ならば旅でもしようか
久我拓斗。24歳。
高校卒業と同時にアホな両親の借金を押しつけられ、苦労しながら返済した結果過労でお陀仏。
今にして思えばなんて空しい人生だろうか。
……あんな親のくせに、高校まではいかせてもらえただけましだったのかもしれない。
そしてそんな俺は今……平原のど真ん中に横になっている。
どうしてかって?
俺が知りたい。
俺がここにいる理由、誰か教えてくれないかな。
それにしても陽が温かくて、今なら気持ちよく眠れそうだな。
いや俺何で平原にいんだよほんと!
俺は勢いよく体を起こした。
草。草。草。
どこを見ても草しかない。
生きてんのか死んでんのかも曖昧なのに、どうしてこんな変なことに……。
ため息をついてボケーッとしていると、遠くから人影らしきものが近づいてきた。
「ようやく起きたか! 人間!」
15歳くらいの少女が、ニカッと歯を見せながら俺の顔を覗き込んでくる。
若い子の笑顔、眩しい。
「ほら早く起きて! どっか行こう!」
その子は俺の手を掴むと、ぐいぐいと引っ張る。
最初はかわいいなーくらいに思って眺めていると、この子のおかしなところに気が付く。
俺のことを見つめる大きな目も、腰まで伸びた艶のある髪も、風に靡いているワンピースも。そのどれもが赤くて、朱くて、紅い。
俺がそのことを不思議に思っていると、少女はしびれを切らしたのか頬を膨らませ、力いっぱい俺のことを引っ張った。
どれだけ頑張っても女の子が大人に力で叶うわけないのに。そう思って微笑むと……俺の身体は少女の元へ引き寄せられていた。
はい、事案発生。
俺、アウト。
すぐには何が起きたのか理解できず、俺はとりあえず頭上に見える少女の顔を見た。
目が合うと、少女は嬉しそうにまたも歯を見せて笑った。俺は引き攣りながら笑い返した。
「そのー、どちら様で?」
俺が聞くと、少女は首を傾げた。……いやなんでだよ!
「いやだからさ、君の名前とかさ?」
もう俺の声は震えていた。
全身から血の気も引いている。
少女は少し思案顔になり空を見る。
考えるのはいいんだけどさ、放してくれないかな。ほんとお願いだから。
いい感じに抜け出せないかと体をねじったりしてみても、一向に抜けられる気がしない。
どうなってんのこれ……。
「私ね、不死鳥!」
「ふし、不死鳥……?」
俺は理解した。
この子はきっと頭があれな子なんだ。
「なるほどね、不死鳥なんだね」
「うん!」
少女は強く頷くと、俺を抱く腕の力を強くした。なんか背骨らへんがミシッて言った気がするんだけど。さすがに気のせいか。
……いや痛いぞこれ。
「あのさ、一回放してくれないかな」
額に脂汗を浮かべながら、少女に訴える。
「分かった!」
少女はスッと腕を放し、俺を解放してくれた。
俺は体に異常がないかを確認ながら立ち上がる。
「それで、きみは不死鳥なんだっけ」
「うん! 私不死鳥!」
「……そっかそっか。それで、お父さんとかお母さんは近くにいないのかな?」
俺が言えたことではないが、十中八九迷子だろう。
だって、こんな平原のど真ん中に普通女の子が1人でいるか?
大人の男がいるっていうのもおかしいのにさ。
俺は膝を曲げ、少女の目線に合わせる。
「お父さんとかお母さんっていうのはいないよ」
とんでもないことを、サラっと言ってくれた。
明らかセンシティブな内容だろうに。
「そっかー。それでさ、君の名前は何かな?」
そう言えば聞いてなかったと思い、俺は聞いてみる。できるだけ明るく、笑顔で。
「うーん……」
少女はまたも考え始める。
俺つらいよ。何を言っても地雷踏み抜いてるんだもん。
「拓斗が決めて!」
「いや俺が決めるって……ってなんで俺の名前知ってんの!?」
思わず俺は大きな声を出して、1歩後ろに下がってしまった。しかし少女は気にする様子もなくニコニコとしている。
「だって私、ずっと見てたもん」
「ずっと……?」
「うん! ずっと!」
どうしよう。この子の言ってる意味がさっぱり分からない。
「拓斗、いっぱい頑張ってたの見てたよ」
少女は優しく微笑むと、1歩距離を縮めてくる。
背伸びをして、そっと俺の頭の上に手を乗せる。
「偉い偉い♪」
とても楽しそうに、少女は俺のことを撫でる。
未成年に頭を撫でてもらう大人なんて、少なくともまともじゃない。そうだと分かっているが……どうしてか心が軽くなる。
今にして思えば、誰かにねぎらいの言葉をかけてもらったことなんてなかった。
「いっぱい頑張ったからさ、楽しいことしよ?」
気が付くと俺は目から涙を流していた。
大人が情けなく泣いているにもかかわらず、少女は変わらず笑っている。
俺が今何をすべきなのかは全く分からないけれど、俺の心を救ってくれたこの子に礼を言うべきだろう。
「あのさ……」
俺が口を開くと……ズッドーン!
背後からとんでもない轟音が聞こえてきた。
「ん? どうしたの?」
それを気にすることのない少女。
俺は少女に礼を言うのを忘れ、ゆっくりと振り返る。
抉れた地面に燃えている何かのでかい残骸。
「あ、あれ……は?」
「あいつ、拓斗のこと食べようとしてた。だから消した」
え、俺よく分からんもんに食われそうになってたの!?
というか俺あんなでかい生き物知らないんだけど。映画とかの中にだけいる怪獣とかじゃないのあれ。
驚いて少女の顔を見ると、俺の背後にある残骸を冷たい表情で見ていた。
俺の視線に気が付くと、また笑顔になる。
「ねえ拓斗! 早く私の名前決めて! 人間って、そういうものなんでしょ?」
この子の中で人間がどういう認識なのかは知らないが、それはとてもとても純粋な瞳で見つめてくる。
後ろから漂ってくる焦げ臭さが忘れられるくらい眩しい瞳で。
この子が何者なのか知らないけれど、とにかく意に反しない方がいいだろう。
もしかすると、俺も丸焦げにされるかもしれないし。
「えっとそうだな……それじゃあ不死鳥だしふーちゃんなんてのはどう?」
我ながらすごいネーミングセンスのなさだと思う。
犬ならいーちゃんだし、猫ならねーちゃんだぞ。
ポチもタマも知らん。
「ふーちゃん……」
案の定ふーちゃん(仮)は納得していないご様子。
さようなら世界。
過労死したあとは丸焦げらしいです。
俺は全てを受け入れて目を閉じた。
「私、ふーちゃん!」
「……え? いいの?」
若干驚きつつ目を開けると、首を縦にぶんぶんと振るふーちゃんが見える。
本人(自称不死鳥)が納得してるならそれでいいのか。
「それじゃ行こ!」
ふーちゃんは俺の手を取ると、どこかへ行こうとする。
しかし周囲には何もない。
「ちょ、ふーちゃんどこ行くつもり」
「分かんないけど、楽しいとこ! 拓斗が楽しいって、思えるところ!」
随分と俺主体で物事を考えてくれる。
色々と問題しかないだろうが、今の俺の心はとても軽い。
だからだろう。
「それならさ、旅でもしようか」
ここがどこなのか、それは全く分からない。だけど死ぬ前と比べたら心も体も面白いくらいに軽い。それこそ、今ならなんだってできそうなくらいに。
「うん!」
こうして、嬉しそうに返事をするふーちゃんに手を引かれながら、俺が楽しいと思えるところを探す旅は始まった。




