第7話 極限の中で見えたもの
第2階層の探索は、思った以上に順調だった。
「……この辺、敵の気配が薄いな」
直哉はバットを肩に担ぎながら、光る鉱石の道を進んでいた。洞窟の空気は冷たく、静寂が支配している。
『魔力反応は微弱です。周囲に敵性存在は確認されていません』
「イチカ、最近の探索、ちょっと楽すぎないか?」
『直哉のステータスが安定してきたため、第1階層の延長的な敵には苦戦しにくくなっています』
「……でも、油断は禁物だな」
直哉はポーチを確認し、ヤスの発明品を再チェックする。
飴玉サイズの閃光弾、煙幕弾、音響デコイ、そして変換装置。
ホルダーには魔石がチャージされており、使用後の自動回収も万全だ。
* * *
その時だった。
「……ん?」
直哉が足を踏み入れた瞬間、床がわずかに沈んだ。
『魔力反応急上昇。周囲に複数の敵性存在を検知――モンスターハウスです』
「マジかよ!」
壁が震え、天井から岩板が落ち、地面がせり上がる。
閉じ込められた空間に、モンスターが次々と現れた。
- 牙持ちモグラ ×8
- 鋼殻アルマジロ ×4
- 岩板ゴーレム ×2
「数が多すぎる……!」
直哉はバットを構え、まずは牙持ちモグラに狙いを定める。素早い動きで地面を掘りながら接近してくる。
「スモーク!」
煙幕弾を複数個、自分の周囲にばらまく。
煙が洞窟内に広がり、敵の視界を遮る。モグラの動きが鈍った隙に、バットで1体を叩き伏せる。
「頼むぞ、チューチュー!」
音響デコイが起動し、洞窟内を走り回りながら鳴き声を発する。
モンスターたちの注意が逸れた瞬間、直哉は岩陰に身を隠した。
* * *
『敵の注意が分散しています。今のうちに作戦を立てましょう』
「この数、正面からじゃ無理だ。なんかいい方法ないか?」
『提案があります。現在の魔石保有数:等級9が3個、等級10が8個。
この魔石を使って、床に傾斜、穴、でっぱり、簡易的な地雷などを生成することで、敵の動きを制限できます。
正確な構成が必要ですが、私が空間構成の大部分を補助します』
直哉は周囲を見渡す。
天井には吊り鉱石、床には段差、壁には亀裂。使える要素は多い。
「で、魔石ってどうやって使えばいいんだ…?」
『………………』
「…………」
『……魔石を全てホルダーにチャージしてください。私がそのエネルギーを使って現象に変換します』
「了解……!」
直哉はポーチから魔石をすべて取り出し、ホルダーに一つずつチャージしていく。
* * *
洞窟の床が震え、魔石の光が広がる。
イチカの補助によって、空間の構成が変化していく。
まず、床の一部が傾斜し、アルマジロが明後日の方向に転がっていく。
次に、いくつかのポイントに小さな穴が出現。
地面を掘って接近していたモグラの一部がそれに引っ掛かり挙動が遅れる。
「よし……!」
岩陰から飛びだしバットを振り上げ、突出しているモグラの頭を狙って一撃を加える。
鈍い音とともに、モグラが沈黙する。
『次、左側のアルマジロがこちらに向かってきています。床のでっぱりで再度逸らします』
イチカの声と同時に、床から岩の突起がせり上がる。アルマジロの回転軌道が乱れ、突起に激突して転倒。
「ナイス、イチカ!」
直哉はすかさず接近し、バットを振り下ろす。だが、アルマジロの甲殻は硬く、反動でバットがしなる。
「……っ、バットが曲がった!?」
『衝撃値が限界を超えました。武器の耐久が低下しています』
「くそ……でも、まだ使える!」
* * *
『直哉、ゴーレムが接近中。足元に簡易地雷を展開します』
床に淡い光が灯り、ゴーレムの足がその上を踏む。瞬間、爆発音とともに岩片が飛び散り、ゴーレムの足が砕ける。
「よし……!」
だが、別のモグラが煙の中から飛びかかってきた。直哉は反応が遅れ、肩に鋭い牙が突き刺さる。
「ぐっ……!」
血が滲み、痛みが走る。直哉は反射的にバットを振るい、モグラを叩き落とす。
『出血を確認。応急処置を推奨しますが、戦闘優先であれば耐久補正を強化します』
「まだまだぁ!」
* * *
閃光弾、煙幕弾、音響デコイ、そしてイチカのフォロー。
すべてを駆使して、何とか三分の一まで減らした。
「くそ、もうアイテムが…!」
『右側の岩板ゴーレム、関節部が露出しています。でっぱりを生成します』
ひときわ大きくホルダーが光ると、床の突起が勢いよくせり上がる。
ゴーレムの関節部に当たり轟音を立てる。
直哉はその隙に背後へ回り込み、バットの曲がった先端で関節部を叩く。
「喰らえっ!」
ゴーレムが崩れ、岩板がバラバラに砕ける。残るはアルマジロ1体とモグラ2体。
モンスターの数は減ったが、直哉の呼吸は荒く、肩の傷からはじわじわと血が滲んでいた。
バットは曲がり、手の感覚も鈍くなっている。
「はぁ……はぁ……」
煙と血の匂いが混じる洞窟の空気の中、直哉の思考は鈍っていた。
頭がゆだっている。冷静な判断ができない。
『直哉、ホルダーが煙幕弾と閃光弾の再チャージを完了しました。使用可能です』
「……あ、そっか……」
『今は煙幕を使うべきです。
敵の視界を遮断し、位置をずらしてください。残りのモグラが接近しています』
「……煙幕、煙幕……!」
直哉はホルダーから再チャージされた煙幕弾を取り出し、足元に転がす。
再び煙が洞窟内に広がり、モンスターたちの視界が遮られる。
その隙に直哉は岩陰へと移動し、息を整える。
イチカが魔石を使い、体力の回復をサポートする。
「助かる、少し…落ち着いた。」
『魔石のチャージを使い切りました。これで決着をつけてください。』
「……よし、行くぞ!」
煙の中、モグラが突進してくる。直哉はタイミングを見計らい、曲がったバットを振り抜く。
「喰らえっ!」
鈍い音とともにモグラがポリゴンになって弾ける。
『後ろです!』
「こなくそっ!!」
地面に倒れこむように回避しながら、イチカの指し示すほうにバットを全力で振るった。
更にモグラがポリゴンになって消滅する。
「あと1匹、アルマジロ」
前方から轟音を立ててアルマジロが迫ってくる。
正面から迎え撃つべく、力を溜める。
「うぉぉぉぉぉ!」
『落ち着いて、アルマジロの動きに集中してください。』
「……」
『そうです、直哉、あなたならできるはずです。』
不思議な感覚だった。
視界に映るアルマジロがまるでスローモーションになったような気がした。
緩やかに動くその風景の中で、鱗の一つ一つが見えた。
(なんでこんなスローモーションに…。今までこんなことできなかったのに。)
困惑しながらも、ゆっくりと進む時間の中、アルマジロが戦闘中に受けて鱗が剥がれた部分めがけて渾身の力でバットを突いた。
今までにない感覚でバットがめり込んでいき、アルマジロがぷぎゅと声を上げ回転が止まり、ポリゴンとなって弾けた。
静寂が戻る。煙が晴れ、地形は元の洞窟とはまるで違う姿になっていた。
『戦闘終了。魔石を確認――等級9および10を複数取得。
経験値が閾値を超えました。レベルアップを開始します』
「……やったか」
直哉は膝をつき、肩で息をする。全身が傷だらけ。服は破れ、血と泥にまみれていた。
ステータス更新:
レベル:4
体力:18
筋力:20
敏捷:17
器用:15
知力:14
「筋力、ついに20か……」
身体が軽くなり、痛みが薄れていく。イチカの補正が、レベルアップに伴う再構築を進めている。
「でも……もう限界だ。今日は帰る」
* * *
洞窟の出口が見えたとき、直哉はようやく息を整えた。
肩の傷はまだ痛む。バットは曲がったまま、手には血が滲んでいる。
「……やっと、終わった」
出口をくぐると、空気が変わった。光が差し込み、足元の岩が滑らかになっていく。
『ダンジョン外に出ました。身体の損傷と衣類の破損がリセットされています』
「……え?」
直哉は自分の腕を見た。血が消えている。
肩の痛みも、じわじわと消えていく。破れた服は、いつの間にか元通りになっていた。
服は直っているのにバットは直っていなかった。
「……ほんと、不思議な場所だな」
自分の様子を確かめながら、苦笑した。さっきまで死にかけていたとは思えないほど、整った姿がそこにある。
「ありがたいよ。これがなかったら、今頃病院送りだ」
* * *
帰宅後、直哉は風呂にも入らず、ベッドに倒れ込んだ。
バットは玄関に置きっぱなし。ポーチも脱ぎ捨てたまま。
『睡眠をとってください。身体の再調整を行います』
「……おやすみ、イチカ」
『おやすみなさい』
親の呼び掛けをしり目にそのまま泥のように眠った。
夢も見ない。ただ、深く、深く沈んでいった。
* * *
翌朝。休日の朝は、家族との団らんから始まった。
リビングには、じいちゃんが新聞を広げ、ばあちゃんがにこにこしながら湯呑みを手にテレビを眺めている。
父はソファでコーヒーを啜り、母はキッチンから顔を出して言った。
「直哉、昨日はずいぶん遅かったけど……ほんとに大丈夫だったの?」
「うん、ちょっと疲れたけど、無事だったよ。むしろ楽しかった」
「楽しかったって……あんた、また危ないことしてたんじゃないでしょうね」
「いやいや、そんなことないって。ちょっとモンスターハウスに閉じ込められただけ」
「モンスターハウス!?」
母が目を見開いた瞬間、父が笑いながら言った。
「大丈夫だろ。直哉なら何とかするさ。ほら、顔色もいいし」
「いやいや、ほんとに危なかったんだって。モグラが8匹、アルマジロが4匹、ゴーレムが2体! しかも、バットが曲がるほどの激戦!」
「それ、ちょっと盛ってない?」
兄の一人が笑いながらツッコむ。
もう一人の兄は「バット曲げるって、どんな力だよ」と呆れ顔。
「いや、マジで。煙幕ばらまいて、チューチューで撹乱して、魔石で地形変えて、最後は爆発でゴーレムの足吹っ飛ばしたんだぞ?」
「爆発って……お前、何してんの……」
じいちゃんが新聞を下ろし、「ほう、爆発か。昔の火薬より安全そうだな」とぼそり。
ばあちゃんは笑顔で言った。
「なおちゃん、ご飯のおかわりいるかい? いっぱい食べて、また元気に行っておいで」
「うん、もらう!」
家族の笑い声が広がる中、直哉は茶碗を差し出しながら、ふと窓の外を見た。
空は晴れていた。風は涼しく、街は静かだった。
「ちょっと出かけてくる」
「またダンジョン?」
「いや、今日は友達と作戦会議!」
「そうなの、楽しそうね」
「じゃあ行ってきまーす」




