第56話 会津ダンジョン
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私にガソリンをください!!
市庁舎の広いホール、その奥に設置された転送ゲートの前に到着した。
ゲートは淡い光を揺らめかせ、まるで水面のように波打っている。
周囲には職員が数名常駐し、入場者のチェックを行っていた。
緊張感と静けさが漂う空間で、直哉は小さく呟いた。
「ここが……会津ダンジョンの入口か」
隣に立つ武虎も、視線をゲートの奥に向けている。
「山岳タイプって聞いてたけど、どんな景色だろうな」
2人に気づいた職員が声をかけてきた。
制服姿の中年男性で、書類を手にしている。
「初めてですか?」
直哉が軽く会釈して答える。
「はい。いつもは別のダンジョンの3層で活動しているんですが、旅行と息抜きを兼ねて来てみました」
「そうでしたか。
初めてお見受けする顔だったので、新しい人が増えたのかと期待したんですが」
武虎が首を傾げる。
「期待? このダンジョンって、あまり人来ないんですか?」
職員は苦笑しながら答えた。
「ええ、1層に出てくるのが大きな虫なので、不人気なんですよ。
敵の強さもそれほどじゃないし、報酬も他のダンジョンと同じくらい稼げるんですが……やっぱり虫はねぇ」
直哉と武虎は顔を見合わせて笑った。
「あー、それじゃフィットネス目的の人たちは辛いっすね。」
「えぇ、その代わりここをメインにしている人たちからは、敵の出現率が高くて好評なんですよ
虫が大丈夫な人たちにはお勧めです」
虫程度で尻込みするような性格ではない。
むしろ、未知の敵に対する好奇心の方が勝っていた。
「へぇ、なら俺たちにはいいかもしれないですね」
「じゃあ、行ってきます」
2人は職員に軽く手を振り、転送ゲートへと足を踏み入れた。
* * *
転送先は、鬱蒼とした森だった。
木々が密集し、地面には湿った落ち葉が積もっている。
気温が高く蒸し蒸ししている。
そこかしこからカサカサという音が聞こえ、耳を澄ませば羽音が聞こえてくる。
「虫、だな……」
直哉が周囲を見渡しながら呟く。
武虎は鉈を構え、警戒の目を光らせていた。
少し進むと、木々の隙間から遠くの山々が見えた。
その上空を、巨大な影が舞っている。
「おい、見ろよ! あれ……ドラゴンじゃないか?」
「本当だ……すげぇ!」
2人は興奮気味に声を上げるが、その瞬間、念話が飛んできた。
(『落ち着いてください。確かにドラゴンが出るという情報がありますが、討伐報告は一度も挙がったことがありません。
私たちの実力では、まだ到達することすら叶わない場所に、生息していると思われます』)
(いや、倒すとかの前に、存在自体がすごいじゃん!)
未知の強敵が存在する可能性に、恐れと期待が入り混じる。
「……いつか、あれにも挑戦できるといいな」
直哉が呟き、武虎もうなずいた。
* * *
1層の敵は、職員の言葉通り虫だった。
巨大なダンゴムシが地面を這い、よくわからない羽虫が空をブンブンと飛び回り、ムカデのようなものが木の幹に巻き付いている。
「見た目は最悪だが、動きは単純だな」
武虎が鉈を振るい、ダンゴムシを一撃で仕留める。
直哉もいつものバットで羽虫を叩き潰した。
地元のダンジョンでは、1層がフィットネス目的の人々で賑わっているが、ここは静かだった。
虫の存在が人を遠ざけているのだろう。
「まあ、俺たちにはちょうどいいな。
静かに探索できるし、虫も慣れればどうってことない」
2人は道を進み、山の麓から少し登ったところで2層に入った。
2層は岩肌がむき出しになった斜面が広がっていた。
活火山なのか、登るにつれて少しずつ気温が上がっているような気がする。
「ここが2層か……敵はゴーレムだったな」
事前情報によれば、2層と3層の敵はゴーレムだ。
形状は様々で、岩に溶け込むように潜んでいるため、不意打ちを受けやすい。
「気をつけろ。あそこ、岩に見えるけど……動いた!」
武虎の声と同時に、岩が跳ね上がり、小型のゴーレムが姿を現した。
直哉がバットを構え、武虎が鉈を振るう。
ゴーレムは硬いが、魔石で強化された武器なら問題ない。
身体強化を使うまでもなく、冷静に対処できるレベルだった。
「よし、これで3層に行っても慌てずに済むな」
2人は何度か戦闘を繰り返し、ゴーレムへの対応に慣れていった。
* * *
探索の途中、2人はふと足を止めた。
そこには、山道にひっそりと佇む風化した石碑のようなものがあった。
苔むした岩の根元に半ば埋もれるように立ち、長い年月を経て表面は削れ、文字らしき刻印はほとんど判別できない。
石碑は山肌から崩れた岩にほとんど埋もれている。
「これ……誰かが作ったんだろうな」
直哉はしゃがみ込み、指先で石碑の表面をそっとなぞった。
ざらついた感触が伝わり、人工物であることは疑いようがなかった。
しかし、そこから得られる情報は何もない。
長い時の流れが、刻まれたはずの文字や模様をすべて奪い去ってしまったのだ。
武虎は鉈を肩に担ぎながら、じっと石碑を見つめていた。
「歴史の痕跡か、警告か……なんだろうな」
その声には、好奇心とわずかな畏怖が混じっていた。
もしこれが古代の冒険者たちの記録なら、彼らは何を伝えようとしたのか。
あるいは、ここに眠る危険を後世に警告するためのものだったのか。
考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだった。
直哉は立ち上がり、石碑を一瞥してから周囲を見渡した。
森の奥へ続く道は静かで、虫の羽音だけが耳に届く。
人の気配はなく、石碑だけが異質な存在としてそこにあった。
「……なんか今更だけどさ、こういう人工物みると、ダンジョンって誰が作ったんだって思うよな」
「だな」
武虎は小さくうなずき、鉈を握り直した。
2人はしばらく石碑の前に立ち尽くしたが、結局そこから得られるものはなかった。
やがて武虎が「行くぞ」と声をかけ、直哉も静かに頷いた。
その後も2層の探索を続け、ゴーレムとの戦闘を繰り返すことで、2人は確かな手応えを得ていった。
鉈と短剣が岩を砕く音が響き、倒れたゴーレムの破片が斜面に散らばる。
戦いの中で、彼らの動きは次第に洗練され、呼吸も合っていった。
「これなら3層でも通用するな」
武虎が息を整えながら言う。
「そうだな。虫もゴーレムも、ここまで来れば慣れたもんだ」
直哉はバットを収め、空を見上げた。
胸の奥にわくわくとした期待と、ほんの少しの不安を抱えながら、2人は次なる3層への挑戦に向けて歩みを進めた。




