何でも取り替えたがる妹
私の妹は、何でも欲しがる。
特に、私のものを。
それは、いつからだっただろうか。
──ああ、あの時だ。
妹が、七歳になった年。
三つ上の私が、十歳になった年。
この国では、七歳になると、誰であろうと洗礼の儀式を受ける。
例外は、他国の人間。
この国に属する人間でなければ、儀式は受けられない。仮に受けても、何の意味もなく終わる。
神より与えられし力──スキルに、目覚めることはない。
それについては他国もまた同じ──なのだが。
受ける年齢が違ったり、誰でも受けることができるわけではなかったり、儀式そのものが一種の試練だったりする。
多種多様。
だけど、スキルに目覚めるための儀式がここまで簡単で人を選ばないのは、この国くらいのものらしい。
それはつまり、それほどこの国が神に気に入られているということなのだろうか。
妹は、意気揚々と儀式にのぞみ。
──目覚めた己のスキルに、愕然とした。
妹のスキル、それは『お願い』というものだった。
聞いたこともない、前例のないスキル。
妹は泣きわめいた。
『どうしてこんなスキルが』
『こんなのいらない』
『素敵なスキルに目覚めるはずだったのに』
しまいには、狂乱のあまり、私に掴みかかった。
『なんで、なんでなの』
『お姉ちゃんが『聖性』のスキルなのに、なんで私がこんな』
『どうしてお姉ちゃんばかり』
『エリック様だって、なんでお姉ちゃんのほうなの』
『おかしいおかしいおかしい』
エリック様、というのは私の許嫁だ。
この国の第三王子。
伯爵家の長女である私に『聖性』のスキルが目覚めた年の内に、婚約が決まったのだった。
周りの大人たちに、引き剥がされる妹。
妹は、すがるように、天を仰いだ。
『神様、ああ神様。こんなの間違いなの。どうか、どうか私と──』
泣きながら、虚空に向かって手を伸ばし、最後まで聞き取れなかったが何かを訴えかけていた妹。
むなしく、あわれな神頼みが、儀式の間の空気に溶け込み、消えていった。
騒然となったあの儀式から、数年。
妹は、あの大騒ぎが何かの間違いだったかのように、可憐に、美しく成長した。
それにひきかえ、私はそこそこ整った容姿止まり。
伯爵家において、その頃の私は日陰の身となっていた。
それは、見た目のせい──ではない。
妹によって。
妹のスキルによって、私の持っていたものや、これから与えられるはずだったものは、奪われた。
いや。
取り替えられたというべきか。
他者に『お願い』することで、その者と自分のものを望むがままに交換できる。
それが、妹のスキルの真価だった。
始まりは、ささいなきっかけ。
妹が、私の持っていたペンダントが欲しいと、駄々をこねたときだった。
私が五歳のころ、母から頂いた大事なペンダント。
気がついた時には、私は、ただのガラス玉とそれを交換していた。
それに気がつけたのは、私の持つスキルの効果なのだろう。
聖なる力が、かろうじて気づかせたのだ。
私以外の、他の人々は、誰一人としてその事実を理解することができなかった。
何を取り替えられようと、まるで最初からそうだったかのように、妹の要求を黙って飲むばかり。
妹は、特に、私のものを好んで交換した。
衣服や持ち物だけでなく、目や鼻の形、友人、周りの人間からの親しみや愛情すらも交換されて、次第に私は冷遇されていった。
抗議しても無駄なこと。
交換したなどという事実すら誰も覚えていないのだから。
逆に、私の頭や心の正常さを疑われる始末。
どうすることもできなかった。
それでも、エリック様との婚約だけは、妹も有効な手を打てなかった。
なにせ、婚約の最大の理由は、私が『聖性』のスキルを有していることにある。
今のこの国では、私しか有している者がいないスキル。
もし、それを取り替えようものなら、今度は私が『お願い』のスキルを持つことになるのだ。
そうなれば、どうなるか。
私に、これまで自分がやってきたことを、やり返されるかもしれない。
それを恐れ、妹は歯がゆい思いをしながら、せめてもの憂さ晴らしに、私をこんな目に合わせていたのだろう。
私が針のむしろに座らされ続ける人生を送り続け、さらに何年も経過した頃。
王国に、ある危機が到来した。
隣国との戦争に破れたのだ。
幸い、致命的な敗北は、まぬがれた。
さらに隣国としても、無視できないほどの戦力消耗をしており、これ以上我が国に侵攻するかどうか、悩ましいところだった。
結局、数度の交渉のすえ。
両国は休戦となった。
しかし、隣国は、優勢な立場を利用して、ある条件を突きつけてきた。
その条件とは、領土の割譲か、もしくは『聖性』のスキル持ちを差し出すこと。
前者については驚くことはない。
戦争というものは、主に他国の土地及び、そこにある資源や生き物、住民が目当てでやるものなのだから。
驚かせたのは、後者についてだ。
どうも、隣国は北の荒廃した大地からやってくる魔物の被害が、年々じわじわ増えていて、まだ傷が浅いうちに、国をあげて対処することにしたのだとか。
そのため、大規模な結界を張るという計画を開始し、その手のスキル持ちを集めているのだという。
つまり、ここまで言えばもうお分かりだろうが。
私は、隣国に、人身御供として差し出されることとなった。
一生、魔物の被害を抑えるためだけに。
貴重なスキル持ちをほぼ無償で差し出すことに、難色を示す者もいた。
しかしやはり、領土に比べたら安いものだ。
聖なる力があるとはいえ、魔物の被害や、悪しき災いなどもほとんど無きに等しいこの国では、それが活用されることはない。
宝物のようなものだ。
価値はあるが、利用価値はない。
国の土地か、国の宝。
どちらか一つ差し出して戦争が終わるのなら、誰でも宝を選ぶだろう。しかも、今後また、その宝を持つ者がこの国に現れないこともないのだから。
エリック様との婚約は、当然ながら破棄。
代わりに、信じられないことに、繰り上げで妹がエリック様と婚約した。
伯爵家──つまり私の家族からしてみれば、このことは、願ったりかなったりの出来事だったろう。
国のため、実の娘を差し出したわけだから、王家にとって大きな貸しを作ったようなものだ。
それも、どうでもいい方の娘を。
エリック様と、妹が婚約したのも、その貸しによるものが理由だったに違いあるまい。
妹は、ここぞとばかりに、勝ち誇った。
これまで積もりに積もったうっぷんを晴らすべく、まくしたてた。
『──ようやく、正しく収まったのね』
『一方に傾くのではなく、釣り合いが取れているのが、本来あるべき婚約の形だもの』
『みんな喜んでたわ』
『祝福してくれた』
『神様はやっぱり見てるのね』
『私、姉さんの分まで幸せになるわ。姉さんは、せいぜいそちらで必死に頑張ってね。ずっと応援してるから』
──そして。
その日は目前に迫りつつあった。
私を連れ去る、隣国の使者が来る日が。
まあ、それはそれでいいかもしれない。
この国にいたところで、永遠に妹から何かを理不尽に取り替えさせられるだけの人生だ。
向こうでは、毎日毎日酷使させられるかもしれないが、真面目に役割をこなしていれば、周りもやがて優しく接してくれるかもしれない。
そうでも思わないと、やってられない。
私は、これまでの人生を振り返りつつ、不安に押し潰されそうになっていた。
『……ああ、そうだった』
『私としたことが、うっかり忘れていた。悪いことをしてしまった』
『……えぇと、確か……』
『姉と自分とを、なにもかも取り替えてほしいと……あの人間の娘は、私にそんなことを願っていたはずだ……』
『……よかろう』
──隣国の王都に、伯爵家の次女を乗せた馬車が到着したのは……それから二十日後のことだった。
家族や国に捨てられたのが、よほどの絶望だったのか。
その女性は、気が触れていたという。




