第20話 断裂掌《ブレイクハンド》
さて、突然だが──探索者の能力について、少し比較をしてみようと思う。
いわゆる一般人は、レベル0から始まる。
これは、ダンジョンに入ったことがない人間の初期値であり、成人男性の平均ステータスはおおよそ「10」だ。
体力、筋力、敏捷、器用、知力──すべてが10前後。
つまり、普通の人間だ。
ダンジョンの第1層には、こういったレベル0からレベル3くらいの探索者がうろついている。
レベル3になると、平均ステータスは15程度まで伸びる。
これは、身体能力的にはプロスポーツ選手の入口、ぐらいだろうか。
強い。確かに強い。だが、一般人とそこまでかけ離れているわけではない。
しかし──これがレベル10ぐらいになると、話はガラッと変わる。
平均ステータスは30程度。
身体能力もオリンピッククラスを超えてしまう。
特に格闘技でいうと、世界チャンピオンでもいい勝負ができるか怪しいところだ。
いや、正直に言えば、勝てないだろう。
そして、俺──神谷直哉の話だ。
俺のレベルは7。だが、イチカのサポートによって、ステータスはレベル10弱の水準に達している。
全力で走れば100mは10秒を切る。身体強化をすれば、8秒を切れるだろう。
もちろん、そこらの格闘家では話にならないぐらい強い。
……とはいえ、俺はその力を日常で使う機会がほとんどない。学校くらいだ。
だが、学校ではイチカに「セーブしろ」と言われている。
だから、俺ツエーをしたことがない。
結果として──俺は、自分が一般人と比べてどれほど強いのか、正確に把握していなかった。
* * *
「お前さ、ちょっと自覚足りてねぇよ」
藤堂武虎は、俺の隣でストレッチをしながら言った。
筋肉質な腕をぐいっと伸ばし、関節を鳴らす音がやけに響く。
「え、何が?」
「いやさ、この前のゴブリン戦。あいつら、そこらの格闘家より強いぜ?」
「……マジで?」
「マジで。あいつら、ステータス20くらいあるぞ。パンチ1発で壁にヒビ入るし、動きも速い。
格闘ジム行ってるような奴らでも、ゴブリンと戦ったらボコられるぞ、たぶん」
「……それはそれでちょっと見てみたい気もするけど」
「お前、変な好奇心あるよな」
藤堂は笑った。俺もつられて笑う。
こういう会話ができるのは、彼が同年代で、しかも俺より大分強いからだ。
レベルは14。志素量は243。俺よりもかなり先を行っている。
本人曰く、普通の人より内在志素が高いらしい。
「うーん、俺ってそんな強かったのか。日常生活だとセーブしてるからなぁ」
「それが問題なんだよ」
「え?」
「お前、自分がどれだけ強いか、ちゃんと把握してないだろ。
学校じゃセーブしてるし、ダンジョン以外じゃ本気出せない。だから、実感がない」
「……まあ、そうかも」
「だからさ、今日はちょっと意識してみろ。お前の一撃が、どれだけの威力か。
どれだけの速さか。俺と並んで戦えば、わかると思うぜ」
「……了解」
俺はうなずいた。
(ジムとか行くのもいいかもな…)
(『そうですね、ナオヤの身体能力は一般人から逸脱しています。それを実感することも大事でしょう』)
* * *
「藤堂もゲートキーあるんだよね?」
「おぅ、もちろんだ」
とスマホを見せる。
「俺も持ってるから、ショートカットでいこうぜ」
「だな」
「まぁ2人いれば、ゴブリンくらいなら余裕だろ」
「何匹ぐらいまで同時にいけるかな?」
「うーん、5匹はいけるだろうけど、10匹超えるとやべぇだろうな」
ゲートに入る。
空間が歪み、ダンジョンの入口が開いた。俺たちはその中へと足を踏み入れる。
第3層、草原フィールド。空は青く、風が心地よい。
だが、油断は禁物だ。ここには、ゴブリンが徘徊している。
「さて、探すか」
「うん。今日は連携の確認もしたいしね」
「もうちょっと多めのグループいないかな」
「まぁ運だな」
* * *
最初に遭遇したのは、2体のゴブリンだった。
藤堂が前に出て、俺が後ろから援護する形で戦闘開始。
「右の奴、俺がやる!」
「了解!」
藤堂の動きは鋭い。古武術の型に則った踏み込みから、鉈を一閃しゴブリンの腹を切り裂く。
俺も左のゴブリンに向かって身体強化を発動し、バットで一撃を加えた。
「ナイス!」
「お前もな!」
その後も、2体、1体、さらに2体と、合計5体のゴブリンを倒した。連携は完璧だ。
藤堂の動きに合わせて、俺も自然と最適な位置に立てるようになっていた。
「マップによると、向こうに大き目の集落があるらしい。
あっちは避けないとだな。」
「オッケー、そしたらこっち行こうか。」
俺たちは岩陰や丘の裏を探しながら、ゴブリンの気配を探る。すると、茂みの向こうに4体のゴブリンが現れた。
「4体か……ちょうどいいな」
「よし、いくぞ!」
戦闘開始。
藤堂は鉈を構え、低く踏み込む。俺は身体強化を発動し、バットを握り直す。
「ちっ、やるじゃねぇか……!」
藤堂はゴブリンの爪による反撃を受け、腕に浅い傷を負った。
ゴブリンは間合いを詰めてくる。藤堂が3体に囲まれて苦戦している。
俺は目の前の1体にバットを叩きこみながら叫んだ。
「トラ、閃光いくぞっ!」
「了解!」
俺は腰のポーチから小型の発明品──閃光弾を取り出し、藤堂の周囲に向かって投げる。
ピンが地面に着弾した瞬間、閃光が炸裂。ゴブリンの視界を焼くように白く染め上げた。
発明品については事前に藤堂と話し合っており、使用タイミングや対策もばっちりだった。
藤堂は目を細めて閃光をやりすごし、ゴブリンが怯んだ隙に背後へ回り込む。
「もらった!」
鉈が一閃。ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく倒れた。
1対1になればこっちのものだ。
残りの2体は危なげなく倒す。
「ふぅ……」
「ちょっと傷は負ったけど、まぁ勝てたな」
「やっぱり、これ以上来るとやばそうだな」
「うん。4~5体までが無理ない範囲だね」
「あぁ、油断はできねぇ。慎重に行こう」
* * *
「なぁ、藤堂って魔素を使って長いんだよね?」
「あぁ、もう10年だな」
「ってことは、必殺技って使える?」
「お前なぁ、前も言ったけど、そういうのはあんまり聞いちゃダメなんだって」
「いいじゃん、教えてくれよ」
「仕方ねぇな。
あぁ、いくつか使えるよ」
「まじか!なぁ見せてくれよ!!」
藤堂は呆れつつも自慢したい気持ちもあるのか、1つ見せてくれるという。
遠くに3体のゴブリンが見える。藤堂は鉈を腰のホルダーに納め、素手になる。
「え、武器使わないの?」
「まぁ見てろって」
藤堂は深く息を吸い、構えを取った。
身体強化のオーラが身体を覆っていたが、それが徐々に手に集中していく。
手に集まった魔素は徐々に赤色に変わっていく。
そして──黒い稲妻のようなものが、手に沿ってバリバリと走った。
「…いくぜっ」
藤堂の動きに合わせて、俺もバットを構えて駆け出す。
横目に藤堂の必殺技を見たが、圧巻だった。
ゴブリンが剣で攻撃してきた時──なんとそれを素手で迎え撃ったのだ。
切られる、と思った瞬間、赤色の魔素に当たった部分が消失した。
ゴブリンが驚いた隙をついて、藤堂は爪を立てるようにゴブリンの顔面を薙ぐ。
その部分が──消えた。
いや、正確には「抉られた」。
肉も骨も、何もかもが、そこだけごっそりと消失していた。
「それが藤堂の必殺技か、すげー」
「断裂掌だ。なんでも消滅させる。
ちょっと時間がかかっちまうのが玉に疵だがな」
* * *
その後も、数体のゴブリンを倒しながら、俺たちは草原を進んだ。
藤堂は断裂掌以外にも必殺技をもっているようだが、他のは機会があればな、と笑って見せてくれなかった。
「今日は、こんなもんか。魔石も結構たまったな」
「うん。藤堂のおかげで、自分の強さをちょっと実感できた気がする」
「それならよかった。お前、もっと伸びるぜ」
「……ありがとう」
ゲートキーを使って帰還する直前、俺は空を見上げた。
青空の向こうに、まだ見ぬ第4層、第5層が広がっている気がした。
(俺も、もっと強くなりたい)
(『直哉、次は必殺技の開発ですね。魔素の流れを調整すれば、可能性はあります』)
「よし、やってみるか」
俺は拳を握った。
次は──俺の番だ。




