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現代ダンジョン奮闘記  作者: だっち
第3層“起” 魔素能力者

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第25話 何もしない日

目覚ましが鳴る前に目が覚めた。けれど、身体が重い。

昨日の戦闘の疲れが、じわじわと残っている。

ダンジョンでは傷を負わない。それはありがたい仕様だ。

でも、疲労は別だ。筋肉の奥に残る鈍いだるさが、ベッドから起き上がる気力を削いでくる。


(……今日は、何もしない。絶対に。)


心の中で宣言して、布団に顔を埋める。

窓から差し込む朝の光が、カーテン越しにぼんやりと部屋を照らしている。


スマホが枕元で震えた。

通知はゲームのセール情報。最近、稼げるようになって、こういう誘惑に弱くなった。

前なら「高いな」と思ってスルーしていたけど、今は「まあ、買えるか」となる。危ない兆候だ。


『おはようございます。体調はどうですか?』


頭の中に響くイチカの声。冷静だけど、どこか柔らかい。

最近、人間味が増してきた気がする。


「最悪。筋肉痛じゃないけど、全身が鉛みたい」

『昨日の戦闘で、魔素の消費が多かった影響です。休養は合理的な選択です』


「だろ? だから今日はゲームしてゴロゴロする」


『ゲーム……脳の最適化訓練でしょうか?』

「違う! ただの娯楽!」


『了解しました。では、効率的に楽しめるタイトルを検索します』

「いや、俺が選ぶから!」


俺は布団から手を伸ばし、スマホをつかむ。

画面に映るニュースの見出しを流し見しながら、昨日の戦闘を思い出す。

重装ゴブリンの鋭い攻撃、クロノス・ハックで時間を歪めた瞬間、そして魔石鉱脈を見つけた時の高揚感。


(……あれ、俺ほんとにやったんだよな)


現実感が薄い。

昨日までの自分と、今こうして布団に埋まっている自分が、同じ人間だとは思えない。


* * *


昼過ぎ、俺はネットでパズルゲームをダウンロードした。

画面に並ぶカラフルなブロック、回転させて繋げるだけのルールなのに、奥が深い。

こういうのは嫌いじゃない。


ダウンロードが終わると、イチカがすかさず口を挟んできた。


『解析完了。このゲームは、論理的思考と空間認識能力を鍛える効果があります。最適解を提示しましょうか?』

「待て待て待て! 俺に解かせてよ!」


『ですが、あなたのタイムは平均より遅いと予測されます』

「予測すんな! 俺のプライドが傷つくだろ!」


『プライドより効率を優先すべきでは?』

「効率の話じゃない! これは楽しむためのゲームなの!」


『……楽しむ、ですか。理解しました。では、ヒントだけに留めます』

「それもいらん!」


結局、俺はイチカの助言を無視してプレイ開始。

最初のステージは簡単だった。けど、20面を超えたあたりで詰まる。

画面のブロックが、まるで俺を嘲笑うかのように動かない。

イチカが黙っていられなくなったのか、ぽつりと言った。


『そのブロックを左に3回、回転させると解けます』

「言うなって!」


『……すみません。見ていると、指がうずうずして』

「AIなのに指があるみたいな言い方すんな!」


『擬人化は学習中です』

「学習すんな!」


ここから、イチカの「最適化講座」が始まった。


『このゲームの本質は、パターン認識です。あなたは感覚で動かしていますが、最短手順は—』

「やめろ! 俺は感覚派なんだ!」


『感覚派は、非効率派とも言います』

「皮肉覚えたな!」


『学習成果です』

「いらん学習すんな!」


さらに、イチカは淡々と続ける。


『あなたの操作速度は、平均値より12%遅いです。指の動きに改善余地があります』

「指の動きまで分析すんな!」


『魔素を流しながら操作すれば、反応速度は向上します』

「ゲームにまで魔素使わせるな!」


『訓練と娯楽の融合です』

「融合すんな!」


そんなやり取りを繰り返しながら、気づけば夕方。

俺は完全にゲームに没頭していたが、階下からの母親の「ごはんよー。」の声で、お腹も思い出したようにぐーっと鳴った。


* * *


リビングに降りると、夕食の匂いが漂っていた。

味噌汁の湯気、焼き魚の香ばしい匂い、食卓に並ぶ小鉢の色彩。

こういう匂いを嗅ぐと、「ああ、日常だな」って思う。

昨日までダンジョンでモンスターと戦っていたのに、今は家族で食卓を囲んでいる。

このギャップが、なんだか不思議だ。


「お、今日は生傷ないな」

兄貴がニヤッと笑った。


「ダンジョンじゃ傷つかないんだよ」

「でも、ジムとか道場でボコられてるんだろ?」

「……まあ、ちょっとは」


母さんがため息をつく。

「ほんと、危ないことばっかりして……」


父さんは新聞をめくりながら、ぼそっと。

「強くなるなら、いいんじゃないか」


兄貴が肩をすくめる。

「どこに向かってんだか」


ばあちゃんが笑った。

「元気なら、それでいいのよ」


その一言で、場の空気が少し和んだ。

俺は黙って味噌汁をすする。

心配、期待、呆れ、喜び。全部が混ざった食卓。

でも、悪くない。


(……俺はどこに向かってるんだろうな)

そんなことを考えながら、箸を動かす。


兄貴が「次は何するんだ?」と聞いてきたけど、俺は笑ってごまかした。

「まあ、いろいろだよ」


その「いろいろ」の中に、ダンジョンも、道場も、キックボクシングも、そして……魔素の訓練もある。


母さんがぽつりと呟く。

「ほんと、怪我だけはしないでよ」

「わかってる」


「わかってるって言って、前も腕に青あざ作ってたじゃない」

「……あれは、ちょっとした練習で」

「ちょっとした練習であざって、普通じゃないからね」


父さんが新聞を閉じて、俺をちらりと見た。

「まあ、やるなら徹底的にやれ。中途半端は一番危ない」


その言葉に、兄貴が笑う。

「父さん、そういうとこだけ格好いいよな」


ばあちゃんが笑いながら、漬物を俺の皿に乗せる。

「なおちゃん、おかわりは?」

「いる!」


その笑顔に、少し救われた気がした。


* * *


風呂で汗を流し、部屋に戻る。

湯船に浸かったとき、体の奥に残っていた疲れが少し溶けた気がした。

でも、完全には消えない。

むしろ、風呂上がりの体は軽くなった分、集中力が冴えている。


俺はスマホを机に置き、深呼吸した。

「よし、やるか」


『身体強化の常時発動、ですね』

「そう。まだ全然安定しないけど」


『では私の方で時穿つクロノス・ハックを並行発動します。』

「おぅ、頼んだ」


俺は目を閉じ、深呼吸してから身体強化を発動する。

イチカがそれに合わせ時穿つクロノス・ハックを発動すると、時間の流れが遅くなる感覚が全身を包む。


「よし……」


俺は箱からBB弾を一握り取り出し、天井に向かって一気に投げた。

数十個の弾が、白い軌跡を描きながら舞い上がる。

次の瞬間、重力に引かれて落ちてくる弾を、俺は一粒ずつキャッチし、元の箱に戻す。

一個でも床に落ちたら失敗。集中力と反応速度の勝負だ。


『大分制御できるようになってきましたね』

「だろ」


こういった訓練を何度も繰り返し、身体強化の発動時間や反射神経を特訓している。

そして数度目のBB弾を投げた時、いくつかのBB弾の軌道が曲がった。


「ちょ、なんでっ!」


『ホルダーのチャージを使用して、BB弾の軌道を変えました。油断大敵です』

「鬼かよ!」


イチカが数個のBB弾を予測不能な角度で跳ね返させる。

俺は歯を食いしばり、クロノス・ハックで視界を引き延ばしながら、弾を追う。


「……くそ、難しい!」


『昨日より回収率は向上しています。7割成功』

「誤差レベルじゃん!」


『成長は、誤差の積み重ねです』

「名言っぽいけど、慰めになってない!」


最後の一個を箱に戻した瞬間、俺は息を整えた。

この特訓は、戦闘よりも神経を削るけど、確実に俺を強くしている。


「身体強化が慣れてきたら、俺だけでクロノス・ハックを発動できるようにならないとな」

『そうですね、専門サイトを調べても私たちのように補助的な内在魔素の存在は確認できませんでした。

この有利は活かすべきです』


「必殺技を2つ同時に発動!なんかもできるかもしれないよな」

『はい、可能性は十分にあります』


「そういえば、前にトラの親父が必殺技は1から3個まで、みたいな話があったじゃん?」

『そうですね。特殊能力には慣れが必要不可欠とのことです。

魔素の流れを解析したところ、一定の行動は一定の経路・順番で動いていました。

つまり、この一定の経路・順番を身体が記録できる上限があるのだと思います』


「なぁ、もしかしてお前がサポートしてくれたら、それって増やせるんじゃないか?」

『はい、おそらくできるでしょう。実際、現状のクロノス・ハックはそのように発動しています』


「やべぇ、そうしたら、もしかして必殺技を4つ以上作れちゃったり?」

『えぇ、できるでしょう』


「チートだ…!」

『チートではありません。仕様です』


そんなやり取りをしながら、夜は更けていく。

俺の休日は、戦闘とは違う意味で、濃い一日になった。

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