第21話 技術と魔素の融合
放課後、制服姿のまま自室でストレッチをしていた直哉は、ふと念話を送った。
(イチカ、ちょっと相談がある)
(『どうぞ。内容は戦闘関連ですか?』)
(うん。最近、第3層で人型モンスターと戦うことが増えてきてさ。
動きが読みにくいし、反応だけじゃ間に合わないことがある。だから、格闘技とか習ったほうがいいのかなって)
(『それは非常に有効な判断です。
人型モンスターは集団戦術やフェイントを多用する傾向があり、反射神経だけでは対応が困難です。
技術的な“型”を習得することで、魔素の制御にも良い影響があると予測されます』)
(藤堂の道場も気になるけど、まずは普通の人間の動きを知っておきたい)
(『その通りです。直哉の身体能力はすでに一般的な水準を超えています。
だからこそ、基礎的な技術を“常識の範囲”で学ぶことが、今後の応用に繋がります』)
(じゃあ、近くでいいジムある?)
(『はい。市内にある“Strike Edge”というキックボクシングジムを推薦します。
技術水準が高く、プロ志望の若手も通っています』)
(よし、行ってみるか)
(『ただし、身体強化は使用しないように。
あまりにも身体能力に差があると、技術の習得や比較の意味がなくなってしまいます』)
(了解。今日は“普通の高校生”として動くよ)
* * *
市内の駅前にある「Strike Edge」。
直哉は受付を済ませ、見学スペースに案内された。
リングでは、若手の会員同士がスパーリングを行っている。
1人は細身の大学生、もう1人はがっしりした社会人風。
直哉は黙ってその動きを見つめる。
(イチカ、あの人たちの動き……なんかすごく滑らかだな)
(『はい。細身の方はアウトボクシングスタイルです。
ステップを多用し、相手の攻撃を外しながらジャブで牽制しています。
もう一人はインファイターで、距離を詰めてボディを狙っています』)
(なるほど……スタイルの違いか)
(『その通りです。特に注目すべきは、フェイントの使い方です。
細身の方は、ジャブのタイミングをずらすことで相手のガードを誘導しています』)
(うわ……今の、フェイントからの右ストレート、完璧だったな)
(『はい。魔素技にも応用可能です。フェイントで相手の魔素の流れを乱し、隙を作る戦法は有効です』)
(……やっぱり、こういうの学ばないとダメだな)
直哉は拳を握り、リングの攻防に見入った。
* * *
「じゃあ、まずはミット打ちからやってみようか。軽くジャブからでいいよ」
直哉はバンテージを巻き、グローブを装着する。
拳が包まれる感覚に、少しテンションが上がる。
(イチカ、これって拳を守るためのやつだよな?)
(『はい。バンテージは拳の骨格を固定し、衝撃を分散させる役割があります。
特に直哉のように打撃力が高い場合、拳を守るためには必須です』)
(へぇ……お前、ほんとに何でも知ってんな)
(『解析済みの格闘技資料は多数ありますので』)
(……ほんと、便利すぎてちょっと怖いわ)
トレーナーがミットを構える。
「じゃあ、ジャブからいこうか」
直哉は軽く踏み込み、ジャブを放つ。
ミットが沈み、トレーナーが少し驚いたように目を見開く。
「おぉ、いいね。じゃあ、ワンツー、フック、ミドルキックもいってみよう」
直哉は順番に打ち込む。
パンチの流れはスムーズで、キックも鋭い。
「よし、じゃあ今度は俺が軽く返すから、避けてみて」
「了解です」
トレーナーが軽くジャブを放つ。直哉は頭を傾けてスウェーでかわす。
「ナイス。じゃあ、次はミドルいくよ。軽くね」
「はい!」
トレーナーが右ミドルを放つ。直哉はステップバックで距離を取り、軽く笑う。
(『反応速度は十分です。ですが、回避後の反撃タイミングを意識しましょう』)
「せいっ!」
直哉は軽い掛け声とともに、左ジャブから右ストレートを打ち込む。
トレーナーはミットで受けながら笑う。
「おぉ、いいね。反応も速いし、打撃も重い。これはスパーリングも見てみたいな」
* * *
相手は大学生の若手ホープ。構えが洗練されていて、動きに無駄がない。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
(『直哉、スローモーション技術を試してみましょう。
ただし、まだ安定していません。実戦を通して感覚を掴むことで、精度が向上する可能性があります』)
(了解……)
試合開始。直哉はまずジャブを放つが、相手は軽くスウェーしてかわす。
カウンターの右が飛んできて、直哉はガードで受ける。
(『今のはフェイントです。次は左ミドルが来ます』)
(集中、集中、集中……見えた!)
直哉はスローモーション技術を試す。視界が少しだけ“遅く”なる。
相手の蹴りが見えた瞬間、直哉はステップインして距離を潰す。
「ナイス!」
だが、次の瞬間、相手は膝蹴りに切り替えてくる。直哉は反応が遅れ、腹に一撃をもらう。
「ぐっ……!」
(『失敗です。ですが、感覚は掴みかけています』)
直哉は呼吸を整え、再びスローモーションを試す。
今度は、相手の右ストレートが“少しだけ”遅く見えた。直哉はスウェーでかわし、左フックを返す。
「いい動きだ!」
だが、相手はすぐに距離を詰め、ローキックからのパンチ連携で直哉を押し込む。
直哉はガードを固めながら、イチカの声に耳を傾ける。
(『相手はリズムを変えています。次はフェイントからの右ハイです』)
(……よし、見切る!)
直哉はハイキックをギリギリでブロックし、カウンターの右ストレートを放つ。
ヒットはしたが、相手のバランスは崩れない。
「強い……!」
最後は、相手のボディブローで直哉が崩れ、試合終了となった。
* * *
試合終了のゴングが鳴ると、直哉はゆっくりと立ち上がり、息を整えた。
腹に残る鈍い痛みと、汗で濡れた前髪が、今の戦いの濃密さを物語っていた。
(……負けた。でも、楽しかった)
(『直哉、やはり技術面で大きな差がありました。
ですが身体強化なしでここまで動けたのは大きな成果です。
反応速度、回避精度、打撃のタイミング──すべてに成長が見られました』)
(だな……でも、技術ってすげぇな。
相手のフェイントに引っかかるし、リズム変えられると全然読めない)
(『それが“技術”です。魔素による身体強化は物理的な性能を引き上げますが、戦術的な駆け引きには対応できません。今後は、技術と魔素の融合が鍵になります』)
(……融合か)
リングの外では、トレーナーとスパーリング相手が直哉を見ていた。
大学生のホープはタオルで汗を拭きながら、にこりと笑う。
「いや、すごかったよ。身体能力は間違いなくトップクラスだ。技術がつけば、すぐに追いつける」
「ありがとうございます……でも、まだまだですね。フェイントとか、全然読めなかったです」
「それは経験だよ。でも、君は反応が速いし、打撃も重い。
何より、ちゃんと“見よう”としてる。そういう奴は伸びる」
トレーナーもうなずいた。
「君、素質あるよ。よかったら、また来てみないか?
うちの技術クラスにも参加していいし、プロ志望の子たちとも組ませてみたい」
直哉は一瞬迷ったが、すぐにうなずいた。
「……はい、ぜひ!」
(イチカ、どう思う?)
(『推奨します。技術習得は魔素制御にも役立ちます。
特に“断裂掌”のような技は、身体操作と魔素の流れを高度に連携させる必要があります。
今の直哉には、その基礎が必要です』)
* * *
ジムを出た直哉は、夜風に吹かれながら歩いていた。
シャツの背中は汗で湿り、グローブの匂いがまだ手に残っている。
街灯が並ぶ住宅街は、日曜の夜らしく静かだった。
(……疲れた)
『直哉、心拍数は平常に戻りつつあります。
筋肉の微細損傷も確認されていますが、自然回復可能な範囲です』
「サンキュ。今日はさすがに全身バキバキだわ」
『それだけ動いたということです。
スパーリングは、身体的にも精神的にも高負荷です』
「でも、楽しかったな。負けたけど、なんかスッキリしてる」
『それは“納得のある敗北”です。
技術的な差を実感し、次に進む意欲が生まれた証です』
直哉はコンビニの前で立ち止まり、自販機でスポーツドリンクを買った。
缶を開けると、冷たい液体が喉を潤す。
「……イチカ、俺ってさ、今まで“強くなる”って言っても、漠然としてた気がする」
『はい。これまでは身体能力の向上や魔石の運用が中心でした。
ですが、今日のような“技術の壁”に触れることで、成長の方向性が明確になります』
「うん。なんか、やっと“自分に足りないもの”が見えた気がする」
信号待ちの交差点で、ふと空を見上げる。
街灯の隙間から見える夜空には、雲が薄く流れていた。遠くで犬の吠え声が聞こえる。
『直哉、今日のログは保存しておきます。
動きの記録、反応パターン、スパーリング中の判断──すべて次回の訓練に活かせます』
「サンキュー」
直哉は笑みをこぼしながら、歩き出した。スマホが震えた。藤堂からのメッセージだった。
「次の休みに道場来いよ。魔素の話、もっとしてやる」
「行く。よろしく頼む」
返信を打ち、スマホをポケットにしまう。
風が少し強くなり、街路樹が揺れる。
今日の戦いは終わった。
だが、次の一歩はもう始まっている。




