第18話 炎の洗礼
「……よし、行くか」
直哉は深呼吸をひとつして、ダンジョンのゲート前に立った。
特殊個体を倒したことで手に入れた“第2層用のゲートキー”。
とはいえ、手に入れたと言っても物理的な鍵ではない。
スマホのダン活アプリに、ひとつアイコンが追加されただけだった。
(これ……本当に使えるのか?)
ゲートを前にして、直哉は少し不安になる。
説明によれば、「ゲートキーを使う」と意識すれば機能するらしい。
半信半疑のまま、直哉はゲートに向かって歩き出す。
(第2層……使う……)
意識を集中すると、視界が一瞬白く染まり、次の瞬間には別の場所に立っていた。
「うおっ……!」
転移先は、第2層の奥地――第3層の入り口付近。
今までは自転車で10分かけて第2層へ行き、そこからさらに徒歩で2時間かけて第2層の奥まで進んでいたことを思えば、これはまさに革命的なショートカットだった。
「これ、マジで便利すぎるだろ……! 放課後でも第3層に行けるんじゃないか?」
第3層につながる階段を降ると、そこは――草原だった。
「……え?」
直哉は思わず立ち止まる。
目の前に広がるのは、青空と太陽、風に揺れる草原。
空気には草の匂いが混じり、耳には虫の羽音が届く。
「これ……ダンジョンだよな?」
『ダンジョンの仕様ですね。まだ誰も解明できておらず、考えてもしょうがないものだと結論づけられています。』
「なるほど……」
「おい、そこの君。もしかして第3層は初めてか?」
声をかけてきたのは、鎧姿の男性だった。
彼の背後には、同じく鎧を着た3人と、少し若い1人が立っている。
「え、あ、はい。今日が初めてです」
「やっぱりな。若いのに頑張ってるな。
俺たちはいつも3人で組んでるんだが、今日はそこの新人がいたから声をかけて4人になったんだ」
そう言って、若い1人――大学生らしき青年が軽く手を挙げる。
結構身長が低いが、がっしりとした体格で、腕もかなり太い。
「よぉ。今日から第3層デビューだ」
(『彼の魔素に集中してください。何か感じるはずです』)
直哉は目を細め、意識を集中する。
すると、青年の周囲に、うっすらと光のようなものが漂っているのが見えた。
(……魔素?)
青年は直哉の視線に気づき、近づいてきて握手を求める。
「握手、いいか?」
「え、あ、はい」
手を握った瞬間、青年が耳元で囁いた。
「後で話そう」
「君も一緒に行動しないか?」
「はい、ぜひ」
「俺たちはこの第3層をメインに活動してる。もう2年くらいになるかな」
「すごいですね……」
「武器は見ての通り、剣とか槍とかだ。実用性もあるし、見た目も映える」
「確かに、かっこいいです」
「今日はこの先、3キロほど進んだところにあるゴブリンの集落に行く予定なんだ。だいたい40匹くらいだな」
「そんなにいるんですか……」
「まぁ4人、君も手伝ってくれるから5人か。いれば十分だ。
換金も人数割りすれば1人あたり数万円にはなる。魔石溜まりがあれば、5万以上も狙えるぞ」
「へー」
「ちなみに、砦や城を攻めるときはもっと大人数が必要になる。
だから、こうして顔を繋いでおくのは大事なんだ」
「なるほどですね」
(『直哉、彼らと行動するなら魔素の扱いに注意してください』)
(例の守秘義務?)
(『はい、そうです。身体強化などの魔素使用は、オーラが見えないため黙認されていますが、例えば火を出すといった必殺技のようなものは見えてしまいます。
現象伝導のことは絶対に触れないよう注意してください』)
(まぁ俺はまだ使えないし関係ないか)
(『えぇ、でも破るとダンジョンにもぐれなくなってしまいますので、十分注意してください』)
* * *
草原を進む一行は、やがて徘徊するゴブリンの集団と遭遇した。
最初は5匹ほど。直哉はバットを構え、慎重に距離を詰める。
「来るぞ!」
直哉は身体強化を使い、素早く間合いを詰めて一撃を加えた。
ゴブリンは倒れたが、背後から弓矢が飛んできて、直哉の肩をかすめる。
「うわっ、弓矢か!」
その後も2度ほどゴブリンの集団と戦闘。
途中、挟み撃ちにされる場面もあったが、人数がいることで難なく突破できた。
(一人だったら、これ……かなりやばかったかも)
内心冷や汗を流しながら、武器につけたストラップに目をやる。
* * *
次の戦闘で、直哉は叫ぶ。
「いくぜー、唸れモーニングスター!!」
ストラップが光り、バットをモーニングスター型のエネルギーフィールドが覆う。
重厚な打撃力を得た直哉は、ゴブリンの盾を砕き、仲間と連携して敵を制圧していく。
「君の武器、面白いな。魔石で動いてるのか?」
「いえ、武器じゃなくてこのストラップですね。
こいつがビームサーベルみたいな感じで武器を強化してくれるんです。今のはモーニングスター型です」
「型ってことは、いくつか選択できるのか?」
「はい、3つほど」
「へー、そりゃすごいな。どこの工房のなんだ?」
「工房じゃなくて、友人が作ってくれて」
「それはすごいな。紹介してもらいたいくらいだ」
「それにしても、ゴブリンはそこまで強くないんですかね」
「いやいや、そうでもないよ。そう感じるってことは、君が強くなってるってことだと思うよ。
第2層の敵と比べても強いし、何より集団戦になると結構いやらしいことをしてくるのが多くてね、結構きついんだよ。
あとは、やっぱり人型ってところで躊躇する人が多いみたいだね。そういえば神谷君は大丈夫みたいだけど?」
「はい、まだゲーム感覚なのがあるのかもしれないです」
「いいことなのか悪いことなのかはあれだけど、でも3層で活動する仲間が増えるのは心強い。歓迎するよ」
一行は草原を進み、やがてゴブリンの集落が見えてきた。
遠目にも、木造の櫓がいくつか組まれているのがわかる。
「魔法って、俺たちも使えないんですか?」
「どんな原理かはわからないけど、時々使っている人がいるな。
俺もいろいろ調査したけど、結局やり方はわからなかったな」
「そうなんですね……」
「実は、数年前に補助装置を使って魔法を再現しようとした動画がバズったことがあるんだ。
見かけはそれっぽかったけど、実戦ではまったく使えなかった。結局廃れてしまったよ」
「でも、君のストラップは違うな。あれは実戦で使える。魔法じゃないけど、十分に応用が利く」
「ありがとうございます」
「それと、集落に主がいないみたいだ。ちょっとラッキーだな」
「主?」
「いわゆる集落のボスだ。ゴブリンより二回りほど大きくて、かなり厄介でな。
俺達でも倒せないことはないが、毎回苦労する。しかも魔石はゴブリン2匹分くらいの値段だから、割に合わないんだよ」
「へー、そんなのもいるんですね」
* * *
作戦は、まずは見つからないように侵入し、はぐれているゴブリンから処理。
一番手前の櫓には誰もいなかったため、一人が上り、弓で残り2つの櫓のゴブリンを鮮やかに処理していく。
その手並みに直哉は思わず感動する。
だが、集落の奥から、異様な気配を帯びたゴブリンが現れる。
ローブをまとい、手には骨の杖。魔法使いだ。
「来るぞ、魔法使いだ!」
リーダーの声と同時に、ゴブリンが杖を振り上げる。
空気が震え、火球――ファイヤーボールが放たれる。
「速っ……!」
直哉は咄嗟に横に跳び、爆風をギリギリで回避。
地面が焦げ、草が燃え上がる。
魔法使いはファイヤーボールを連続で放ち、時には左右に分けて複数同時に放ってくる。
「そんなんで怯むかよっ!!」
直哉はバットを構え、魔法使いに向かって突進する。
だが、周囲のゴブリンたちが行く手を遮るように立ちはだかる。
その中には、油の入った袋を投げてくる者もいた。
「うわっ、油!? くっさ……これ、うんこ混じってないか!?」
足元が滑り、視界が曇る。そこへ再びファイヤーボールが飛んでくる。
しかも今度は3連射。空中で火球が交差しながら迫ってくる。
「まずいっ……!」
直哉が身を伏せようとした瞬間――
飛んできた火球のひとつを、矢が貫いた。
空中で爆発が起こり、火花が散る。
櫓の上から援護射撃してくれている。
「すっげぇ……」
思わず見とれて動きが止まる直哉。
「動けっ、バカ!」
大学生の青年が叫びながら、集団に突っ込む。
素早い動きでゴブリンたちをかき乱し、魔法使いの集中を削ぐ。
魔素による身体強化も直哉のより力強いように見える。
(『直哉、今です。変幻武器ハルバードモード、展開』)
(ナイス、イチカ!)
ストラップが光り、武器が長柄のハルバード型に変形する。
直哉はそのまま周囲を薙ぎ払い、ゴブリンの隊列を崩す。
その隙を突いて、ベテランチームの一人が魔法使いに接敵。
剣を振り下ろし、魔法使いを仕留める。
「……倒したか」
「ナイス連携!」
「魔法使いは厄介だからな。よくやった」
周囲を見渡すと、ベテランチームが残ったゴブリンの止めを刺し終わったところだった。
「思った以上に強かった…」
「あぁ、あの魔法使いは中々だったな」
直哉は息を整えながら、周囲に散らばった魔石を見る。
「魔石探すの大変そうですね」
「あれ、もしかしてダン活の拡張アプリ入れてないのか?」
「え? なんですか、それ?」
「拡張アプリ《ジェムトレース》だ。インストールすると、ダン活マップに魔石レーダー機能が追加される。
範囲は周囲5mと小さいけど、かなり役に立つぞ」
「それ、今すぐ入れます!」
「それにしても……あれ、見てみろ」
集落の中心部に、ゆらゆらと紫色に光る1mほどの水たまりがある。
「これが魔石溜まりだ。どうやらここからゴブリンが生まれるらしいぞ」
「で、こうやって念じるとだな……」
リーダーが手をかざし、集中する。
すると、水面が激しく波打ち、水位がどんどん下がっていく。
ついには水たまりがなくなり、代わりに大きな魔石が数個、光を放っていた。
「うわ……」
(イチカ、これって……)
(『はい。高純度の魔石です。ゴブリンの魔石は8等級ですが、これは7等級ありそうです』)
「おぉ、すげーー」
リーダーが魔石をバッグに入れ、声をかける。
「よし、今日はこれで十分だろう。取りこぼしがないかチェックしてから帰るぞ。」




