第43話 身体強化の基礎と応用
道場の空気は、模擬戦の熱気をまだ残していた。
畳に落ちる汗の匂い、打ち合った衝撃で微かに軋む床。直哉は肩で息をしながら、武虎に声をかける。
「……やっぱ、強ぇな。どうしても最後まで身体強化が続かない。」
武虎はタオルで首筋を拭き、飄々とした笑みを浮かべる。
「お前も悪くなかったぜ。反応速度は上がってる。
けど、まだ身体強化の使い方が甘いな。」
直哉は苦笑しつつ、さっきの光景を思い出す。
武虎の体を包んでいた、あの黄色いオーラ。
「なぁ、さっきの……黄色い光。あれ、何だ?」
武虎はタオルを肩にかけ、少し得意げに答えた。
「あれか? 身体強化【岩陣】だよ。体力特化の強化だ。防御と持久力を底上げする。」
「岩陣……?」
「そう。神谷が使ってるのは、全体に満遍なく強化してるだろ?
あれだと、まぁ20%くらいか? ステータスが上がるよな。
でも――特化型にすると、オーラの色が変わって、特定の能力値が大幅に強化されるんだ。」
武虎は指を立てて続ける。
「神谷の必殺技でも青いオーラになってただろ? あれもその一つ、瞬陣だ。」
「そういえば、この前、最上さんも言ってたな。名前があるんだ。」
「あぁ、体系化された技だからな。で、黄色のオーラは体力特化の身体強化――岩陣だ。」
その時、背後から低い声が響いた。
「やってるな、武虎、神谷君。」
「……親父。」
「あ、お邪魔してます。」
藤堂柳太郎がゆっくりと近づき、2人を見渡す。
その眼差しは鋭いが、どこか温かみがある。
「まだ神谷君には、ちゃんと教えたことがなかったね。ちょうどいい、少しいいか?」
「はい、もちろんッす!!」
* * *
柳太郎は畳の中央に立ち、ゆっくりと息を整えた。
足を肩幅に開き、背筋を伸ばす。その姿だけで、場の空気が引き締まる。
「まず、身体強化には2段階の強度がある。
通常と剛だ。
それぞれ、ステータスが10~30%、50~70%ほど上がる。」
直哉は眉をひそめる。
「え、でも前に最上さんって人は『150%上がる』とか言ってましたけど。」
柳太郎は口元に笑みを浮かべた。
「あぁ、最上君か。
あれは特別だ。普通は2段階しかできん。私もそうだしね。
最上君のは――身体強化:極とでも呼ぶべきだろう。ある種の特殊能力だ。」
「へぇ、そうなんすね。」
柳太郎は頷き、冷静な声で続ける。
「魔素は、体内に蓄えられたエネルギー資源だ。
筋肉に酸素を送るのと同じで、魔素を巡らせることで身体機能を強化する。
通常強化は、魔素の流れを均等にするだけだ。
剛は、流量を増やし、強化率を高める。だが、当然消費量も跳ね上がる。」
(……流量。そういえばイチカ。お前、さっきの摸擬戦の時に出力がうんぬんとか言ってたよな。)
(『はい。流量を増やすことで身体強化の強度が増すことは、先日の篠原さん、最上さんを観察し判明していました。
なので、今日の模擬戦では、それを再現するようサポートしました。』)
(やっぱすごいな、お前……)
「魔素の消費は、強化の強度に比例する。
剛は通常の3倍消費する。
だから、長時間維持できる者は少ない。
最上君の極は、瞬間的に膨大な魔素を流し込む特殊な回路を持っている。
あれは普通の人間には真似できんな。」
* * *
柳太郎は両腕を軽く広げる。
「よし、ではやって見せようか。」
深く息を吸い込み、静かに吐き出す。
その瞬間、彼の体を淡い炎のような魔素が包み込んだ。
「これが通常の身体強化だ。
私の場合は30%ほど上昇している。」
直哉は思わず息を呑む。
空気が澄み、柳太郎の輪郭がわずかに光を帯びる。だが、次の瞬間――
「そして、これが――身体強化:剛だ。」
白いオーラが爆ぜるように迸り、畳が震えた。
空気が重くなる。直哉の背筋に冷たいものが走る。
「この状態になると、通常より魔素の消費量が多くなる。
だが、4層で活躍している探索者は、ほぼ全員これを使える。」
「次に特化型だ。」
柳太郎は腰を落とし、呼吸を整える。
「――砕陣。」
オーラが赤く染まり、熱気が畳を撫でる。
そのまま俵まで歩き、軽く正拳突きを放った。
本当に、ただ小突く程度の勢いしかなかった正拳突きだが、俵に当たると、
ボッ!という鈍い音とともに、俵が粉々に砕け散る。
破片が畳に散り、直哉は目を見開いた。
「このように、ちょっとした攻撃でも高い威力を発揮する。」
柳太郎は拳を下ろし、何事もなかったかのように振り返った。
* * *
柳太郎は俵の破片を見下ろしながら、冷静に続ける。
「特化型は、もちろん全ての能力値に対してある。
体力特化が岩陣、
筋力特化が砕陣、
敏捷特化が瞬陣、
器用特化が技陣、
そして、知力特化を謀陣と呼んでいる」
柳太郎は説明しながら、オーラをそれぞれに対応する様に変えて行く。
黄、赤、青、緑、紫とそれは流れるように淀みない。
「ほへーーー」
(『直哉、アホづらになっていますよ』)
(うっせ!)
「魔素を1カ所に集中する技もあるのだが、まずはこの特化型をスムーズに行えるようにするのがいいだろう」
「わかりました、頑張ってみます」
「さて、魔素を増やす方法だが、これは単純だ。
枯渇、一度に大量消費、死線を潜る。
この3つだ。」
直哉は眉をひそめる。
「死線って……」
「実戦だな。
だが、ここで死ぬわけにはいかん。だから、まずは枯渇させる。」
柳太郎は畳に座り、説明を続ける。
「方法はこうだ。剛を使って魔素を限界まで消費する。
その後、10分瞑想で回復。次に5分の模擬戦を行い、回復した魔素をすべて使い切る。
これを1セットとし、繰り返す。」
武虎が笑う。
「親父は簡単そうに言ってっけど、相当キツいぞ。魔素が枯渇すると、気持ち悪くなってフラフラする。」
直哉はゴクリと唾を飲む。
「……まじかー。」
* * *
「よし、ではまず身体強化!」
直哉、武虎、2人が同時に身体強化を発動させ、白いオーラが体を包む。
「次だ、身体強化:剛!」
「はい!」
(『出力をサポートします』)
剛を発動した瞬間、直哉の体を白いオーラが包む。
「おぉ、1度で剛ができるとは、すばらしいな」
(……イチカのおかげだけどね)
「よし、そのまま剛を維持だ!」
「ぐっ……ぐぐぐ、これキツイっす!!」
「まだまだ、気を抜くな。絞れるだけ絞れ!
武虎、お前も笑ってないでもっと出せ!!」
「わかってるよ、こうだろ!」
(イチカ、これ思った以上にキツイぞ)
(『今までにないスピードで魔素を消費しています。
慣れていない感覚で体に負担がかかっていますが、これはとても効果的です』)
(冷静に分析すな!)
魔素が急速に減っていく感覚。体が重く、呼吸が荒い。
視界が揺れ、耳鳴りがする。魔素が急激に減っているのがわかる。
(『魔素残量、現在40%。消費速度は通常の3.9倍です』)
イチカの冷静な声が響く。
「……ふんぎぎぎぎぎ……!」
やがて、視界が揺れ始めた。
頭がクラクラする。柳太郎の声が遠くで響く。
「限界までだ!」
直哉は膝をつき、畳に手をついた。
「……ギブ……」
吐き気と頭痛が襲う。
隣で武虎も倒れ込んでいた。
「……キツいな……何度やっても、この枯渇感は慣れねぇ……」
「よし、ではそのまま瞑想に入れ。寝たままでいい。
呼吸を整え、空気中に霧散している魔素を取り込んだ。」
(……霧散……した……っ、魔素を……取り込むって……どう……やるんだよ……!)
武虎は数分で呼吸を整え、瞑想に入り、再びオーラを纏う。
「ふー……よし、回復してきたぜ。」
直哉は愕然とした。
まだ立ち上がれない自分をよそに、武虎はもう回復している。
(『魔素残量7。動けるまで回復するにはまだあと最低15分必要です』)
柳太郎は淡々と告げる。
「武虎との差は経験だ。枯渇からの回復速度は、魔素の流れを整える技術で決まる。」
直哉は自分に落ち着けと言い聞かせて、再度瞑想に入る。
頭で生成した魔素を全身に巡らせ、丹田に滞留させてから頭に返す――それを意識して流れを整える。
(『良い傾向です。回復率が通常より5%向上しました』)
15分後、直哉はようやく立ち上がれるようになる。
柳太郎の声が低く響く。
「よし、次は模擬戦だ。回復した魔素をすべて使い切れ。」
直哉は荒い息を整え、身体強化を発動。
白いオーラが再び迸るが、先ほどより弱々しい。魔素の残量はわずかだ。それでも、拳を握りしめる。
武虎は軽く肩を回し、笑みを浮かべる。
「さぁ、第2ラウンドだな。遠慮はしねぇぞ。」
模擬戦開始。
武虎の一撃を受けるたび、オーラが削れていく。
最後の一撃を放った瞬間、視界が真っ白に弾けた。
「……もう……だめ……」
膝が崩れ、畳に倒れ込む。
「うぷ……ゲロが……ゲロが」
(『魔素残量ゼロ。訓練終了を推奨します』)
「吐くなよー」
武虎は肩で息をしながらも、笑みを浮かべる。
「……っはぁ……キツいな……でも、もう1セットいけるな。」
直哉は愕然とした。
まだ立ち上がれない自分をよそに、武虎は呼吸を整え、再び瞑想に入る。
柳太郎は静かに頷いた。
「今日はここまでだ。よくやった。
あとは継続だ。
毎日繰り返し、魔素量を上げなさい。」
直哉は荒い息を吐きながら、返事とも言えない返事をする。
(『直哉、ここからです』)
(あぁ、負けてらんねーな!)
直哉は荒い息を吐きながら、心の奥で決意する。
――必ず、この差を埋める。いや、それ以上だ。




