【閑話】第5話 召喚士レイ
「お次は深海と……砂漠か」
ドロスが地図を覗き込み、肩をすくめた。
「どっちも地獄だな。まあ、バスティオンあるし、楽勝だろ?」
ティアは眉をひそめる。
「その“楽勝”って言葉、信用していいの?」
レイは淡々と答えた。
「問題ない。現地で展開する」
ドロスがニヤリと笑う。
「お、出たな。噂の絶対領域。要塞を呼び出すってやつだろ? 楽しみだぜ」
ティアは興味半分、不安半分でレイを見た。
「本当にそんなことできるの?」
レイは視線を外し、短く言った。
「……見れば分かる」
夢の羅針盤の幻像が淡く脈打ち、2つの光点が浮かぶ。
ひとつは海の底、深海溝の最深部。もうひとつは砂嵐が絶え間なく吹き荒れるガラス質の砂漠。
ティアはその光を見つめ、唇を噛んだ。
「……どちらも普通の探索じゃ無理ね」
レイは無言で地図を見下ろす。
彼の瞳は冷たい琥珀色。だが、その奥にわずかな揺らぎがあった。
封印核――魔石とは違う、でも魔素を持つ未知の物質。
国の新しい研究対象だろう。それ以上は考えない。
ただ、ティアが言う「意思のようなもの」が、少しだけ気になっていた。
* * *
海面に立つ3人。風が冷たく、波が荒い。
ティアが息を呑む。
「ここから潜るの……?」
ドロスが笑う。
「潜る? そんな面倒なことするかよ。だろ、レイ」
レイは静かに歩み出ると、片手を前に差し出した。
「出ろ、絶対領域」
次の瞬間――空気が震えた。
レイから膨大な魔素が爆発的に放出され、周囲の水が逆流するように舞い上がる。
魔素は意思を持つかのように、海水を絡め取り、岩を削り、木片を巻き込みながら形を成していく。
光の紋様が地面に走り、50メートルを越える巨大な影が浮かび上がった。
「おお……!」
ドロスが目を見開き、笑う。
「マジで要塞じゃねぇか!」
ティアは呆然と呟く。
「……これを魔素で……?」
レイは淡々と説明する。
「周囲の物質を取り込む。だから人工物が多い場所ではなかなか使えないがね」
やがて、黒鉄の要塞が完成した。
鋭角的な外殻、結界を纏った壁面、魔導炉の脈動が低く響く。
それは、戦場を歩く城だった。
ドロスが笑いながら肩を叩く。
「こりゃ噂以上だな! 中に酒場とかあんのか?」
「ない」
「ちぇっ」
ティアは観測窓に手を触れ、震える声で言った。
「……これなら、深海でも……」
* * *
バスティオンの内部は、一般的な建物に近い造りだ。
無機質な印象はあるものの、空調や湿度は完全に制御されており、不快感は一切ない。
大人数の滞在を想定して設計されているため、個別の居室やシャワールーム、食堂、さらには遊戯室まで備えられている。
今、ティアを含む3人は司令室に集まり、次の行動について相談していた。
司令室の中央には、外界の様子を映し出す立体映像が魔素により展開されている。
深海の闇は濃く、肉眼ではほとんど何も見えないが、バスティオンには高度な探知機能が搭載されており、生物や障害物など、気になる対象が自動的にフォーカスされる仕組みだ。
淡い光を放つ魔導灯が室内を照らす中、沈黙を破ったのはティアだった。
「ねえ、レイ……あなた、本当に信じてる? これを集めることが正しいって」
レイは視線を外さず、制御盤に手を置いたまま答える。
「正しいかどうかは考えてない。僕たちは冒険者だ。依頼を受けた以上、果たすだけだ」
ドロスが肩をすくめる。
「だよな。報酬も破格だし、国の研究ってやつだろ? 俺は気にしねぇ」
ティアは唇を噛む。
「……でも、ソウルナビゲーターを通すと……時々、感じるの。
意思みたいなもの。……気持ち悪い」
レイの指が一瞬止まった。
「前も言っていたな?」
「ええ……全部じゃない。でも、いくつかの核から……声じゃない、残響みたいな……」
ドロスが笑い飛ばす。
「気のせいだろ。魔素が強いだけじゃねぇのか?」
ティアは首を横に振る。
「違う……そうじゃないの。……何かが、眠ってるみたいな……」
レイは短く息を吐き、再び操作に集中した。
「……気になるが、今は回収が先だ」
その声は冷静だったが、胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚が残っていた。
* * *
ティアは静かに目を閉じ、両手に魔素を集中させる。
淡い光が指先から広がり、複雑な紋様を描き出した。
「夢の羅針盤」
両腕から魔刻文が薄く発光し、魔素が渦を巻く。
それはやがて、立体的な地図へと変わった。
海溝の深部が精緻に浮かび上がり、暗黒の裂け目が幾重にも重なる様子が見える。
ティアは地図を操作し、魔素の流れを指先でなぞった。
地図は自在に拡大・縮小し、海溝の奥へ奥へと潜っていく。
やがて、1点が赤い光を放つ。
「封印核はここね。」
「もう少し東か。わかった、移動しよう。」
* * *
海溝の最深部――そこは光すら届かぬ世界だった。
結界が水圧を弾き、バスティオンは静寂に包まれているが、その静けさが恐怖を増幅させる。
「この辺りだよな……?」
「えぇ、そうね。でも暗すぎて見えないわ。」
「よし、結界を拡げよう。」
レイが告げると、バスティオンを包む結界がゆっくりと変形し、外界の闇を押し分けながら海溝の裂け目へと伸びていく。
圧力に軋む音が遠くで響き、司令室の空気が張り詰めた。
「結果以内の海水は排出した。これで外に出ても大丈夫だ。」
レイが操作を続けると、結界内の水が消え、静寂が訪れる。
「よし、それじゃ捜しに行くか。」
「うぇぇ、まじで外に出るのかよ。大丈夫なんだよな?」
「あぁ、もちろんだ。」
3人はバスティオンを出た。
結界に守られているとはいえ、周りは深海の闇。
生身で立っているという事実が、背筋を冷たくする。
「なんか、静かすぎて耳鳴りがする……」
ティオが呟く。
「僕の結界は絶対だが、やはり不気味だな。」
レイが低く答える。
「おい、あれじゃねぇか!?」
ドロスが前を指さし、封印核へと駆け寄った。
脈打つ赤黒い光が、彼の瞳に映る。
黒い鎖のような紋様に覆われた核は、まるで心臓のように脈打っていた。
ティアは息を呑む。
魔素の流れが核の鼓動に合わせて乱れ、結界の内側にまで微かな震動が伝わってくる。
「……拾うぞ。」
レイが短く告げる。
3人は恐怖を押し殺し、核を抱え上げた。




