第4話 動き始めた日常
「おい神谷、今日の体育、また持久走だってよ。先生、絶対俺らを第2層に送り込む気だろ」
佐伯が机に突っ伏し、魂が抜けた声でぼやく。
「いや、先生は第2層どころか、職員室の階段すら登るの嫌がってるだろ」
「それな! あの人、絶対ダンジョン未経験者だよな。なのに俺らには“体力は基本だ”とか言ってくるの、理不尽すぎる!」
直哉は苦笑しながら、窓の外を見た。
秋晴れの空が広がっていて、グラウンドにはすでに体育教師が準備運動を始めている。
(昨日の訓練の成果、試せるかもな……)
* * *
「位置についてー、よーい……ドン!」
笛の音とともに、クラス全員が走り出す。
直哉は最初、いつも通りのペースで走っていたが、3周目に入ったあたりで気づいた。
(あれ? 佐伯が後ろにいる……?)
いつもなら佐伯に置いていかれるのに、今日は逆だった。
しかも、息もそんなに上がっていない。足も軽い。なんなら、風を切ってる気すらする。
「おい神谷、なんか今日、速くね?」
「え、そう?」
「そうだよ! 俺、昨日ダンジョンでスライム8体倒して、魔石8個ゲットしたのに、なんでお前の方が元気なんだよ!」
「全部10等級?」
「そうそう。全部10等級だったけど、1個だけちょっと高く買ってもらえた! 色が濃かったらしくて、“治療用に向いてますね”って言われた」
「へぇ、スライムの個体差って、魔石の純度に影響するんだな」
「らしいぞ。最近、スライムの動きが速くなってきてるから、油断できない」
直哉は笑いながら走り続けた。
佐伯の話は面白いけど、今は自分の身体の変化に集中したかった。
(イチカのか、やっぱり効果あるんだな……)
『心拍数安定。筋肉の酸素供給も良好です。次回は瞬発力の訓練を提案します』
(今それ言う!?)
イチカの声が脳内に響く。
便利だけど、タイミングは選んでほしい。
* * *
「昨日の探索で魔石10個ゲットしたんだけど、1個が微妙に光っててさ。鑑定士に“これは第2層と同等の可能性がありますね”って言われたんだよ!」
「マジで!? 第2層って、あの“牙持ちモグラ”が出るとこだろ?」
「そうそう! 噂によると、見た目ただのモグラなのに、地面から急に飛び出してくるらしい。しかも牙が鋭くて、当たったら制服が裂けるって」
「それ、怖すぎるだろ! 俺のジャージ、もう穴だらけなのに!」
昼休み、教室の隅ではダンジョン探索の話題で盛り上がっていた。
直哉と佐伯もその輪に加わっていた。
「俺なんて、昨日の探索で魔石6個。全部スライムからだけど、1個はちょっと高く買ってもらえた!」
「おお、それはラッキーだな。俺は全部10等級だったよ。」
「神谷は、最近ダンジョン行ってる?」
「……まあ、ちょっとだけ」
「お、マジか! 第何層?」
「第1層だよ。まだまだ初心者」
「そっかー。でもさ、第2層行けたら、もう“先輩”って呼ばれるレベルだよな」
「第2層って、入口の時点で魔力の圧が違うって聞いた。あと、モンスターの目が光ってるらしい」
「それ、演出じゃない? “牙持ちモグラ”とか、“鋼殻アルマジロ”とか、“岩板ゴーレム”とか、もうアニメの敵キャラじゃん」
「いや、実際に攻撃力が段違いらしいよ。第1層のスライムが“ぷるぷる”なら、第2層のモンスターは“ガチで殺しにくる”って」
「それ、怖すぎるだろ!」
直哉は笑いながら聞いていた。
みんなの話は面白いし、どこかで本当の情報も混じっている。
でも、自分が体験したことは、まだ誰にも話していない。
(イチカのことは……やっぱり秘密にしておこう)
* * *
「なあ神谷、お前ちょっと雰囲気変わったよな。なんか、落ち着いてるっていうか、動きがキレてるっていうか」
「そうか?」
「うん。体育のときもそうだったけど、なんか“第2層行けそうな人”って感じがする」
「……まだ早いよ。第1層でさえ、油断したらやられる」
「まあな。俺もスライムに足すくわれて、魔石落としかけたし」
「それ、スライムの勝ちじゃん」
「完全に勝ちだよ。あいつ、ぷるぷるしながら去ってったし」
2人は笑い合った。
ダンジョンの話も、日常の延長線上にあるようで、妙にリアルだった。
* * *
『今日の身体反応は良好でした。次回の訓練では、跳躍力の強化を推奨します』
「跳躍力か……第2層のモンスター、地面から飛び出してくるって噂あるしな」
『“牙持ちモグラ”との戦闘では、上下移動が重要です』
「……俺は、もう少し一人でやってみたい」
『理解しました。直哉はソロ探索を好みます。単独行動に最適化された支援を継続します』
「ありがとう、イチカ」
(俺も、少しずつ変わってるのかもな)
* * *
翌朝、直哉はいつも通り学校へ向かった。
でも、昨日よりも少しだけ足取りが軽かった。
体育の授業、魔石の話、ダンジョンの噂。
全部が、どこか繋がっているような気がしていた。
そして、彼は知っていた。
この日常の中に、確かに“冒険”があることを。




