第22話 藤堂心眼流迅術
「暇なら、うちの道場来てみるか?」
藤堂武虎――通称トラがLINEで通話している最中に誘ってきた。
いつものように飄々とした口調だが、どこか楽しげな響きが混じっている。
「そっか、道場やってんだっけか?」
「ああ、結構面白いと思うぜ」
トラの誘いに乗る形で、放課後、神谷直哉は藤堂家の道場へ向かった。
郊外の住宅地を抜けた先、竹林に囲まれた敷地に、立派な木造建築が現れる。
「……でかっ」
思わず声が漏れる。道場というより、武家屋敷のような佇まい。
表札には「藤堂心眼流迅術」と刻まれている。
「こっちは一般向けの道場。要は魔素なしだな」
トラが案内する先には、白帯から黒帯までの少年少女が、空手や柔道のような稽古に励んでいた。
魔素の気配はない。ごく普通の武道の空間。
「魔素ありは?」
「ほら、あれは普通じゃ使えないだろ。なんで別の場所だ」
トラは道場の奥へと進む。鉄の扉を開けると、そこには体育館ほどの広さを持つ空間が広がっていた。
「こっちが魔素使い専用の道場。通称、裏、だ」
空気が違う。張り詰めた緊張感。
床には特殊素材が敷かれ、様々な模擬武器が置かれている。
「昼の部は初心者が多いけど、それでもお前より強い奴ばっかだぞ」
直哉は言葉を返せなかった。
目の前で繰り広げられる模擬戦――身体強化を使った高速の打撃、跳躍、回避。
どれも自分の限界を超えている。
「おい、あの人、何か飛ばしてないか?」
「打撃に合わせて魔素を飛ばしてるんだ。模擬戦だから威力を抑えてるけど、本気出したら岩も砕けるよ」
「あれも必殺技なのか?」
「いや、あれはどちらかというと応用技だな」
直哉はあぜんとした。魔素の応用がここまで進んでいるとは。
* * *
「お前もそろそろ、身体強化を常時展開できるようにならないとな」
「言うのは簡単だけどさ……」
「じゃあ、試してみるか?」
トラがニヤリと笑う。
「手合わせしようぜ。俺と」
裏の道場の中央に立つ2人。周囲の視線が集まる。
直哉は深呼吸し、内在魔素を流す。
筋肉が熱を帯び、視界が鮮明になる。
「ルールは簡単。魔素による身体強化のみ。特殊能力は禁止な」
「了解」
直哉は構えを取る。藤堂も同じく、重心を低くして睨み合う。
「始め!」
開始の合図と同時に、藤堂が踏み込む。
直哉は反応し、腕で打撃を受け止める。
衝撃が走るが、身体強化のおかげで耐えられる。
「速いな……!」
「お前もな!」
直哉は反撃に転じる。打撃、回転蹴り。藤堂はそれを紙一重で避け、カウンターを狙う。
数十秒の間、互いに一歩も譲らない攻防が続く。
直哉の身体強化は短時間しか維持できないが、その間は互角以上に渡り合えていた。
だが――
「っ……切れた!」
魔素の流れが止まり、身体が重くなる。
直哉の動きが鈍った瞬間、藤堂の掌底が腹に突き刺さった。
「ぐっ……!」
吹き飛ばされ、床を転がる。
立ち上がろうとするが、藤堂の追撃が容赦なく迫る。
「まだだ!」
再び魔素を流そうとするが、残量が足りない。
身体強化が不完全なまま、藤堂の蹴りが脇腹に入る。
「一本!」
周囲から拍手が起こる。直哉は悔しさを噛みしめながら、膝をついた。
* * *
「君が神谷君か。武虎から聞いているよ」
武虎の父親。
藤堂柳太郎(道場主)は穏やかな笑みを浮かべながら、直哉を見つめる。
「なぁ親父の力も見せてやってくれよ」
トラが言うと、柳太郎はうなずいた。
「いいだろう、2人でかかってきなさい」
直哉と武虎が目配せを交わす。
試合開始。柳太郎は身体強化のみを使っているはずなのに、まったく動きが捉えられない。
「ここが甘いな」
「えっ――」
直哉の肘を軽く小突かれる。次の瞬間には背中を叩かれ、体勢が崩れる。
「なんで当たるんだよ……!」
武虎も同様に翻弄されている。
2人は再び目配せし、コンビネーションを展開。左右から挟み撃ちを仕掛ける。
直哉は《スローモーション感覚》を併用し、時間の流れを相対的に遅く感じる。
動きが見える。予測できる。
「今だ!」
直哉の拳が柳太郎の肩口を狙う。
武虎の蹴りが足元を狙う。完璧な連携――
だが。
「流転嵐舞」
風が吹き荒れる。魔素が空間を満たし、渦巻くように2人の攻撃を逸らす。
「なっ……!」
拳は風に流され、蹴りは空を切る。
柳太郎は一歩踏み出し、2人を同時に投げ飛ばした。
その後は、何をしても通じなかった。完敗だった。
* * *
試合が終わり、道場の空気が少しだけ和らいだ。
直哉は汗を拭いながら、道場主――柳太郎の前に立つ。
「素晴らしいな」
道場主は穏やかな笑みを浮かべながら、直哉を見つめる。
その視線には、戦いを見届けた者の確かな評価が宿っていた。
「魔素を覚えてまだ半年も経っていないのに、その練度。なかなかのものだ」
「ありがとうございます……でも、僕、早く特殊能力を覚えたいんです」
直哉の声には焦りが混じっていた。戦いの中で感じた圧倒的な差。
身体強化だけでは届かない領域があることを、痛感したからこその言葉だった。
柳太郎は少しだけ目を細めて、静かに言葉を返した。
「特殊能力にはキャパシティがある。多い者でも3つ、少ない者だと1つしか覚えられない。
君がどれだけ持てるかは、まだわからないが……焦る必要はない」
「でも、いろいろな能力を使えた方が……」
「もちろん、いろいろな特殊能力を使うことはできる。
だが、練度を上げない限り、威力や発動スピードに決定的な差が出る。器用貧乏では、強者にはなれない」
直哉は言葉を飲み込んだ。
確かに、武虎の《断裂掌》も、柳太郎の《流転嵐舞》も、使い込まれた技の重みがあった。
「まずは、魔素の扱いに慣れることだ。
身体強化を常時展開できるようになれば、特殊能力の開発にも自然とつながる」
「……はい」
「特殊能力は、文字通り想像の許す限りのことができる。
君が何を望むか、何を形にしたいか。それを考えることが、始まりだ」
直哉は拳を握った。
自分だけの能力――それがどんなものになるのか、まだわからない。でも、考えるだけで胸が高鳴った。
「たまに道場に遊びに来るといい。武虎も喜ぶだろうし、君の成長も見てみたい」
「……ありがとうございます」
帰り道、夕焼けが道場の屋根を赤く染めていた。
「強かっただろ、親父」
「うん……次元が違った」
「でも、お前、途中までいい動きしてたぞ。
それに急に動きが良くなる時がある。あの辺の感覚を掴めれば、もっといい線いくと思うぜ」
「そうかな……」
「そうだよ。次来る時は、もっと強くなってるって言えよ」
直哉はうなずいた。
「うん。俺、もっと強くなる。自分だけの能力、絶対に見つけてみせる」
拳を握る。
魔素の流れが、少しだけ自然になった気がした。




