【閑話】第4話 龍と竜
空気が乾き、風が山肌を削る音が耳に残る。
3人――いや、今回はサポート役を含め4人での行程は、すでに10日以上になっていた。
探している“例の物”――
全部で17個あるその封印核だ。
3人だけで1つ1つ追うには時間がかかりすぎるため、
危険度が低いと思われる場所には、すでに冒険者ギルドを通して依頼を出してある。
夢の羅針盤が示す“核の形状”をすべてイラスト化し、依頼書に添付していた。
あとは各地の冒険者が見つけてくれるのを待つだけ。
少なくとも、静止している核であれば時間の問題だろう。
しかし、問題なのは——
残った中の一つが、どう見ても静止していなかった。
「……動いてるな」
「はい。竜の巣を中心に、不規則に移動しているようです」
地図上の点は、まるで小動物のような軌跡を描き、竜の巣の外縁をぐるぐると回り続けている。
「逃げてるって感じじゃないな……運ばれてる、いや……」
「こりゃ、喰われたんじゃねーのか?」
「はい。おそらくその可能性が最も高いです」
胸の内で嫌な予感が確信に変わる。
竜の巣——。
冒険者なら誰もが知る危険地帯で、
“近付かない”ことが前提の場所だ。
そしてギルドから得られた追加情報は、予想以上に悪かった。
「……融合?」
「はい。現地での生体魔力観測記録から、封印核が竜の体内に取り込まれたと判断できます」
核を取り込んだ竜は3倍の体躯へ肥大。
魔力は上級竜種に匹敵するレベル。
レイ・カルナスが静かに補足する。
「3倍の体躯ですか。
討伐難度は、推定でS級ですね」
その説明が終わるころ、ドロス・ハーガンは黙って前へ出た。
「がっはっは。S級のドラゴンか!! なら俺様の出番だな」
その声音には迷いがなかった。
* * *
竜の巣へ近付くにつれ、空気の温度が変わる。
地熱が地表を歪ませ、硫黄と焦げ土の匂いが鼻を刺す。
「気配が濃いな……周囲の竜は?」
「問題ありません。すべて下級種の巡回圏外です」
レイは3人の半歩前を歩きながら、
敵影を完全に把握し続けていた。
歩きながらも、常に自然な護衛態勢を崩さない。
竜の巣の中央部ーー地熱の吹き上がる岩場。
その奥に“異形”がいた。
3倍に膨れ上がった竜。
鱗の隙間から封印核の光が脈動し、魔力が地形を振動させる。
「……あれはもう、下級竜じゃないな」
「はい。完全に変質しています」
ドロス=ハーガンが前に出る。
手を広げ、深く息を吸った。
「いくぞ、オラァ!!」
* * *
「龍が如く!」
ドロスの魔素が爆発的に広がる。
魔素が体を覆い、変質する。
骨格が軋み、鱗が隆起し、筋肉が膨張する。
皮膚を覆うのは金属光沢の黄金鱗。
巨大な龍へと変貌したドロスが、竜と同じ高さへと並び立つ。
レイは2人を守るように位置を変えた。
足元の砂が揺れれば即座に結界展開。
空気の歪みに応じて盾の角度を調整。
まるで“攻撃を予測している”かのような最適配置だった。
竜と龍。
両者が視線を交わし、戦いが始まった。
* * *
最初に動いたのは、封印核を取り込んだ竜だった。
30メートル級の巨体が地を蹴った瞬間、地表が沈み込み、周囲の岩肌が細かく震える。
その質量の塊が生む圧力に、空気ごと押し潰されるような感覚が走った。
横薙ぎの尾撃。
空間を歪ませるほどの威力に、地面が低く唸る。
だがドロスは受け止めず、巨体に似合わぬ速度で踏み込み、踏んだ地盤を大きく凹ませながら尾の外側へ回り込んだ。
掴んだ尾を軸に、封印核竜の勢いを殺し、そのまま側面へと倒し込む。
封印核竜が地面に叩きつけられた瞬間、岩盤が陥没し、多方向へ深い亀裂が走る。
石柱のように屹立していた岩壁が次々と崩れ落ちた。
封印核竜はすぐさま反撃。
30メートル級の前肢が空を裂き、爪が通過した軌跡に薄い白線が残る。
空気そのものが圧力で削がれていた。
しかしドロスは、巨体を滑らかに後退させた。
わずか数メートル移動しただけで、足元の岩盤が沈み、外側へ土砂が押し出される。
空振りとなった竜の爪から飛んだ衝撃波が観戦組へ迫る。
「下がってください」
レイが即座に結界を展開。
光の膜が衝撃を吸収し、表面に静かな波紋が伝わった。
封印核竜が吼え、胸腔が膨らむ。
凝縮された魔力が一気に爆ぜ、爆風が広がり、砕けた岩を吹き飛ばす。
地表が抉れ、熱風に乗って白煙が上がった。
レイは風向きと衝撃の軌道を読み取り、自然に3人を最適位置へ誘導する。
「右側へ。……そこは巻き込まれます」
「魔力の流れ、変わってるな」
「はい。竜の内部エネルギーが不安定です」
その背後では、破壊が続く。
封印核竜の咆哮が空気を震わせ、
周囲の崖が細かな砂を落とした。
龍の拳が大地へ叩き込まれるたびに、
地表が円形に陥没し、周囲へ石片が跳ね飛ぶ。
封印核竜が跳躍。
巨体が生む影が3人の頭上を通り過ぎ、炎が吐き出される。
炎が触れた岩は赤熱し、溶け出した。
ドロスは炎を突き破り、カウンターで封印核竜の顎へ打撃を叩き込む。
封印核竜の首がしなり、骨の軋む音がわずかに響いた。
墜落時の衝撃で、ドロスが着地した地面は大穴を開けた。
そして——。
ドロスが深く息を吸う。
周囲の空気が吸い寄せられ、地表の砂礫がふわりと浮いた。
熱も風も光も、喉奥へと集束していく。
「……来るぞ」
レイの声が沈み、3人が身構えた。
封印核竜も迎撃姿勢を取り、胸部の封印核が脈打つように明滅する。
次の瞬間——。
ズオオオオオオォォォッッ!!!
白光が奔流となって奔り出た。
世界そのものを押し流すような直線の破壊。
封印核竜の防御を易々と飲み込み、体躯ごと押し潰し、
背後の地形を長く抉って消えていく。
光がやがて収束する。
封印核竜は沈黙し、谷の中央には深い溝と、溶解した岩の窪みが残されていた。
もはや、戦闘前の地形の原型はどこにもない。
* * *
「……派手に壊れたな」
龍化が解け、人の姿へ戻ったドロス・ハーガンが崩れた地形を見渡す。
抉れた岩盤、溶解した地層、地熱が露出して白煙が立ち昇る――
もはや、戦闘前の形跡はどこにもない。
「張り切りすぎです。あまり負荷を増やしすぎるのは感心しません」
レイが歩み寄り、淡々とした声音で苦言を呈した。
非難というより、淡い呆れを含んだ声音だ。
「ん? そうか?」
ドロスは肩を回して軽く笑う。
「まあ……そのために“こいつ”を連れてきたんだろ」
視線が後方の1人へと向けられる。
その人物はゆっくりと前へ歩み出た。
深い緑色のローブ、風の流れを乱さない静かな足取り。
年齢は不明だが、佇まいに圧倒的な安定感がある。
名前はアレク・フィールズ。
S級冒険者だ。
派手な武技や破壊力ではなく、
治癒能力において右に出る者はいない と評されている。
人の傷を癒すだけでなく、戦場で崩壊した地形や森を修復したという逸話がいくつも残されているほどだ。
「このままでは帰れませんね。……では、始めます」
彼は静かに、ほとんど息をするような自然さで片手をかざした。
アレク・フィールズの声は穏やかで、しかし大地に触れる前から周囲の空気が変わるほどの濃密な魔素が漂い始めていた。
* * *
アレク・フィールズは崩れた地形の中心へ歩み出る。
熱風が吹き上がり、割れた地層の隙間から白煙が昇っていたが、
彼の足元だけは驚くほど静かだった。
「少し離れてください。時間の流れを戻します」
言葉は淡々としていたが、その声音に無駄がない。
ただそれだけで、“言葉どおりのことが起きる”と確信できる重みがあった。
アレクが片手をかざす。
――空気が、止まる。
風が止まり、砂埃が宙で動きを止め、
蒸気が1本の糸のように形を保ったまま固まる。
世界が一瞬だけ、息を潜めた。
次の瞬間、
大地全体から淡い光がにじみ出す。
「原点回帰」
その声が落ちた途端、光は波紋となって広がった。
抉れた谷が、逆再生のように隆起していく。
砕け散っていた岩が空中で軌跡を描き、割れる前の形へと再結合する。
溶けて流れ出していた岩肌も、ひとつの層へと戻り、
地熱の噴気孔がゆっくりと閉じていく。
地形だけではない。
少し離れた位置で、ドロス・ハーガンの身体が淡く光を帯びた。
龍化解除後に残っていた裂傷や打撲――
そのすべてが、時間を巻き戻されたように閉じていく。
痛みは霧散し、
血の跡は消え、
筋肉の軋みは万全の状態へ戻っていく。
「……なるほど。これが“アレクの癒し”か」
ドロスが腕を確かめながら呟いた。
アレク・フィールズは微笑を見せるでもなく、
淡々と手を下ろした。
「あなたが戦えなくなれば困るでしょう。
それに――自然が荒れたままなのも、本来の姿ではありませんから」
言っている内容は穏やかなのに、
その言葉の裏にある“確かな技量”と“責務”が空気を引き締める。
レイが静かに頷く。
「……やはり、あなたがいて正解でした」
修復された谷は、先ほどまでの惨状が嘘のように整っている。
まるで戦闘そのものが、最初から存在しなかったかのようだった。
こうして4人は、5つ目の封印核を手にするのであった。




