第64話 魔素の展開①
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
翌朝。
興奮がまだ体の奥で熱を帯びているのか、直哉はいつもより早く目を覚ました。
薄い朝光がカーテンの隙間から差し込み、部屋の空気を淡く照らす。
「……よしっ!」
勢いよく上体を起こし、布団を跳ね飛ばす。
胸の奥がざわつく。
昨日イチカから聞いた“次のステップ”――
瞬閃四連撃の本来の目標、“時を止める”。
その言葉が、寝ている間も脳内で何度も反すうされていた。
(『おはようございます。起床を確認しました。
今日から訓練を開始しますか?』)
「当たり前だろ! 早く教えてくれよ!」
勢いのまま布団から飛び出し、床に足をつける。
『落ち着いてください。まずは準備を整えましょう。
顔を洗い、歯を磨き、家族への挨拶もお忘れなく』
「あー、もう! お前はオカンか!」
『いえ、サポートユニットです』
イチカの声はいつも通り冷静だが、どこか楽しげだ。
直哉は苦笑しつつ洗面所へ向かった。
* * *
地元ダンジョンの奥――一般探索者には秘密の、魔素能力者専用の訓練区画。
薄暗い洞窟を進むと、人工的に整えられた広い空間が姿を現す。
湿った空気が肌にまとわりつき、足音が静かに反響する。
ここに来るのは2度目だ。
「朝だとそんなに人がいないんだな」
周囲を見回しながら歩くと、イチカが淡々と答える。
『場所は予約済みです。洞窟のA131です』
岩壁には無数の洞窟が並び、それぞれに番号が刻まれている。
直哉はその中から目的の番号を探し、指を伸ばした。
「A131、あれか。
それにしてもなんで予約制なんだろ」
『おそらく今回の私たちのように能力の訓練に使う人も多いのでしょう。
能力は他者に知られないほうがよいですし』
「ふーん、そんなもんか」
『はい、そのようなものなのです。
直哉はもう少し情報の取扱いにご注意ください』
「はいはい、それより早くやろうぜ!!」
『わかりました、行きましょう』
洞窟に入ると、背後の入り口が自動で閉まった。
直哉は振り返り、機械的に閉じる岩扉を見て小さく息を漏らす。
(不思議なつくりだな、こんなダンジョンもあるのか……)
* * *
『まず、時を止める技術の前提として――
指川様やズクズクの技を解析した結果、共通点が見つかりました』
イチカの声が洞窟内に響く。
直哉は姿勢を正し、真剣な表情で耳を傾けた。
「共通点?」
『はい。彼らは“魔素を薄く広げ、その範囲内の物質を支配下に置く”という現象を起こしていました』
「支配下……?」
『簡単に言えば、魔素を空気のように周囲へ広げ、その範囲内のルールを“書き換える”のです』
直哉は息を呑み、喉がひくりと動く。
『指川様は“物体の支配”、ズクズクは“距離の圧縮”を行っていました。
直哉が行うべきは――その領域に“時間停止”の概念を込めることです』
「……マジで、そんなことできんのか?」
『理論上は可能です。問題は――魔素を外側に広げる技術が必要なことです』
「なるほど……まずそこからか」
直哉は拳を握り、深く息を吸った。
* * *
直哉はゆっくりと目を閉じ、魔素を巡らせる。
身体強化の時と同じように、脳から全身へ魔素を流し込む。
『いろいろ試してみましょう。
まずは身体強化で使う魔素量を増やしてみてください』
「うーん、だめだ。
剛っぽくなっちゃうな」
魔素が炎のように噴き出す。
直哉は肩を回しながら苦笑した。
『では通常の身体強化を重ねることはできますか?』
「重ねる、重ねるって言ってもな……どうやって重ねるんだ?
剛の時は気合入れたらぐわーっとなったんだけど」
『今のところ、魔素にも特別な動きは見られませんね』
直哉は眉を寄せ、腕を組む。
「なぁ、これ魔素自体に広がるように命令すればいいんじゃないのか?
ほら、魔素って願えば何でもやってくれんだろ」
『確かにそうかもしれませんね、やってみてください』
(って言ってみたはいいものの、体内の魔素に願うってどうするんだ?
魔素さん魔素さん、広がってー!ってか)
内心ツッコミながらも、直哉は試してみる。
胸の奥で魔素に意識を向け、そっと“広がれ”と念じた。
『今、魔素が若干広がった反応がありました。
間違っていないのかもしれません』
「まじか!
なんか自分で自分に願ってみるみたいで、ちょっと嫌なんだけど……」
『取っ掛かりとしては合っている可能性が高いです。
内在器官と魔素の動きを計測して、再現性を高めます。
まずは計測が完了するまで、何度も繰り返してください』
「ぬぬぬ、わかったよ……」
イチカの声は冷静だが、どこか楽しげでもあった。
* * *
直哉は何度も魔素を押し出そうとする。
額には汗が滲み、呼吸が荒くなる。
「……くっ……! 広がれー広がれー」
『動きがありません。
真面目にやってください』
「いや、わかってるけどさ……」
『時を止めるためです。
がんばってください』
その言葉に背中を押され、直哉は再び集中する。
洞窟内の静寂が、彼の呼吸音だけを際立たせた。
――そして3時間後。
『通常の身体強化に比べて、10センチメートルほど広がりを見せています』
「ぐっ……頭がクラクラする」
膝に手をつき、ふらつく視界を必死に支える。
『魔素残量が22%。そろそろ休憩しましょう』
「そうだな、わかった」
『だいぶデータが取れました。
明日、改善しましょう』
イチカの言葉に、直哉はゆっくりと息を吐いた。
* * *
翌日。
直哉はワクワクを抑えきれず、朝早くから洞窟へ向かった。
足取りは軽く、胸の奥が熱い。
『昨日のデータを整理しました。
魔素の展開は私がサポートしますので、直哉は身体強化:剛の要領で大量の魔素を発生させてください』
「よし、こうか?
身体強化:剛!!」
魔素が一気に噴き上がり、体が熱を帯びる。
『魔素を展開します。この感覚を覚えてください』
空気が抜けるように、体の外へ魔素が流れ出す。
直哉は思わず身を震わせた。
「ちょっ、魔素がすごく減ってる感じがあるんだけど!?」
『はい、なので魔素をどんどん発生させてください』
「ぐっ、イチカ、これきついぞ……!」
『魔素が急激に減少しているためです。
ですが魔素の展開には成功しています。
この感覚を覚えてください』
「ぶはぁ! なんか……全力……疾走して……る感じだった……!」
膝に手をつき、肩で息をする。
『1秒間に1魔素を消費していました。
8分が限度ですね』
「それしか保てないのか」
『放出した魔素を留められていないのが原因です。
留められるようになれば、もっと長く保てるでしょう。
ですが、まずは展開の感覚を覚えましょう』
「はぁ……はぁ……、わかった。
ちょっと休憩!」
『道場で教えていただいた瞑想を活かしましょう』
「あれか、周囲の魔素を取り込むってやつな」
『はい、そうです』
直哉は座り込み、呼吸を整えながら瞑想に入る。
魔素の流れを丹田で循環させ、ゆっくりと回復させていく。
「魔素が戻ったらもう一度だな」
『ええ、頑張りましょう』
* * *
3日目。
昨日までの反復が実を結び、直哉は自力で少しだけ魔素を展開できるようになっていた。
「よし、今日もやるか!」
洞窟に入ると同時に魔素を巡らせ、拳を握る。
「よし、今日は絶対成功させる……!」
『昨日と比較して消費量が半分になっています。
もう少し出力を補正します』
「おう、頼む」
イチカのサポートが入る。
魔素が体から放出され――
「……っ、いけ……!」
――ふわり。
30センチメートルほどの範囲に魔素が満ちる。
「できた……!」
『成功です。そのままの状態を維持してください』
直哉は思わず拳を握りしめた。
だが――
「うっ……気持ち悪……!」
魔素が減るにつれ、強烈な吐き気が襲う。
胃がひっくり返るような感覚に、直哉は歯を食いしばった。
『魔素放出量が急激に増えています。調整してください』
「くっ……!」
何度も吐き気に耐えながら、魔素の放出量を微調整する。
『あとはひたすらこの範囲を広げていきましょう。
まずは1メートルを目標にしましょう』
「1メートル。今の3倍か……」
『指川様は100メートル、ズクズクも20メートル程度を魔素領域に変換していましたよ』
「うへぇ、先は長いな……」
直哉は額の汗を拭いながら、遠い目をした。




