小さな村
野を超え山を越え、1日ほど歩くと村らしきものが見えてきた。
「ふーちゃんが言ってたのってあそこ?」
「そだよ!」
視界の先に、小さな集落が見えた。
よし、これでようやく風呂に入れる。
俺はガッツポーズをした。
この世界に来てからずっと、俺は風呂に入れていない。これは日本人なら耐えられないことだ。
「ふーちゃん、俺はいますごく嬉しいぞ」
「拓斗が嬉しいなら、私も嬉しい!」
ずっと一緒にいるおかげで、ふーちゃんのことは何となく分かった。
1つ目はとにかくめっちゃ強い。どんな生き物が目の前に現れても、たいていすぐ炭にできる。
2つ目は肉ならなんでも食べる。焼けていようが生だろうが関係ない。
3つ目は無邪気でかわいいけど、かなりアホということだ。
ちなみに年齢は知らない。本人に聞いても元気よく「分かんない!」としか言われなかった。
そんなこんなで俺たちは、目的であった村に到着した。
久しぶりに見るふーちゃん以外の人に、人工物。俺の中の人としてのなにかが歓喜を上げている。
……が、なんかこの村全体的にボロくないかな。村人に活気もないし。
「ねえふーちゃん。この世界の人達って、基本がこれなの?」
どうかそうでないことを願う。
痩せこけた人と怪我をした人しかいない。しかも……俺と同じくらいの男の数がめっちゃ少ない。
「うーん……私、あんまり人と関わらないからそういうの分かんない」
なんとなくそうだと思ってた。
それにしても、村人たちからの視線が妙に刺さる。俺はすでに何かをやらかしてしまったのだろうか。
考え込んでいると、1人の老人がこちらに向かって歩いてきた。
他の村人同様、痩せていて怪我をしている。
老人は俺に対して、何かを言っているが何を言っているのかさっぱり分からない。
「……ねえふーちゃん。ふーちゃんはこの人が何言ってるのか分かる?」
「分かるよ? 拓斗も分かるはず……あ!」
ふーちゃんは何かを思い出したのか手を叩き、俺の手を引き村から離れていった。
やはり、この村は何かおかしかったりするのだろうか。
「拓斗、そこに立ってて」
村の入り口から10数メートル離れた位置で、俺は立たされた。村の中からは、先ほどの老人含む数人がこちらを見ている。
俺がその人たちと目を合わせ、目をぱちくりさせていると……視界が赤に染まった。
「え、は!? あっつ! ……くない?」
俺は今、確実に炎に包まれている。それなのに全く熱くない。……ふーちゃんか。
ふーちゃんなら、俺に何か悪影響のあることはしないという信頼がある。だからここは、待ちだ。
それから1分ほど経つと、俺の周りにあった炎は消えてなくなった。
「多分これであの人たちが何言ってるか分かると思うよ?」
なぜに疑問形なんだふーちゃん。
一応体に異常がないことを確認して、俺は再び村へ向かった。
「い、今のはいったいなんだったんですか!」
到着して早々、老人にガン詰めされた。
何を言ってるのか分かるぞ……!
……で、なんて説明しよう。
「今のは私の炎!」
隣で元気よく、ふーちゃんが返事をした。
視線は一斉にそちらに向く。
そしてどこか誇らしげなふーちゃん。
「もしかして、あなたたちは冒険者ですか?」
老人は縋るような目で俺たちを見てくる。
まるで捨てられた猫だ。
「申し訳ないのですが、俺たちはその冒険者? ではないです」
「そう、でしたか……でしたらどうしてこのような辺鄙な場所に」
たまたま一番近くにあったのがここだったから、なんて言えないよなあ……。
「私がここまで連れてきたの! 偉いでしょ!」
またも胸を張るふーちゃん。
いい子だから今はちょっと静かにしててほしい。
ほら、なんかすごい期待の眼差しで見られてるじゃん。
「えっとー。実はですね、俺たち今日1日泊めてくれるところを探してまして」
あとできたら風呂に入りたいです。
村人たちは顔を見合わせる。
この流れで部外者お断りとかあるのだろうか。
「私が案内します。着いてきてください」
意見がまとまったらしく、老人が1歩前に出た。
どうやらこの老人はこの村の村長らしく、移動中に今の村の状況について教えてくれた。
数年前に近くの山に魔物が住み着くようになり、家畜や村人は襲われ、作物も荒らされている。冒険者に依頼をしたいがそんな金も村には残っていないとのこと。
なんとも心の痛む話だと思う。
でも1つ気になることがあるんだよな。その魔物の住み着いた山っていうのが、今しがた俺とふーちゃんが抜けてきたとこなんだよな。
「ふーちゃん的にはどう思う?」
「……?」
ずっと上の空だったふーちゃんは、予想通り話の内容をなにも理解していない様子。
「こちらをお使いください」
俺達には、他の建物よりかは少しばかりマシに見える場所が用意された。
この際贅沢は言ってられまい。雨風凌げるだけマシってもんよ。
中に入ると、俺とふーちゃんはさっそく腰を下ろした。
今まで2日で溜まっていた疲労は、思っていた以上のものらしい。少し腰を据えただけで眠気が襲ってきて、俺はそのまま眠ってしまった。
次に俺が目を覚ましたのは、夜になってからだった。
「拓斗―お腹減ったー」
寝っ転がったままの俺を、ふーちゃんが揺する。
「そう言われてもなー。今この村、食べるものないらしいよ」
「えっ!?」
ふーちゃんは見たこともない顔で絶望した。
「じゃあ私、どうしたらいいの……?」
もはや泣きそうになっている。
俺は起き上がった。
「今までみたいに、近くで動物とか狩ってきたらいいんじゃない?」
「……たしかに!」
相当腹が減っていたのか。ふーちゃんは「行ってくる!」と言い残し、腹の虫を鳴らしながら外に出ていった。
それと入れ違いになるように、村長さんが中に入ってきた。
「1人で行かせてしまってよかったんですか?」
「ええ、まああの子はちょっと特殊なんで」
「特殊……ああたしかに」
昼間のことを思い出したのか、村長さんは苦笑した。
「本日はわざわざお越しいただいたのに、何のもてなしも出来ずに申し訳ありません」
村長さんは頭を下げた。
「いえいえ! いきなり来たのは俺たちなんで! むしろ、こうして寝る場所を用意していただけただけでもありがたいですよ」
俺は村長さんの近くまで行って、頭を上げてもらった。
そこから俺は、外から村人の悲鳴が聞こえてくるまで、旅人という体で村長さんにこの世界について色々な話を聞いた。
「拓斗―ただいまー」
悲鳴とは対照的に、のんきな声でふーちゃんがドアを開けて入ってくる。
「村長大変です!」
ふーちゃんの後ろから、若い女性が顔を覗かせる。
「どうしたメルデ。ここには来るなと言っただろ」
「分かってます! だけどこれ!」
メルデと呼ばれた女性は、外を指差している。
村長さん改め、ヘルファさんと顔を見合わせ、その先に何があるのかを確認に向かった。
俺は何となく察してはいたが、そこにあったのはでかくて丸焦げになったなにかだった。
「ふーちゃん、これなに?」
「分かんないけど、なんかいたから捕まえてきた!」
捕まえてきたで丸焦げにするやつがどこにいんだよ……。
「あの、拓斗さん……」
「……なんでしょう」
ゆっくりと、俺はヘルファさんに向き直る。
「これを獲ってきたのは、その子……なんですか?」
「ええ、まあはい。そうですね」
俺にはこの焦げたやつが何者なのかは知らないが、周囲から驚愕の声が聞こえてくることからして、相当強力な存在なのだろう。
「拓斗さん! 不躾ながら、あなたに折り入って頼みがあるのです!」
俺の方を力強く掴んでくるヘルファさん。
あなたどこにこんな力あったんですか。
「な、なんでしょうか」
「あの山にいる魔物を、どうか討伐してきてほしいのです!」
そう言われると思ってたよ。
でも、ふーちゃんがどれだけ強くても、危ないところには行かせたくない。もしかしたら、あの山にいる存在は、ふーちゃん以上に強いかもしれない。
「報酬なら、用意できるものであればなんでも用意します!」
……なんでも? 今この人、なんでもって言ったか?
「拓斗―食べないのー?」
焦げた部分を千切って、差し出してくるふーちゃん
俺はそれを受け取り、一口かじる……まっず。
……だがそんなことはどうでもいい。今1番大切なのは、ヘルファさんの先ほどの発言だ。
「ヘルファさん。報酬は風呂でお願いします」




