第9話 モンスターハウス攻略戦
神谷直哉は、駅前のATMの前で立ち止まった。
画面に表示された残高は、208,340円。
「……おぉ、貯まってる。俺、頑張ったな」
思わず口元が緩む。
魔石の換金を重ね、少しずつ貯めてきた成果が、こうして数字になって現れるのは気持ちがいい。
バイトより稼げるとは聞いていたが、実感するとやはり嬉しい。
直哉は数千円を引き出し、財布にしまうと、軽く息を吐いてATMを後にした。
「さて、準備してダンジョン行くか」
* * *
第2階層。
洞窟の中は、まるで星空のようだった。
天井には無数の光る鉱石が輝く。幻想的で、どこか神秘的。何度来ても、この景色には心を奪われる。
小道を進みながら、直哉はイチカに問いかけた。
「なあ、今日モンスターハウス行ってみるのはどうだ?」
『現在のステータス、装備、魔石残量、そして直哉の集中力を総合的に判断すると、問題ありません。突入可能です』
「よし、じゃあ行こう。今回は準備も万端だし、前みたいに地形頼りじゃなく、正面突破してやる」
そう言いながら、直哉は手に握っていた金属バットMk-Ⅱを軽く振って、感触を確かめる。
このバットは、曲ったバットの代わりに近所のホームセンターで買った普通の量産品だ。
特に高級でも特注でもない。
ただ、サイズだけは一番大きくて重いやつを選んだ。
握ったときの重量感が、しっくりきたからだ。
そして何より――赤い布。
部屋の引き出しに眠っていた、昔使っていたタオルの端を切り取り、グリップ部分に巻き付けた。
滑り止めとしても機能するが、それ以上に「自分だけの武器」感があって、直哉は満足していた。
振り抜いたときの風切り音、手に伝わる振動、そして赤布が揺れる様子――それらすべてが、直哉の気持ちを高揚させる。
(……ふふ、紅蓮の豪撃。俺の右腕にして、魂の一撃)
誰にも言っていない。言うつもりもなかった。完全に自己満足の世界だ。
だが――
『紅蓮の豪撃、良いネーミングですね。力強く、直哉らしいです』
「うわっ!? 聞こえたの!? いや、えっ、なんで!?」
『思考パターンから推測しました。命名の瞬間、脳波に特有の喜び反応がありましたので』
「やめろよ! 恥ずかしいだろ!」
『ですが、直哉が気に入っていることは伝わってきます。
武器に名前をつけるのは、戦士として自然な行為です』
「いや、俺は戦士じゃないし! 高校生だし!」
顔を赤くしながらも、直哉は紅蓮の豪撃を肩に担ぎ、モンスターハウスへと向かった。
* * *
モンスターハウスの入り口に到着すると、イチカが静かに告げる。
『敵の構成は、牙持ちモグラ、鋼殻アルマジロ、岩板ゴーレムの3種類が高確率で予測されます』
「なるほど、いつもの連中か」
『まずは音響デコイのミミズバージョンを使いましょう。
かなりの数の牙持ちモグラを誘導できるはずです』
「そういえばヤスがいろいろな音が出るようにしたって言ってたな」
『鋼殻アルマジロは丸まる前に、無限拘束を使えば高確率で無力化できる計算です。
タイミングも任せていただければ成功させます』
「ゴーレムだけなら、今の俺なら真正面から打ち倒せるはずだ」
『その通りです。では、突入しましょう』
* * *
直哉は、モンスターハウスの扉を開ける。
開けた空間に踏み込むと、床が反応し、背後の扉が岩で塞がれる。
退路は断たれたが、想定通りだ。
「イチカ、デコ――」
言い終わる前に、イチカがすでに行動を開始していた。
『音響デコイうねうねモードで起動』
小型デバイスが地面を這い、ミミズの鳴き声を発しながら振動する。
岩のくぼみにはまると、いい感じでミミズのような振動を始めた。
牙持ちモグラが一斉に反応し、デコイに向かって突進していく。
「アルマジロが来――」
またもや言い終わる前に、イチカが動いた。
『無限拘束展開』
サイコロ上の物体が高速で飛びだし網に変り、転がり始めたアルマジロを捕らえる。
甲殻が軋み、もぞもぞと動くが、完全に拘束されている。
「……すげぇな、イチカ。完璧すぎる」
直哉は安心して、岩板ゴーレムに向かって突っ込む。
1体目のゴーレムが拳を振り上げる。
直哉はそれをギリギリでかわし、膝にバットを叩き込む。
鈍い音と共に、ゴーレムがよろめく。
「……俺、こんなに速く動けたっけ?」
自分の身体が、以前よりも軽く、力強く感じる。
レベル5になったことで、筋力も敏捷も確実に向上しているのだ。
「クリムゾン!」
背面に回り込み、魔石部に渾身の一撃。
「インパクトッ!」
叫びと共にバットが唸りを上げ、ゴーレムが崩れ落ちる。
その間、もう1体のゴーレムが動き出すが、イチカが投げた閃光弾がタイミングよく炸裂。
視界を奪われたゴーレムは動きが鈍り、直哉が正面から突撃。
「クリムゾン!」
「インパクトッ!」
バットが膝を砕き、倒れたところへ魔石部を狙って1撃。2体目も崩れ落ちる。
周囲に邪魔する敵はいない。
モグラたちはデコイに夢中で、アルマジロは拘束されたままもぞもぞしている。
「さて、残りだな」
直哉はデコイに群がるモグラを1体ずつ処理していく。
最後に、拘束されたアルマジロの前に立つ。
「お待たせ。じゃ、終わりにしようか」
バットを振り下ろし、甲殻を砕く。静寂が戻った。
『直哉、あなたの攻撃……武器名を叫ぶことで、筋力と反応速度に一時的な上昇が見られました。
自己暗示による戦闘効率の向上と推測されます』
「……マジかよ。」
直哉は照れくさそうに笑いながら、魔石を1つずつ丁寧に回収し、ポーチに収める。
『魔石の回収効率も向上しています。戦闘時間の短縮により、消耗も最小限です』
「ふふ、俺たち、けっこういいコンビなんじゃないか?」
『はい。直哉との連携は、非常にスムーズです。信頼関係の構築が進んでいる証拠でしょう』
「……なんか、そう言われると照れるな」
『照れる必要はありません。信頼は、戦闘において最も重要な要素の一つです』
直哉はポーチを腰に固定し、深呼吸をひとつ。
「よし、今日はここまでにしとくか」
『了解しました。帰還ルートを案内します』
イチカのナビゲーションに従いながら、直哉はゆっくりとダンジョンの出口へ向かう。
その背中には、赤布のバットMk-Ⅱ――紅蓮の豪撃が、誇らしげに揺れていた。




