第39話 砦攻略戦 ― 灰燼と疾風と瞬閃
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階段を駆け上がった瞬間、鼻を突く悪臭が襲ってきた。
血と腐敗臭、獣の体臭が混ざり合い、喉の奥に重くまとわりつく。
視界に広がったのは――賽の目状に区切られた居住区。
小さな部屋が並び、壁には黒い手形がべったりと貼り付き、乾いた指跡が不気味に残っていた。
腐った食料と毛皮の切れ端が床に散乱し、湿った空気が靴底にまとわりつく。
「6部隊に分かれろ! 手前からシラミ潰しだ!」
リーダーの号令が飛び、探索者たちが即座に動く。
篠崎は中央突破の部隊へ。
「俺は真ん中だ。派手にやるぜ」
最上は右翼の高速掃討部隊に加わり、栗色の髪を揺らして笑った。
「じゃ、左は任せたわよ」
俺は左翼の部隊に配置された。
5名の探索者とともに、暗い通路へ踏み込む。
ホルダーを確認し、深く息を吐いた。
煙幕弾、閃光弾、無限拘束――すべてチャージ済みだ。
(よし、いっちょやってやりますか!――)
* * *
通路は規則正しく区切られており、部屋ごとに異様な光景が広がっていた。
腐った食料が散乱する部屋、毛皮が積まれた部屋、血溜まりが広がる部屋――
どこも不潔で、獣の臭気が鼻を突く。
最初の部屋を蹴破った瞬間、ゴブリンの咆哮が響く。
閃光弾を投げ、視界が白く染まる。剣士が斬り込み、槍兵が突き刺し、俺もバットを振り抜いた。
腕に伝わる骨の感触が、戦場の現実を突きつける。
次の部屋では弓兵が待ち構えていた。矢が飛び、壁に突き刺さる。
俺は煙幕弾を投げ、白煙が視界を覆う。
その隙に剣士が突進し、弓兵を斬り伏せる。
槍兵が残り2匹を串刺しにし、腐臭がさらに濃くなった。
さらに進むと、寝床らしき部屋でホブゴブリンが槍を構えていた。
慣れた身体強化で素早く動き、槍を回避。
バットをモーニングスターモードに変換し、全力で振り抜く。
筋肉が悲鳴を上げるほどの衝撃が腕に走り、敵の胴が砕けた。
ポリゴンが壁に飛び散り、黒い手形に重なる。
その後も、ゴブリンの群れを閃光弾や煙幕で視界を奪い、探索者が一気に突入。
俺も加わり、バットを振り抜くたび、腕が痺れ、呼吸が荒くなる。
(『現在、5部屋目を制圧。敵は合計29体掃討済み。残り探索範囲は約38%と推定されます』)
(……まだ半分以上あるのかよ)
さらに進む。
(『7部屋目を制圧。敵は合計49体掃討済み。残り探索範囲は約24%』)
(よし、あと少し!)
数分後、通路は静寂を取り戻した。
壁際の血の手形が、戦場の異様さを際立たせていた。
(『左翼前方の掃討完了。中央十字路で各部隊と合流しましょう』)
(よし、行くぞ――)
* * *
左右の部隊が次々と合流してきた。
最上の部隊は血に染まった剣を携え、息を整えながら駆け込む。
「右は片付いたわ!」
最上が声を張り、栗色の髪を揺らす。
左翼の俺たちも合流し、剣士が肩で息をしながら笑った。
「こっちも終わりだ!」
34名の探索者が、十字路に集結、空気が一気に張り詰める。
中央部――大きな十字路に、簡易バリケードが築かれていた。
木材と鉄板を組み合わせた防壁、その背後には巨大なバリスタと魔法陣。
ゴブリンの群れが牙を剥き、こちらを睨んでいる。
その場に、篠崎が一歩前に出た。
「……めんどくせぇな」
肩を回し、息を吐くと、口元に笑みを浮かべる。
「任せな」
その瞬間、彼の体を熱波が覆った。
空気が歪み、視界が揺らぐ。
「灰燼と化せ」
低く呟いた声とともに、篠崎の全身から赤熱のオーラが噴き出す。
鉄の匂いと焦げる匂いが混ざり、周囲の温度が跳ね上がった。
石畳が赤く染まり、空気が焼ける音が耳を打つ。
ゴブリンたちが一斉に吠えた。
「ギギャァァァッ!」
バリスタが唸りを上げ、巨大な矢が篠崎へ向かって放たれる。
同時に、弓兵が矢を雨のように降らせ、マジシャンが詠唱を終えた火球を解き放つ。
炎の渦、氷槍、雷撃――あらゆる攻撃が篠崎を飲み込もうと殺到した。
だが、そのどれもが、彼の歩みを止めることはなかった。
矢は空中で溶け、液体金属となって床に滴る。
火球は触れた瞬間に蒸発し、氷槍は赤熱の空気に触れた途端、白い蒸気を残して消えた。
雷撃すら、篠崎の周囲で火花を散らし、力を失って霧散する。
彼はただ、歩いていた。
剣を振るうこともなく、盾を構えることもなく、ただただ前進する。
熱波が彼の周囲を渦巻き、空気を歪め、敵の攻撃を無意味に変える。
その姿は、まるで無人の野を行くがごとく――絶対的な支配者の歩みだった。
ゴブリンたちは恐怖に駆られ、次の手を打つ。
「ギギャァァァァッ!」
最後の手段と言わんばかりに、群れが一斉に突撃した。
槍を構え、剣を振りかざし、牙を剥き、篠崎を押し潰そうと殺到する。
その足音が地面を震わせ、空気を裂く。
だが、それすらも無意味だった。
篠崎の周囲に渦巻く熱波が、突撃したゴブリンを瞬時に焼き尽くす。
皮膚が泡立ち、骨が赤く染まり、次の瞬間には塵――ポリゴンの残骸となって消える。
悲鳴は炎に呑まれ、声を上げる暇すらない。
何をやっても、篠崎の歩みは止まらない。
再びバリスタの矢が放たれるが、空中で溶けて滴り落ちる。
魔法が幾度も撃ち込まれるが、炎の壁に触れた瞬間、力を失って消える。
ゴブリンの群れが次々と突撃するが、炎の渦に呑まれ、灰となって散る。
篠崎は歩き続けた。
その歩みは、ゆっくりと、しかし確実に――絶望を刻むように。
敵の抵抗は激しさを増すが、そのすべてが無意味に終わる。
彼の周囲には、焼け焦げた鉄片と灰だけが残り、炎の熱気が空気を支配していた。
そして、ついに篠崎はバリケードの前に立った。
片手をかざす。
その瞬間、炎が噴き出し、轟音が十字路を震わせた。
炎の奔流が壁を呑み込み、木材を灰に変え、鉄板を赤く溶かす。
ゴブリンの断末魔が煙に消え、視界は赤と黒に染まった。
篠崎は振り返り、笑みを浮かべた。
「まぁこんなもんだ」
ちょっとコンビニ行ってきた、とでも言わんばかりな気軽で、しかし絶対的な力を示す響きを持っていた。
「疲れたから、あとはよろしくな」
炎の王が去った後、十字路には静寂が戻った。
だが、その静寂は、篠崎が刻んだ圧倒的な力の証だった。
* * *
砦の奥、大きな指令室に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
前方からこれまでにない威圧感と殺意が伝わってくる。
中央には2体の主ゴブリン――
1体は黒鉄の鎧に鉄柱のような棍棒。
盛り上がる肩は岩塊のようで、鎧の隙間から覗く筋肉が脈打つたび、血管が蛇のように走る。
黄色い双眸が獲物を射抜き、熱い吐息が床を焦がす。
もう1体は異様に長い四肢。
骨ばった腕に戦斧を逆手に握り、灰色に乾いた皮膚の背から棘のような骨が突き出している。
動くたび、軋む骨音が神経を削る。
狂気と知性が入り混じった目は、まるで「殺す」という概念だけで作られたかのようだ。
――そして、その外周を取り巻くのは60体ほどのゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリンマジシャン。
壁際には煤で黒く焦げた魔法陣が並び、床には急ごしらえの釘付き障害物が散乱している。
探索者たちは陣形を整え、今か今かと号令を待つ。
その緊張を裂くように、探索者のリーダーが声を張り上げた。
「――全員、突撃!」
同時に、指令室の奥で主ゴブリン2体が応えるように雄叫びを上げる。
「グォォォォォォォッ!」
石壁が震え、取り巻きのゴブリンたちが吠え返す。
武器と武器がぶつかり合う硬い音、火球の爆ぜる衝撃、焦げた肉と鉄の匂いが混ざって鼻を突く。
序盤は探索者側が有利だった。
盾兵が押し込み、槍が膝を裂き、後衛の矢がマジシャンを次々と射抜く。
「押せ! このまま突破する!」
戦線が前へと押し広がる――
――だが、その光景を見た主ゴブリン2体が、再び雄叫びを上げて戦線に突入した。
黒鉄の鎧の巨躯が鉄柱を振り上げ、もう1体は長い四肢で戦斧を引きずりながら前へ。
一歩で床が砕け、衝撃波が前衛を弾き、隊列が歪む。
混戦が一気に深まり、叫びと火花が渦を巻いた。
その渦の縁から――最上が歩み出る。
「……大きいだけね」
彼女の気配は、奇妙なほど静かだった。
次の瞬間、疾風。
キーーンという甲高い音と共に空気が切り裂かれ、視線が追いつく前に輪郭が流れる。
長い四肢の主ゴブリンが戦斧を振り下ろすより速く、最上の刃が白い稲光となって喉元に走る。
1拍。喉が開く。
2拍目に至る前に、刃が返って頸椎を断つ。
――だが、最上の動きは止まらなかった。
その刹那、彼女の体は疾風を超え、稲光の連なりとなる。
目にも止まらぬ速さで、刃が空間を刻み続ける。
肩、腹、脚、背、腕――
斬撃が連鎖し、金属音と肉の裂ける音が重なり、戦場の喧騒を一瞬かき消す。
一撃ごとに血飛沫が弧を描き、赤い霧が視界を覆う。
その数――22。
一呼吸の間に、22の閃光が走り、主ゴブリンの巨体は細切れに刻まれていく。
膝が砕け、腕が飛び、胴が断たれ、最後に頭部が粉砕される。
肉片と鉄片が床に散り、血が釘付き障壁を赤く染める。
音が遅れて耳に届き、戦場が再び喧騒を取り戻した時――
そこに、主ゴブリンの形を留めるものは何一つなかった。
最上は鞘に刃を収める仕草で、戦場の混沌から切り離されたかのように立っていた。
周囲の混戦は続く。
だが、彼女の一撃――いや、22撃で、中心の重石が1つ、完全に消えた。
――残る主ゴブリンが俺の正面へ踏み込む。
黒鉄の鎧、鉄柱の棍棒。
踏み込み一歩で床が砕け、破片が弾丸のように跳ねる。
衝撃波が頬を裂き、血の味が口に広がる。
背後ではホブゴブリンの突撃、横からはマジシャンの火球が尾を引き、戦場の音が重層的に押し寄せる。
「速っ……!」
盾を割る音、槍が滑る金属音、矢が羽根を震わせる微かな風切り。
蜻蛉飛びでかわし、バットで棍棒の角度を殺す。
腕の骨が震え、視界の端が赤く滲む。
援護の矢が敵の肩を穿ち、槍が膝を狙う――それがなければ、今ので終わっていた。
(『特訓の成果を見せる時です』)
(わかった、イチカ――合わせろよ!)
(『お任せください』)
「うぉぉぉぉ!」
敏捷特化の身体強化が発動し、直哉の体は風を纏ったかのように軽くなる。
青い魔素が全身を包み、冷光が皮膚を走る。
筋肉はしなやかに、骨は弾力を帯び、重力すら味方にしたかのような感覚。
その瞬間、主ゴブリンが猛攻を叩き込んできた。
棍棒の打ち下ろし――床が爆ぜ、破片が弾丸のように四方へ飛び散る。
横薙ぎ――空気が裂け、衝撃波が盾兵を薙ぎ払い、金属音が耳を刺す。
肩打ち――鉄柱が唸り、視界が赤い残光で染まる。
だが、直哉は一切怯まない。
イチカが発動した時穿つ瞳の効果で、世界は粘性を帯び、水中のように鈍く流れていた。
火球の尾が長く伸び、矢の軌跡も摘めそうなほど遅い。
あれほど速かった敵の棍棒も、今や余裕をもってかわせる。
直哉は呼吸するように回避する。
1歩目――風を裂き、足裏で床の亀裂を捉える。
2歩目――影に潜り、腰をひねって衝撃波を抜ける。
3歩目――死角へ滑り込み、棍棒の殺意を背後に置き去りにする。
肩を抜き、腰を回し、視線だけで回避線を描く――そのすべてが、直哉にとっては自然な動作だった。
まるで、世界が彼に合わせて遅れているかのようだ。
敵の棍棒が振り抜け、肘が開いた――その瞬間、直哉は踏み込む。
「そこだぁぁ!!」
まるで直哉が分身したかのように、3つの軌跡が時差なく重なり、空間を裂いた。
1閃。肩を断つ。
2閃。鳩尾を刻む。
3閃。頸椎を断ち切る。
3つの衝撃が同時に走り、巨体が理解するより早く、力が抜け膝が砕ける。
棍棒が手から滑り落ち、床に鈍い音を残す。
時間が通常の速度へと戻った。
(『理想の全包囲攻撃にはまだほど遠いですが……』)
(あぁ、でも今はこれがベストだ)
直哉はバットを肩に担ぎ、わざとらしく口角を上げる。
「名付けて、瞬閃三連撃!」
血の霧が静かに落ち、戦場の喧騒が再び押し寄せる――。
最上が剣を払ってこちらを見やり、口元にわずかな笑み。
「終わったわね」
俺は肩で息をしながら頷いた。
「……はい、終わりました」




