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現代ダンジョン奮闘記  作者: だっち
第3層“承” 魔素修行

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第45話 死線を求めて

放課後、直哉は自室でベッドに腰を下ろし、スマホを机に置いたまま、天井を見上げていた。

頭の中で、ひとつの問いが渦巻いている。


「なぁイチカ……死線って、狙って体験できるものなのか?」


その言葉に応じるように、耳の奥で柔らかな声が響く。

『死線、ですか。

ダンジョンの特性を生かせば、十分狙って体験できるでしょう』


「例えば?」

『死線とは、生命の危機を伴う状況を指しますが、探索者の間では、己の限界を超える戦闘を意味することが多いようです』


「じゃあ、死ぬ思いをすればいいってこと?」

『いいえ。それは誤解です。ただ死ぬ思いをするだけでは、死線とは呼べません』


イチカの声は淡々としているが、どこか厳しさを帯びていた。

『死線とは、己の力を出し切ってなお、乗り越えられるかどうか分からない戦闘です。

全力を尽くしても勝てる保証がない――その不確実性こそが死線の本質です』

「うーん、なるほど、格上か」


『命がかかった場で、格上との戦闘はお勧めできませんが、こちらのダンジョンでは死ぬことがありません。

であれば、選んで格上と戦うことで通常では得られない経験を得ることができます』

「そういえば、トラもそんなこと言ってたよな」


全力を出し切っても、なお足りないかもしれない戦い。そんな状況、今までだとどれだろうか。


* * *


――今までで本当に死線に近い戦いはあったのか? 直哉は記憶を辿る。


初めてのモンスターハウス。

あの時は、死ぬかもしれない恐怖と、必死に振り抜いたバットの感触を今でも覚えている。


鎧殻アルマジロ(アーマード・ローラー)との戦闘もそうだ。

硬すぎる殻に攻撃が通らず、焦りで視界が狭くなった。

あの時に初めてゾーンに入ったんだっけか。


そして、トラと共闘した2つ頭の主ゴブリン。

あれは、まさに死力を尽くした戦いだった。


「……この3つが死闘ってやつなのかな」

『妥当な評価です。私の解析でも、これら3戦闘は危険度が突出しています。』


「なるほどなぁ……」

『また、これらの戦闘後、直哉の身体能力を大きく調整する余地ができていて、内在魔素の上昇も顕著でした。

そういったことからも、やはり格上との戦いは、成長を促す大きな要因となっています』


直哉は深く息を吐いた。

死線を求める理由が、少しだけ明確になった気がする。

あの時の感覚――全力を出してもなお足りないかもしれないという痺れる感じ。


あれをもう一度……

「味わいたいような、味わいたくないような」


* * *


『それらを鑑みると、死線となりえる敵は主ゴブリンとゴブリン王だと考えられます。

ただし、魔素を扱う個体でなければその可能性は下がります』


「魔素を使うゴブリンか……そういえば、今まで会ったのは、あの2つ頭ぐらいか?」

『はい、身体強化を使ってきたゴブリンは2つ頭の主ゴブリンのみです。

砦にも4体の主ゴブリンがいましたが、会敵した3体は魔素を使っていませんでした』


「なるほど……じゃあ、魔素を使う個体ってレアなんだな」

『その通りです。魔素を扱うゴブリンは亜種以上に限られ、発現確率は人間と同程度――およそ4%です』


「4%か……狙って出会える確率じゃないな。

3層って、どんなモンスターがいるんだっけ?」


『通常種はゴブリン、ゴブリンライダー、弓ゴブリン。

亜種はゴブリンマジシャン、ホブゴブリン。

特殊個体は主ゴブリン、そしてゴブリン王です』

「ゴブリン王……名前からしてヤバそうだな」


『主ゴブリンは集落に時々出現し、砦には必ずいます。

一方、ゴブリン王は城にしか出現しません。

城は砦と同様、レイドが組まれるため、イベント告知がある場合は必ず確認してください』

「なるほど……ソロでゴブリン王は無理だな」


『加えて、出現確率は低いですが、イレギュラーと呼ばれる強力な個体が確認されています』

「イレギュラー?」


『はい。現在確認されているのは4体。

弓型、魔法使い型、そして常に2体で行動する短剣型のペアです。

これら4体のイレギュラーはいずれも魔素を使うようです』

「2体同時とか、悪夢だな……じゃあ、狙うなら弓型か魔法使い型だな」


『妥当な判断です。情報収集を開始します』


* * *


イチカはダン活アプリに投稿された探索者の報告書、さらにSNSでのつぶやきや記事を横断的に分析した。

その結果、弓型による被害報告が、第3層北西の崩れた塔の外縁部で集中していることが判明する。


『この位置関係から推測するに、イレギュラーは塔を拠点としている可能性が高いです』

「なるほどな、そしたら次はそいつを狙ってみるか!」


『多くの探索者がやられているようです。

おそらく実力は2つ頭に近い可能性が高いです。

綿密な準備をしていきましょう』

「わかった。

ホルダーにチャージする予備の魔石も道中で集めておこう」


翌日、直哉はゲートを抜け、第3層へと足を踏み入れた。

道中、ゴブリンの気配を感じたら積極的に近付き、魔石を集めつつ進む。

草原を抜け、砦の影が見えてきた。


『本日の目撃証言はまだないようです』

「わかった。索敵頼む」


イチカが索敵を開始する。

『反応ありません。もう少し北へ行きましょう』


瓦礫を越え、崩れた壁を回り込む。

遠くでゴブリンの群れが騒いでいるが、目当てのイレギュラーは見当たらない。


『出現ログはこの付近ですが、現在は不在のようです』

「……マジかよ」


肩の力が抜ける。気合を入れたのに戦う相手がいない。

「うーん、急にやることなくなっちゃったな、どうするか」


『念のため塔を調べてみませんか?』

「そうだな、何か痕跡があるかもしれない」


直哉は視線を上げる。

目の前にそびえる塔は、かつて砦の一部だったのだろう。

5階建ての構造を残しているが、半分以上が崩れ、外壁は風雨にさらされて黒ずみ、苔と雑草がそこかしこに生えている。

瓦礫が足元に散乱し、踏み込むたびに乾いた音が響いた。


「……思ったより荒れてるな」


1階はほぼ吹き抜け状態で、壁の一部が抜け落ち、外から光が差し込んでいる。

床には獣の毛や泥がこびりつき、湿った匂いが鼻を突いた。

階段を探すが、途中で途切れている箇所が多い。

仕方なく、直哉は壁の凹凸を頼りに腕力でよじ登る。


2階、3階と進むにつれ、瓦礫の量は増え、崩れた梁が斜めに突き刺さっている。

雑草が窓枠から垂れ下がり、風が吹くたびにざわめいた。イチカが静かに索敵を続けるが、反応はない。


『反応ありません』

「だな……」


4階にたどり着くと、そこには明らかに生活の痕跡があった。

粗末な布切れが敷かれ、獣皮を重ねた寝床が隅に寄せられている。

壁際には木の枝を束ねた簡易の棚があり、その上には干からびた果実と、削り跡のある骨片が並んでいた。


「……ゴブリンのくせに、意外と片付いてるな」

『確かに清潔です。ただし、床には動物の骨が散乱しています。食事の痕跡でしょう』


直哉は骨を軽く蹴り、視線を巡らせる。

埃は少なく、足跡も新しい。

『この痕跡……つい最近まで使われていたようです。おそらく、たまたま留守にしているだけでしょう』


「ふむ……やっぱりここが拠点で合ってたのか」


その時、棚の下に転がる金属の光が目に入った。直哉はしゃがみ込み、手を伸ばす。

「……双眼鏡?」


古びてはいるが、レンズは割れていない。

ゴブリンが使っていたのか、それとも過去の探索者の遺品か。

直哉は眉をひそめる。

「なんでこんなものがあるんだ……?」


『おそらく、探索者から奪ったものでしょう。

弓タイプのイレギュラーなら、これで索敵し、不意打ちをしていた可能性があります』


「なるほど……双眼鏡で索敵してから狙撃とか、嫌な予感しかしないな」


直哉は双眼鏡を手に取り、イチカに問いかける。

「これ、何か細工できないかな?」

『細工、ですか。

例えば望遠距離を伸ばす、などでしょうか?』


「うーん、そうじゃなくてさ……もっと突拍子もないことはできない?

イレギュラーに対する罠、とか。」


『突拍子もない、ですか?』

「例えば……のぞいた瞬間に閃光を発射して、相手の目を眩ませるとか」


『理論上は可能です。ただし、タイミングの制御が難しいです。

ですが、任意のタイミングで遠隔操作による閃光発動なら実現できます』

「マジで? それ最高じゃん」


『魔石を15個ほど使用しますが、よろしいですか?』

「15個って……いくら?」


『市場価格で7万円前後です』

「まじか……高いなー。

…………

……

うーん、でもやってくれ」


『了解しました。魔石を使って双眼鏡を加工します。

しばらくお待ちください』

「うひひ、驚く顔が目に浮かぶぜ」


直哉はいたずらっ子のような表情を浮べながらほくそ笑むのだった。

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