【閑話】第1話 エルドと17の従者
今日は閑話2話と本編1話の更新です。
コル・フェルム高地。
深い霧が山々の間を漂い、風さえも沈黙する秘境。
大陸の北東端にあるこの場所に、ひとりの魔導士が立っていた。
エルド・フェルミナ。
淡い琥珀色の瞳を持つ異端の学術者は、足元に広がる巨大な魔法陣を見下ろし、静かに息を吸った。
直径30メートル。
魔石の粉末で描かれた線が淡い光を帯び始める。
その周囲では、17体のゴーレムが動いていた。
胸あるいは頭部に共通して埋め込まれた黒い立方体――
現在稼働しているのはSU-001からSU-017の17体である。
形状は様々だ。
- 会話機能を備える人型タイプ
- しぐさで意思を示す動物型タイプ
- 光や動作で応答する無機物型タイプ
どれもエルドの研究を支える“助手”として10年以上共に働いてきた。
特に、研究の中核を担う人型SUたちは今日も声を上げる。
* * *
「マスター、魔石流路の安定率……現在93パーセント。予定値を上回っています」
落ち着いた声を出したのはSU-004。
まるで熟練技師のように、魔法陣に伸ばした光の糸で細部調整を始める。
「ふむ、順調だ。004、そのまま頼む」
「了解しました」
その横では、別の人型ユニットが胸部コンソールを開きながら跳ねるように駆け寄ってきた。
「マスター! 記録装置の動作確認が完了しましたよ! 今回は8倍の情報を記録できます!」
元気いっぱいの声はSU-006。
「8倍か……整理が大変そうだが」
「大丈夫です! 整理も全部私が行いますので!」
「それは助かるよ」
004が横目で006を見て、呆れたように肩をすくめた。
「……006、叫ぶ必要はない。マスターが驚く」
「驚かせてません! たぶん!」
「“たぶん”ではなく、確実にしろ」
「うぅ……はい……」
エルドはそのやり取りに微笑む。
* * *
外周では四脚型SU-010が尻尾をぶんぶん振って駆け回っていた。
鼻先センサーで魔力の匂いを嗅ぎ、時折振り返るたびに「順調だよ!」と伝えているようだ。
「010も元気だな。うん、風向きも問題ない」
010は後ろ足で地面を蹴り、賛成を示すように跳ねた。
足元では球形のSU-012がころころと転がり、魔法陣の線を点滅で示す。
気になる箇所を赤く光らせて知らせているのだ。
「そこだな。004に調整してもらおう」
ころり、と一回転して満足げに光を弱める。
頭上には翼を持つ小型のSU-013が旋回し、羽ばたきとともに淡い光粒子を散らした。
粒子は魔力の流れを視覚化し、乱れがあればすぐ分かる。
「ありがとう、013。視認しやすいよ」
羽がぱた、と跳ねて返事した。
そして、丁寧な所作のSU-015が補助結晶を抱えて駆け寄る。
言葉は話せないが、礼儀正しさと忠実さが仕草に滲む。
「……」
頭を下げ、補助結晶を差し出す。
「ありがとう、015。君の仕事はいつも完璧だ」
耳がぴくりと動き、尻尾が深く一度だけ揺れた。
それだけで誇りと嬉しさが伝わる。
* * *
17体のSUがそれぞれの方法で支え、動き、応えてくれる。
エルドは胸の奥が温かくなるのを感じていた。
「今日で……長年の研究がようやく実を結ぶ」
彼は深く息を吸った。
そして、魔法陣の中心で両手をかざす。
「さて……今日こそだ。理論は完成している。あとは、実地検証のみ」
長い外套が風を鳴らす。
世界間転移魔法――
それは大陸史上、誰も成功させたことのない大規模魔術。
安全性、魔力負荷、未知の危険。
国家ですら開発途中で諦めたものを、エルドは恐れなかった。
未知を前に震える恐怖より、未知を知る喜びが勝っていた。
「ふふ……さて、始めようか。記念すべき第1回目の世界観測実験だ」
* * *
SUたちが一斉に動作し、魔力流れが最大値に達する。
空間が震え、裂ける。
――バキンッ。
眩い光が空間を貫き、縦長の亀裂が開く。
次の瞬間――
光の門が現れた。
門の奥には、淡い白光に揺らめく“別の世界の空”。
赤みのある風。
見たことのない空気の質。
「……おお。本当に開いた……!」
エルドの胸が感動で震える。
子供のように笑ってしまい、恥ずかしさに頬をかく。
だが、物語はここからだ。
* * *
光の門が、淡く脈打つ呼吸のように揺れ続けていた。
魔法陣の中央でエルドは一歩踏み出し、その白く輝く境界面へと手を伸ばす。
背後では、17体のSUたちがそれぞれの態勢で彼を見守っていた。
人型のSU-004とSU-006は静かに姿勢を正し、
動物型や無機物型SUは動作で緊張と期待を同時に示す。
004が静かに言う。
「マスター、境界面の魔力は安定しています。
最初の接触は問題ないはずです」
006は胸部を開いたまま、わくわくした光を放った。
「マスター、録画も万全ですよ! 未知との遭遇……楽しみですね!」
エルドは微笑む。
「さて……行くとしよう。
十年追い求めた扉だ。私自身が最初に踏み出さねばな」
門へ足を踏み入れた瞬間――
温度、湿度、匂い、空気の密度がすべて変わった。
* * *
体を包んだのは、むせ返るような湿り気を帯びた熱気だった。
「これは……熱帯か?」
視界には濃い緑の葉、巨大な木、見たこともない昆虫。
空気は濃厚で、遠くからは獣の唸り声のような音が響く。
人型SUたちが続いて門を通過し、004が周囲をスキャンする。
「魔力分布は安定しています。環境は生存可能です」
動物型SU-010は地面を嗅ぎながら、尻尾を大きく振った。
「面白い匂いがする」と言っているようだ。
006は胸部レンズを回転させながら叫ぶ。
「マスター! 見てください! あの巨大な樹木! あれ、アル・テラスの熱帯雨林より高いですよ!」
エルドは笑った。
「アル・テラスではないと思うがね。……しかし、面白い」
未知の植物、未知の文化の痕跡、未発見の鉱物。
この大陸だけで何十年も研究できそうだ。
ただ、この世界は湿度が高すぎた。
数日間の調査後、門へ戻る。
* * *
次の世界では一転して――
凍てつく風が吹きつけた。
氷河が地平線まで続き、空気は刺すように冷たい。
SU-010がぶるぶる、と震える動作をしながらエルドの後ろに隠れる。
「すまない、010。寒い世界は苦手か」
ころりと現れたSU-012が、表面を青く光らせる。
“低温注意”を示しているのだろう。
004は冷気をものともせず、周囲を歩き回っていた。
「魔力は極めて希薄……ですが、この氷の層の下に強力な魔石反応があります」
エルドは興味を隠さなかった。
「氷河の下に魔石鉱脈か……興味深いな」
だが、この世界に文明の気配はなかった。
荒涼、静寂、そして果てしない白。
エルドは肩に積もる雪を払いながら言う。
「次の世界へ行こう。ここでは研究よりも凍死が早そうだ」
SUたちもすぐに門へ向かった。
動物型SUは雪に埋まりながらついてくる。
* * *
三つ目の異世界は、常識を超えていた。
空に島が浮いていた。
大小さまざまな岩塊が空中に浮遊し、滝が空に向かって逆流し、
光が収束する地点には未知の魔力結晶が群生している。
SU-013が高く飛び、浮遊島の周囲を旋回する。
「……」
翼を震わせ、光粒子をばらまきながらエルドの肩に降り立つ。
その動作は“この世界は危険だが魅力的だ”と示しているようだった。
006が大興奮で言った。
「マスター! 重力が……重力が乱れています!
あの島、魔力を吸って浮いているんですよ!」
004はため息をついた。
「006、落ち着け。記録が乱れる」
だが、エルドは目を輝かせていた。
「この世界……理論の塊だな。すばらしい」
しかし、魔力偏差が強すぎたため長期滞在は危険。
数週間後、門を通じて帰還することにした。




