハットを被ったいかにも貴族然とした黒猫獣人の紳士と、その隣にドレス姿の白猫の獣人がいた。


「娘の身の回りの世話をさせる奴隷を探している、なにか良いのはあるか?」


 紳士猫獣人はそう言うと、見張りの犬獣人を連れて奥の牢の方に行ってしまった。

 娘の白猫獣人は入り口付近で放置されてつまらなそうにこちらの牢を眺めていたが、ふと彼女と目が合った。

 綺麗な美猫だったので僕はにっこりと笑って手を振ってみたが、白猫ちゃんはぼんやりとしていて反応が返ってこない。


「おーい、そこのカワイ子ちゃん聞いてる? 聞こえてたらキミの肉球触らせてくれないかな?」


 だが、返事が返ってこない。

 仕方なく僕は着ていた服のほつれていた部分を引っ張って引きちぎると、檻から手を出して細長い布切れをひらひらと彼女の視線に合わせるように揺らした。

 すると、白猫ちゃんは布切れに気づいたのか、その可愛らしいおててをひらひらと動きに合わせて空に振った。


「こっちだよー」


 僕が頭上で布切れをひらひらと揺らす度に、白猫ちゃんは頭を揺らしながらふらふらとこちらの檻に近づいてくる。


「にゃっ! にゃっ!」

「はい、つかまえた」


 白猫ちゃんが布切れに手を出す瞬間に僕もまたもう片方の手で白猫ちゃんの手を掴んで、すかさず肉球チェック。


「ふぎゃ!」

「ピンクの肉球がぷにぷにしてる……」


 ツヤツヤしてるのに張りがあって、いつまでも触っていたくなる揉み心地。 

 次に肉球を軽く押し込んで爪を出してみるとこれまた綺麗に手入れされていて、タフトの処理まで抜かりがない。

 それに指先で触れるさらさらとした白い体毛が暖かくて触っているだけで癒される。


「この肉球は100点中120点です」

「?????」

「あの、できれば次は足とか尻尾とか触らせてほしいんですが」


 顔を上げて正面の白猫ちゃんに目を向けると、彼女は僕より頭一つ分小さくて抱きしめたくなるサイズ感だった。


「……あなた、わたしのことが怖くないの?」

「どうして? こんなに可愛いくて愛らしいのに」

「……そう?」

「そうだよ」


 上目遣いの白猫ちゃんが照れて目をそらすのが可愛くて発狂しそうだった。


「あなた、名前なんていうの?」

「僕? 僕の名前はヒナタ。キミの名前は?」

「……ネージュ」

「名前まで可愛いんだね」


 僕がそう言うと、ネージュの耳と尻尾はピンと立ち上がり、握ったままの手のひらにじんわりと熱を感じる。

 照れてるのかな?

 かわいい。


「もし、よろしければお尻を触ら──」

「ネージュ、そのニンゲンが気に入ったのか?」

「はい、お父様」


 おおっと!!

 いつの間にか猫紳士が奴隷の品定めを終えて帰ってきていた。


「ネージュがこんなに反応を示すとは……それにこんなにも友好的なニンゲンは珍しい……」


 猫紳士はブツブツと独り言をしてから、僕の方を振り向くと言った。


「ニンゲンは手先が器用だと聞く。君にはネージュの世話係をしてもらいたいのだが」

「世話係ですか? それは具体的に何をするのでしょうか?」

「掃除、洗濯、それからネージュの水浴び、毛繕いの手伝いなんかもしてもらうことになるな」

「み、水浴びですか? 自分こう見えても一応男なんですけど」

「それがどうした?」

「いや、気にならないならいいですけど……」


 あれか、人間が猫のオスメスをあんまり気にしてないのと同じか?

 それならわからなくもないが。


「では、このニンゲンの代金はここに」

「へい、ちょうど受け取りました。おい、出てこいニンゲン」


 檻の鍵が開かれ、僕は数日のぶりのシャバの空気を吸うこととなったわけだ。

 といっても僕はまだ奴隷の身分だけど。


「短い付き合いだったけど、犬のお兄さんも元気でね」

「けっ、お前の方こそ捨てられるんじゃねぇぞ」


 さて、こうして僕は猫獣人に買われてしまったというわけですが。


「……これであなたはわたしのモノだから」


 しゅるしゅると手首に巻き付くふわふわの尻尾の感触に、僕はこれからの異世界生活が素晴らしいものになることを確信するのだった。

続きます

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