第34話 決戦前夜 ― 52名の集結①
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
ダンジョン課の大会議室――普段は事務的な打ち合わせに使われる空間が、今日は異様な熱気に包まれていた。
長机が整然と並び、壁際には大型スクリーン。蛍光灯の白い光が、探索者たちの顔に影を落とす。
そこに集まったのは探索者49名、そして魔素能力者2名と俺を加えた計52名だ。
今日は誰も武具を身につけていない。
代わりに、ラフな服装やジャケット姿――だが、その眼光は鋭く、歴戦の猛者というオーラが隠しきれない。
革靴の音、椅子の軋み、低く交わされる声。
緊張と高揚が入り混じり、空気が重くなる。
「……すげぇな、これ」
思わず口から漏れた言葉は、誰に向けたものでもなかった。
俺――神谷直哉は、群れの端で立ち尽くしながら、目の前の光景に圧倒されていた。
(52人中、俺の実力は30位前後……身体強化を使えば20位には食い込めるか?)
(『推定順位、32位。身体強化を使用した場合、21位まで上昇します。
なお、現状の筋力では盾役との直接衝突は非推奨です』)
(……数字で言われると余計にプレッシャーだな)
(『プレッシャーは集中力を阻害します。呼吸を整え、視線を一点に固定してください』)
(了解)
胸の奥がじわじわと重くなる。
この場にいる全員が、俺より強いんじゃないか――そんな錯覚が、喉を締めつける。
* * *
視線を巡らせながら、俺はふと考えた。
(……こういう場面、トラなら絶対テンション上がってるよな)
あの頼れるバカ――藤堂武虎。
何かと「実戦こそ修行!」とか言って、こういう大規模イベントには率先して参加しそうなタイプだ。
だが、今回はいない。
(『藤堂様は、大学の試験期間中につき不参加と記録されています』)
(……試験かよ。あんまりトラが勉強してるのが浮かばないな)
(『成績は良いようです』)
(えっ、なんで知ってるの?)
(『調査いたしました』)
(怖っ!)
* * *
職員が声を張り上げる。
「魔素能力者の皆さん、こちらのテーブルへお願いします!」
視線を向けると、すでに2人の男女が席についていた。
どちらもラフな服装だが、纏う雰囲気は普通じゃない――圧がある。
1人目は、長身で切れ長の目をした男。
黒のタートルネックにジャケットを羽織り、姿勢がやけに整っている。
彼は俺を見るなり、軽く顎を引いた。
「篠崎だ。戦車ぐらいならなんとかできる自信がある。よろしくな」
冗談めかした口調だが、声に妙な説得力がある。
俺は思わず笑ってしまいそうになりながら、慌てて頭を下げる。
「神谷直哉です。よろしくお願いします!」
すかさず、隣の女性が肩をすくめて笑った。
「最上よ。
篠崎さんのようなパワータイプじゃなく、私はスピード重視ね。
遠距離攻撃もそれなりにできるわ。よろしくね」
彼女は栗色の髪を後ろでまとめ、白シャツにカーディガンというシンプルな服装。
だが、その目は鋭く、笑みの奥に何かを隠している。
「ちなみに、篠崎さんが戦車を止めるって言ったら――本当にできるから、あんまり疑わない方がいいわよ?」
「おいおい、ハードル上げるなよ」
篠崎が苦笑する。
(……冗談なのか、本気なのか、わからないのが怖いんだけど)
胸の奥で、緊張と期待がせめぎ合う。
* * *
スクリーンがゆっくりと切り替わり、砦の全景が映し出された瞬間、会議室の空気が一段と張り詰めた。
白い蛍光灯の光が、砦の立体図を青白く照らし、壁に影を落とす。
プロジェクターの低い駆動音が、静寂の中で妙に耳に残る。
紙の資料をめくる音、ペン先がノートを走る微かな擦過音――それらが、緊張のリズムを刻んでいた。
「今回のターゲットは、砦に潜むゴブリン約1,000匹。
弓兵、マジシャン、ホブゴブリン多数。そして――主ゴブリン4体を確認済みです」
職員の声が、冷たい空気を震わせる。
その言葉に、ざわめきが広がった。
椅子の背もたれが軋む音、誰かが小さく息を呑む音が、妙に生々しい。
主ゴブリン――その名だけで、場の空気が重くなる。
俺の背筋にも冷たいものが走った。
(1,000匹……? 数字で聞くと、胃が痛くなるな)
(『正確には1,027体と推定されます。弓兵比率は約3割、魔法使い型は1割未満』)
(イチカ、そういう細かい数字、今いらない!)
スクリーンがズームし、砦の外壁、見張り台、内部構造が次々と表示される。
石造りの壁は厚く、通路は狭い。
その奥に――魔石結晶が眠っている。
「目標は敵の殲滅、および砦最深部に保管されている魔石結晶の入手。
報酬は人数割ですが、主ゴブリンを討伐したPTには特別報酬があります」
俺は深呼吸をした。
胸の奥で、不安と期待が渦を巻く。
この場にいる全員が、明日、命を賭ける――いや、死なない世界だとしても、痛みも疲労も本物だ。
甘く見れば、即リタイア。
その現実が、胃の奥を冷たく締めつける。
(『直哉、心拍数が上昇しています。深呼吸を3回、推奨します』)
(了解……でも、イチカ、俺……)
言葉にならない感情が喉に詰まる。
怖い。
でも、ワクワクしている自分もいる。
この52人と肩を並べて戦う――その事実が、妙に誇らしい。
職員がタブレットを操作し、声を張り上げる。
「ここからが本題です。各部隊の進行ルート、役割分担、そして緊急時の退避経路について――詳細を説明します」
こうして、決戦前夜の作戦会議が本格的に始まった――。




