【閑話】第2話 託された願い
今日は閑話2話と本編1話の更新です。
それから10年。
彼は異世界を巡り続け、その数は十を超えた。
世界を渡るたびに文化を学び、
知識を持ち帰り、
SUたちに記録させ、
門の安定性も向上し、
理論は成熟しつつあった。
すべてが順調だった。
――そして。
その10年の旅路の果てに、エルドは“運命の世界”へたどりつく。
地球。
文明の光と、魔力の乏しさが奇跡的なバランスで成立する世界だ。
* * *
門を抜けた瞬間、エルドは息を呑んだ。
「……これは、驚いたな」
澄んだ空気。
無数の光が地面を照らす。
鉄の匂いと、油の焦げた香り。
魔力の流れはほとんど感じられないにもかかわらず、
街全体が明るく輝いていた。
車のライトが道路を走り抜けていく。
舗装されたアスファルト。
電線。
看板に映る文字列。
どれも魔導ではない。
魔力の代わりに、別の“仕組み”で世界を動かしている。
「魔導を使わずに……ここまで文明を発展させたのか」
背後から人型のSU-004が静かに歩み出て、周囲を観察した。
「マスター、この世界……魔力濃度は極めて低いですが、
技術文明は高度に発達しています」
006が胸のレンズを全開にし、興奮気味に叫ぶ。
「マスター! マスター! あの箱、内部に動力があります!
あの柱も! あの光の板も! すごいすごいすごい!!」
「分かった、分かったから落ち着け、006……!」
だがエルド自身、胸が弾むのを止められなかった。
魔力に頼らずに文明を築いた世界。
魔力がある世界とは異なる進化を遂げた技術体系。
学術的価値は計り知れない。
「この世界の人々は……どんな理論を使っている?
どうやって光を操っているんだ?
この鉄の馬は? この通信方式は?」
好奇心が溢れ、足が止まらない。
* * *
魔石による言語同期結晶を使い、短時間で言語知識を取得すると、
エルドは一般的な旅行者を装って街に溶け込んだ。
博物館、図書館、学術施設の外観調査。
町を歩き、人の生活を観察し、屋台で食べ物を買う。
SU-015は人混みに紛れぬよう、ぴったりと彼の背を守るように寄り添い、
SU-013は電線の上を飛びながら上空から監視を続けた。
「魔力無しでこれだけの文明を……。
人類というのは実に面白いものだな」
未知の文化、未知の理論、未知の技術。
エルドはそれらをアル・テラスにも持ち帰りたいと夢見るようになった。
「学会へ報告するか?
いや……まだ早い。
まずはもう少し調べるべきだ」
興味が尽きなかった。
だが――
その夢は、突然黒い影によって遮られた。
* * *
アル・テラスに戻ったある日のこと。
研究拠点のひとりが悲痛な顔で駆け寄った。
「エルド様……帝国の密偵が……!」
オルティア帝国。
大陸最大の軍事国家。
領土拡大の野望を隠そうともしない。
密偵は情報を盗み、帝国に報告した。
「異世界への門が存在する――と」
「馬鹿な……。門はまだ不安定で、軍事転用など考える余地もないのに……!」
004が低い声で言う。
「マスター……帝国軍、すでにコル・フェルム高地へ向けて進軍を開始したようです」
006の光が震えていた。
「ま、マスター……! 帝国が、異世界を……侵略……!?」
エルドは拳を握りしめた。
「異世界は……侵略のための土地ではない。
交流し、知識を分かち合い、互いに学ぶための“隣人”だ」
だが帝国にその理念は通じない。
彼らが欲するのは、ただ“力”のみ。
「……ならば、この門は封印するしかない」
SUたちが静まり返った。
* * *
封印には “核” が必要だった。
門を凍結し、2度と誰も起動できないようにするためには、
莫大な魔導計算能力を持つ存在――
エルド・フェルミナ自身と、SU-001〜017の全ユニット。
が核として結界の中心に組み込まれなければならなかった。
SUたちは迷いなく整列した。
004が静かに問う。
「マスター……本当に、これで?」
「これしか道はない。
帝国に門を使わせれば、多くの世界が危険に晒される」
006が、震えながら声を漏らす。
「……マスターと……もう旅に出られないんですか……?」
エルドは優しく笑った。
「旅は終わらないさ。
ただ少し……長い眠りにつくだけだ。
いつか誰かが封印を解くその時まで」
動物型SUたちはそれぞれの仕草で別れを告げた。
010はエルドの足に鼻をこすりつけ、
012は深く青光を放ち、
013は彼の肩に止まって羽を震わせ、
015は静かに頭を垂れた。
そして――
門が光を放ち、封印が発動する。
* * *
封印が発動した瞬間、
世界はまるで呼吸を止めたかのように静寂に沈んだ。
光柱が天へ立ち、
17体のSUの存在は、結界の中心から四方八方へと広がる光の帯となって――
世界そのものへと溶けていった。
そしてエルド自身も、
静かに微笑んだ表情のまま光に溶けていく。
――私の旅は、まだ終わらない。
その言葉は声にはならなかった。
だが、17体のSUは最期の瞬間、確かにそれを聞いた気がした。
光はやがて、夜の星空へ吸い込まれるように消えていった。
コル・フェルム高地の中心には、
静かに沈黙した転移門だけが残された。
魔力の流れは完全に凍結され、
どれほどの魔導師が解析を試みても起動できないはずの
“永遠の封印”。
しかし、その封印は――
未来へ続く細い糸でもあった。
* * *
封印から数分後。
遅れて到着した帝国軍の部隊は、
眼前の光景に言葉を失った。
「……これは……」
「門が、沈黙している……!」
「魔力が……動かん……!」
同時に、軍の魔導技師たちは蒼白になった。
「なぜだ!?
なぜ回路が完全凍結している!?
解析できん……!
魔力構造そのものが“凍って”いる……!」
指揮官が怒声を上げた。
「封印だ!
エルド・フェルミナめ……!
異世界の門を独り占めする気か!!」
だが誰1人、気づいていない。
これは独占などではない。
侵略から世界を守るための、ただ1度きりの選択だった。
高地に響いたのは、帝国兵たちの怒号だけ。
エルドとSUたちが残した純粋な“願い”には、
誰も手を伸ばさなかった。
* * *
封印を解ける者は、
今はまだどこにもいない。
だが17体のSU核は、
ただ消えたのではなかった。
風に乗り、
世界の地脈を伝い、
大陸の山脈へ、海底へ、異国の大森林へ……。
人知れず存在する、
黒い立方体の微小な欠片。
それらは眠っている。
静かに、深く、
“主が現れるその時”を待ち続けて。
そして――
時は流れる。
アル・テラス大陸の封印は誰にも破られず、
帝国は復活の手がかりを得られないまま長い年月が過ぎた。
しかし、アル・テラス大陸のある街で。
ひとつのSU核は、
ふとした偶然から、
1人の少年の手へと渡ることになる。
黒い立方体は微かに光を灯し、
長い眠りから目覚める。
それは、17体のうちのひとつ。
エルドが共に旅した仲間の欠片。
そして、その出会いが――
1つの物語の始まりとなる。
エルド・フェルミナの願いは途絶えていない。
世界はまだ繋がる可能性を秘めている。
いつかまた、この空の下で、
17体の仲間たちとエルドが笑いながら歩く日を夢見て。




