第32話 加速の限界突破
是非、ブックマークか評価を。
私にガソリンをください!!
砦攻略イベントまで、残り2週間。
夕暮れの街を歩きながら、直哉はスマホをポケットに押し込み、深く息を吐いた。
――前回一緒に戦ったあのパーティ。
みんな強かったし、唯一の女性も弓の腕がぴか一だった。
「……俺、結構強いと思ってたんだけどな」
呟きは風に溶ける。
最近は武虎の道場で練習し、ゴブリン相手にも負けなくなった。
2つの頭を持つボスゴブリン――主ゴブリンと呼ばれる特殊個体――にも勝てた。
その時は、心の底から「俺、強い部類だ」と思った。
だが、第3層の猛者たちを見て、現実を突きつけられた。
「全然、足りない……」
胸の奥で、熱が灯る。もっと強くなりたい。圧倒的な力が欲しい。
「トラみたいな必殺技……断裂掌みたいなやつ」
あの赤い獣のオーラ、触れたものを消し飛ばす猛襲。
あれを見た瞬間、憧れが生まれた。
「俺も……俺だけの必殺技を作る」
夕陽がビルの隙間から差し込み、直哉の影を長く伸ばす。
その影を見つめながら、彼は拳を握った。
「光の速さで……全方位攻撃。これだ」
敵が反応する前に終わる戦闘。
残像が草原を駆け抜け、衝撃波が空気を裂く。
――そんな必殺技を使いたい。
『必殺技の構想は固まりましたか?』
頭に響く女性の声。イチカだ。
「速さだ。とにかく速く動いて、全方位から敵に攻撃を叩き込む」
『なるほど。直哉のステータス傾向――敏捷と器用が伸びやすい――それを最大限に活かせますね』
「だろ? で、どうやって速くなるかなんだけど……」
『時穿つ瞳を活用するのはいかがでしょう』
「クロノス・ハックを? どうやって活かすんだ?」
『時穿つ瞳を使用中は、直哉の動きも遅くなっているように見えます。
そこを改善するのです。
発動中に、通常速度で動けるよう特訓すれば、相対的に加速できます』
「なるほど……それができれば、必殺技の基盤になるかもな!」
* * *
草原フィールド。
空は雲ひとつない快晴、風が頬を撫でる。
「……よし、特訓だ!」
直哉は金属バット(紅蓮の豪撃)を肩に担ぎ、深呼吸した。
――砦イベントまで2週間。
必殺技を形にするなら、今しかない。
『ではいきましょう』
「おう! 今日から俺は光速の男になる!」
『光速……物理法則を無視する宣言、嫌いではありません』
「褒めてんのかそれ!?」
イチカの淡々とした声に、直哉は苦笑しながらバットを握り直す。
「魔眼!」
直哉の左目に幾何学模様が浮かび、燐光が瞬く。
世界が粘性を帯び、水中のようにゆっくりと動き出す。
――ギュンッ。
世界が変わった。音が消え、草の揺れが止まる。
ゴブリンの動きが、まるでスローモーション映像だ。
『視覚情報の処理速度を強化しています。ですが――』
「わかってる、俺が遅いんだよな!」
直哉はバットを振りかぶる。
――ズ……ズ……ズ……。
「くそ、重いっ!?」
『はい。周囲の時間認識が変わっただけで、筋肉の出力は通常です』
「もっと早く動けぇぇ……!」
ゴブリンが剣を振り下ろす。
――ヒュウウウ……。
「遅っ! でも俺も遅ぇぇぇ!」
直哉は必死にバットを振るが、剣が迫る方が速い。
「危なっ……!」
『発動中の動作を通常速度に近づける意識を』
「意識でどうにかなるなら、訓練はいらねぇよ!」
* * *
『身体強化を敏捷に集中することはできませんか?』
「敏捷に集中……確かに今までは、なんとなくこう、強化!ってやってたな」
『はい。通常の身体強化は全能力を均等に上げますが、集中すれば敏捷のみ強化することができると思います』
「なるほど……じゃあ、やってみる!」
直哉は深呼吸し、頭の中で「速さ」を強くイメージする。
――ギュンッ! ザッ!
体が軽い。視界が一瞬で開ける。
「おおっ……速い! 俺、今ちょっと主人公っぽくない!?」
『魔素消耗が激しいので、長時間は不可能です』
「だろうな……」
だが、次の瞬間――
――ズシャッ!
足がもつれ、派手に転倒。
「いってぇぇぇ! 速すぎて制御できねぇ!」
『敏捷強化の比率が過剰です。筋力とのバランスを調整してください』
「バランスって……そんな急に言われても!」
3度目の挑戦。
――ギュンッ! ザザッ!
今度はスムーズに草原を駆け抜ける。
「よし、いける!」
『成功率が上がりました。強化のイメージを「軽さ」から「しなやかさ」に変えると、さらに安定します』
「しなやかさ……? しなやかさか」
「しなやかさってどういうイメージだ?」
『……』
* * *
2週間の特訓は過酷だった。
時穿つ瞳を発動し、敏捷特化で戦闘――その繰り返し。
最初の数日は、動きがぎこちなく、連撃どころか一撃すらまともに当たらなかった。
『発動中の動作を通常速度に近づける意識を』
「わかってるけど、体がついてこねぇ!」
7日目。
――ギュンッ! ザザッ!
直哉はゴブリンの背後に回り込み、バットを振り抜く――が、空振り。
「くそっ、速すぎて狙いがズレる!」
その瞬間、ゴブリンの剣が横薙ぎに迫る。
「うわっ――!」
――ガキィン!
直哉は咄嗟にバットで受け止めるが、衝撃で腕が痺れる。
『攻撃速度は上がっていますが、精度が低下しています。動作の安定性を優先してください』
「安定性……速さだけじゃダメってことか」
悔しさを噛みしめながら、直哉は再び構えた。
10日目。
――ギュンッ! ザザッ!
残像が草原を駆け抜け、2方向からの連撃が炸裂。
「同時2連……どうよ!?」
『動作の連続性は向上しました。次は、発動時間の短縮を目指しましょう』
翌日。
魔素を全開にし、クロノス・ハック+敏捷特化+集中攻撃。
――ギュンッ! ザザザッ!
振るったバットが同時に攻撃するように、3方向からゴブリンを吹き飛ばす。
「同時3連撃……まだ理想には遠いけど、形になってきた!」
汗が頬を伝い、息が荒い。内在魔素はほぼゼロ。
『魔素消耗率は高いですが、必殺技の基盤は完成しました』
「了解……もっと速く、もっと強く!」
夕暮れの草原で、直哉は完成したときを夢見て胸を高鳴らせた。




