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何でも取り替えたがる妹

掲載日:2026/06/06

 私の妹は、何でも欲しがる。

 特に、私のものを。


 それは、いつからだっただろうか。



 ──ああ、あの時だ。



 妹が、七歳になった年。

 三つ上の私が、十歳になった年。


 この国では、七歳になると、誰であろうと洗礼の儀式を受ける。

 例外は、他国の人間。

 この国に属する人間でなければ、儀式は受けられない。仮に受けても、何の意味もなく終わる。

 神より与えられし力──スキルに、目覚めることはない。


 それについては他国もまた同じ──なのだが。

 受ける年齢が違ったり、誰でも受けることができるわけではなかったり、儀式そのものが一種の試練だったりする。

 多種多様。

 だけど、スキルに目覚めるための儀式がここまで簡単で人を選ばないのは、この国くらいのものらしい。


 それはつまり、それほどこの国が神に気に入られているということなのだろうか。



 妹は、意気揚々と儀式にのぞみ。



 ──目覚めた己のスキルに、愕然とした。



 妹のスキル、それは『お願い』というものだった。

 聞いたこともない、前例のないスキル。


 妹は泣きわめいた。


『どうしてこんなスキルが』

『こんなのいらない』

『素敵なスキルに目覚めるはずだったのに』


 しまいには、狂乱のあまり、私に掴みかかった。


『なんで、なんでなの』

『お姉ちゃんが『聖性』のスキルなのに、なんで私がこんな』

『どうしてお姉ちゃんばかり』

『エリック様だって、なんでお姉ちゃんのほうなの』

『おかしいおかしいおかしい』


 エリック様、というのは私の許嫁だ。

 この国の第三王子。

 伯爵家の長女である私に『聖性』のスキルが目覚めた年の内に、婚約が決まったのだった。


 周りの大人たちに、引き剥がされる妹。


 妹は、すがるように、天を仰いだ。



『神様、ああ神様。こんなの間違いなの。どうか、どうか私と──』



 泣きながら、虚空に向かって手を伸ばし、最後まで聞き取れなかったが何かを訴えかけていた妹。

 むなしく、あわれな神頼みが、儀式の間の空気に溶け込み、消えていった。





 騒然となったあの儀式から、数年。


 妹は、あの大騒ぎが何かの間違いだったかのように、可憐に、美しく成長した。

 それにひきかえ、私はそこそこ整った容姿止まり。


 伯爵家において、その頃の私は日陰の身となっていた。

 それは、見た目のせい──ではない。


 妹によって。


 妹のスキルによって、私の持っていたものや、これから与えられるはずだったものは、奪われた。

 いや。

 取り替えられたというべきか。



 他者に『お願い』することで、その者と自分のものを望むがままに交換できる。


 それが、妹のスキルの真価だった。


 始まりは、ささいなきっかけ。

 妹が、私の持っていたペンダントが欲しいと、駄々をこねたときだった。

 私が五歳のころ、母から頂いた大事なペンダント。


 気がついた時には、私は、ただのガラス玉とそれを交換していた。


 それに気がつけたのは、私の持つスキルの効果なのだろう。

 聖なる力が、かろうじて気づかせたのだ。


 私以外の、他の人々は、誰一人としてその事実を理解することができなかった。

 何を取り替えられようと、まるで最初からそうだったかのように、妹の要求を黙って飲むばかり。


 妹は、特に、私のものを好んで交換した。

 衣服や持ち物だけでなく、目や鼻の形、友人、周りの人間からの親しみや愛情すらも交換されて、次第に私は冷遇されていった。


 抗議しても無駄なこと。

 交換したなどという事実すら誰も覚えていないのだから。

 逆に、私の頭や心の正常さを疑われる始末。


 どうすることもできなかった。



 それでも、エリック様との婚約だけは、妹も有効な手を打てなかった。


 なにせ、婚約の最大の理由は、私が『聖性』のスキルを有していることにある。

 今のこの国では、私しか有している者がいないスキル。

 もし、それを取り替えようものなら、今度は私が『お願い』のスキルを持つことになるのだ。


 そうなれば、どうなるか。


 私に、これまで自分がやってきたことを、やり返されるかもしれない。

 それを恐れ、妹は歯がゆい思いをしながら、せめてもの憂さ晴らしに、私をこんな目に合わせていたのだろう。





 私が針のむしろに座らされ続ける人生を送り続け、さらに何年も経過した頃。

 王国に、ある危機が到来した。



 隣国との戦争に破れたのだ。



 幸い、致命的な敗北は、まぬがれた。

 さらに隣国としても、無視できないほどの戦力消耗をしており、これ以上我が国に侵攻するかどうか、悩ましいところだった。


 結局、数度の交渉のすえ。

 両国は休戦となった。


 しかし、隣国は、優勢な立場を利用して、ある条件を突きつけてきた。


 その条件とは、領土の割譲か、もしくは『聖性』のスキル持ちを差し出すこと。


 前者については驚くことはない。

 戦争というものは、主に他国の土地及び、そこにある資源や生き物、住民が目当てでやるものなのだから。


 驚かせたのは、後者についてだ。


 どうも、隣国は北の荒廃した大地からやってくる魔物の被害が、年々じわじわ増えていて、まだ傷が浅いうちに、国をあげて対処することにしたのだとか。

 そのため、大規模な結界を張るという計画を開始し、その手のスキル持ちを集めているのだという。


 つまり、ここまで言えばもうお分かりだろうが。



 私は、隣国に、人身御供として差し出されることとなった。

 一生、魔物の被害を抑えるためだけに。


 貴重なスキル持ちをほぼ無償で差し出すことに、難色を示す者もいた。

 しかしやはり、領土に比べたら安いものだ。

 聖なる力があるとはいえ、魔物の被害や、悪しき災いなどもほとんど無きに等しいこの国では、それが活用されることはない。


 宝物のようなものだ。

 価値はあるが、利用価値はない。


 国の土地か、国の宝。

 どちらか一つ差し出して戦争が終わるのなら、誰でも宝を選ぶだろう。しかも、今後また、その宝を持つ者がこの国に現れないこともないのだから。



 エリック様との婚約は、当然ながら破棄。

 代わりに、信じられないことに、繰り上げで妹がエリック様と婚約した。


 伯爵家──つまり私の家族からしてみれば、このことは、願ったりかなったりの出来事だったろう。

 国のため、実の娘を差し出したわけだから、王家にとって大きな貸しを作ったようなものだ。

 それも、どうでもいい方の娘を。


 エリック様と、妹が婚約したのも、その貸しによるものが理由だったに違いあるまい。


 妹は、ここぞとばかりに、勝ち誇った。

 これまで積もりに積もったうっぷんを晴らすべく、まくしたてた。


『──ようやく、正しく収まったのね』

『一方に傾くのではなく、釣り合いが取れているのが、本来あるべき婚約の形だもの』

『みんな喜んでたわ』

『祝福してくれた』

『神様はやっぱり見てるのね』

『私、姉さんの分まで幸せになるわ。姉さんは、せいぜいそちらで必死に頑張ってね。ずっと応援してるから』



 ──そして。


 その日は目前に迫りつつあった。

 私を連れ去る、隣国の使者が来る日が。


 まあ、それはそれでいいかもしれない。


 この国にいたところで、永遠に妹から何かを理不尽に取り替えさせられるだけの人生だ。

 向こうでは、毎日毎日酷使させられるかもしれないが、真面目に役割をこなしていれば、周りもやがて優しく接してくれるかもしれない。

 そうでも思わないと、やってられない。


 私は、これまでの人生を振り返りつつ、不安に押し潰されそうになっていた。









『……ああ、そうだった』

『私としたことが、うっかり忘れていた。悪いことをしてしまった』

『……えぇと、確か……』

『姉と自分とを、なにもかも取り替えてほしいと……あの人間の娘は、私にそんなことを願っていたはずだ……』


『……よかろう』









 ──隣国の王都に、伯爵家の次女を乗せた馬車が到着したのは……それから二十日後のことだった。


 家族や国に捨てられたのが、よほどの絶望だったのか。

 その女性は、気が触れていたという。

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